65 経過
「らああああ!」
少年――しろによるとケイという名前らしい――は今、敵である男との殴り合いになっている。
とはいえ、ケイの攻撃は男にはぱしぱしといなされ、逆に男の攻撃もケイには効いていない。今は男はケイを投げ飛ばそうとする方向で動いているようだが、ケイも強い。細い腕と足からは想像もできないくらい、強い。
加勢もしたいところではあるが、下手に入ると余計ぐちゃぐちゃになりそうなので、それもなかなかできない。
僕がバフの魔法をかけつつ戦況を見守っていると、のんきにしろが話しかけてきた。
「……まずい。用意する」
うん、全然のんきじゃなかった。
それと同時にケイは吹き飛ばされ、再び壁が砕ける。それと同時に僕は持っていた魔王剣を大きく振って男に斬りかかる!
「闇の力、負という概念。我がもとに集い、敵を断つ力となれ!!」
魔法は精神的なもの。ゆえにかっこいい詠唱も、魔王剣の切れ味を強化するという意味がある。はず。
実際詠唱の効果があったのかはさておき、男は初めて笑みを崩し、多重に結界を展開して僕の剣を防いだ。前もってかけておいた魔法が猛烈なスピードで尽きるまでに十枚もの結界を砕き、さらに動きが停止した後も衝撃波を放って追撃を仕掛け――
「『白い月』」
一瞬にして世界が塗り替わった。
ここは……月面? でこぼこの白い月面に、僕と男としろだけが立っている。
「まだ本気を隠していたのか!! 猫の獣人はとても強いのだな!!」
「十分条件じゃない」
なんだそれ。哲学用語? しろって頭いいのかな。
だがそんなことを考える暇もなく男は蹴りと殴りによる猛烈な攻撃を仕掛けてくる。さっき魔王剣が結界をやすやすと破壊したのを警戒しているのか、先ほどよりはるかにスピードが速くなっている。
「……」
しろは僕の後ろで少し不機嫌そうだ。何かうまくいかないことでもあったのだろうか?
「ふはははは! どうした、よそ見している暇はないぞ! もっと楽しもうじゃないか!!」
「ほんと、ばけものだねっ!」
こいつの体力はどうなっているのだろうか。
防御の結界以外でほとんど魔法を使っている形跡はなく、その肉体だけで僕を圧倒している。しかも僕は超強力な武器を持っていて、相手は素手だ。ここまで強ければ誘拐なんてしなくとも、とても楽しい生活が遅れていただろうに。
まあ、他人の人生にどうこう言うのは違うか。今は、僕の人生に横やりを入れてきたこいつをぼこぼこにするだけだ。
「『コンティギュイティ・フォールト』っ!」
剣技大会の模擬戦で使われた後効果が分からなかったこの魔法。膠着しかけた事態を打開するためにとりあえず使ってみると、驚きの結果が出た。
「ぬおっ!?」
なんとほかに魔法を使わずただ振るっただけの魔王剣が、今度は十枚どころではなくその十倍を超えるくらいの強力な結界を一瞬で叩き割ったのだ!
「なるほど、ダメージ増加系の魔法か……」
ここまでの密度で、なおかつここまで硬い結界を展開する男の手腕はさすがと言うべきだが……どうやら、この『コンティギュイティ・フォールト』のほうが上手だったようだ。
大量に展開されていたのをすべて叩き割った後、男が結界を再展開するまでに、完全なるとどめを刺すっ!
剣を振る腕に全力で力を籠め――
「……いいのか? この魔道具を壊せばあの子供も帰ってこないぞ」
「っ!!」
服のすきまからちらりと覗いた、筒状の小さなガラス製の魔道具。それが僕に大きな隙を作ってしまう。
「隙ありだな!!」
「そっちこそ、忘れてるんじゃないか!? 僕たちの作戦をな!」
ケイの声が大きく響く!
いつの間にか景色は月面から元の石の牢屋に戻っており、僕が吹っ飛ばされるのと同時に莫大な魔力がミラの下に収束する。
「封印魔法、完了しました! おとなしくくたばれ、犯罪者ぁあああああああああああああああああああっ!」
封印の魔法のエフェクトとは思えないような極太のショッキングピンクのレーザーが放たれ、男を飲み込む。
……なるほど、僕が吹っ飛ばされたのはちょうどよかったわけだ。なかなかに僕もグッドタイミングである。
「……はー、はーっ……」
三十秒ほどして、レーザーも消え去る。牢屋の壁が若干壊れたために土埃があたりを包んだが、僕が魔法で吹き飛ばす。と……
「……危なかったな! アイツの作ったおまもりも壊れちまった!」
「な――!?」
男は、平然とその場に立っていた。封印魔法が失敗したのか? それともおまもりとやらの影響?
しろがぼそりと呟く。
「……妨害の痕跡」
「ちっ……私の魔力はもうほぼ使い果たしましたからね! あとは四人で何とか……」
「――カットッス」
カチン、と大きな音が響いた。直後、再びミラのもとに魔力が集まりだす。
「時を巻き戻したッスよ。もう一発放てるッスか!?」
「……これならいけます! 喰らえ、エターナルコールドスリープキャノーーーーーン!!」
今度は凍てつくような青のレーザーがぶっ放される。
再びレーザーが消え去ったあとには、もう男の姿はなく……筒状の魔道具だけが転がっていた。
僕が地面にへたり込むと、しろ以外のみんなも同時に倒れてしまう。ばたんきゅー……
「はあ……これで、ようやく勝ったのかな……」
「……ん、貼られてる」
貼られてる? 何が? ……と思ったら、しろは魔道具を手に取ってその表面を見つめた。
横たわったままそれを見つめると、どうやらふせんが貼ってあるらしい。文字は遠くて読めないが、しろが読み上げてくれた。
「『えげつないなお前たち。ひとまずトンズラさせてもらうぜ! あばよ、また会うのが楽しみだぜ!!』……って」
「に……」
ケイがかすれた声を出す。
「に……!」
クェドが驚きに満ちた声を出す。
「逃げられたぁあああ!? あの状況で!?!?」
ミラが大絶叫するのと同時に空間がグリッチのように歪み、僕たちを白い光が包み込んだ。




