45 旅の始まり
「むにゃ……」
あれ、いつもと天井が違う。しかも布団ももふもふだ。……そうだ、シアンとイエローの家に泊まってて、今はシアンの部屋に寝てるんだった。泊まる所はホテルでも予約するよと言ったら、どうせならここに泊まっていってとイエローにしがみつかれたのである。豪華なホテルの一室のような綺麗な部屋で、物もそんなにない。シアン曰く、物はだいたい別室の倉庫に詰め込んでいるらしい。
うーん、赤いスポーツカーを砂漠で走らせて、カーレースで一位になった夢を見た気がする。
僕が体を起こすと、その音で机に向かって作業をしていたシアンがこちらに気付いた。
「おはよ♪ 朝ごはんはとりあえずポテトがいいって言っておいたけど、どう?」
本気か、シアンよ……。昨日のポテトパーティーでは調子に乗ったため食べ過ぎて、全部吐く寸前まで行ったというのに。しばらくポテト恐怖症になりそうというところに追い打ちをかける気か。
「……ポテトはもう食べきれないよ? おなか破裂するよ……?」
僕が泣きそうな顔を見せると、シアンはくすりと笑って手を振った。
「冗談だよ、冗談。うちは朝食とかは全部お任せだからね。かわいい顔しちゃって♪ よーしよーし!」
いきなり頭をわしゃわしゃとなでられ、髪が一瞬でぼさぼさになってしまった。それを見てシアンはさらに爆笑する。
「失礼だね」
「あははは、ごめん……魔法で髪をいじくってみたら意外におもしろくって」
そばに置いてあるかばんに手をつっこみ、手鏡を取り出す。
……なんじゃこりゃ、まるでウニだ。どうやら魔法の水で形を整えたらしく、髪が窓から差し込む朝日を反射している。
「きれいだよね、アップヒルの髪って。雪みたいに真っ白で、先っちょだけ金ぴか。えいえい」
どうやらシアンは僕の髪がたいそう気に入ったようだ。髪を引っ張ったりぐるぐる巻いたりして遊んでいる。
少し遊ばれていると、ドアが小さくノックされた。シアンが返事をする。
「はーい?」
「シアンお嬢様、御当主様がお呼びです」
当主、というのはシアンたちのお父さんの事か。昨日は結局姿を現すことは無かったため、まだ僕は彼がどんな人か知らない。
シアンは「珍しいなあ」と言いながら僕の髪で遊ぶのをやめ、僕を抱っこしたまま扉を開けてリビングへ向かう。
リビングにはイエローとひとりの男、その隣にたたずむ老執事だけがいた。シアンを呼びに来たメイドも音を立てずに退席した。
この男の人がシアンのパパだろう。茶色い髪のふくよかな男性で、優しそうな雰囲気を纏っている。しかし表情はとても険しく、シアンとイエローは何かあるのを察したようで神妙な顔つきになる。
「僕は退席した方がよさそう?」
「いや、君もいてくれないか」
「おっけー」
しかし僕もいた方がいい重要な話って言うのはどういうことだろう。まったく見当がつかないのだが。
僕が首をかしげていると、パパは重々しく口を開いた。
「……イエロー、シアン。ふたりには、今日から旅に出てもらう」
「え!?」
シアンが椅子を蹴って立ち上がる。
旅? ……じゃあ、僕には護衛の依頼とかだろうか。
「旅が完了するまでは、この屋敷に戻ってくることは一切禁止する。もちろん、旅を諦めて逃げることも禁止する」
「なんで……? 旅って、どういうこと……?」
今にも掴みかかりそうな感じのシアンとは対照的に、イエローは落ち着いていた。お姉ちゃんだからということかな。
「私の父、ケンジ様からの命令なのだ。イエローが生まれる直前、ケンジ様はこの屋敷を離れて旅立ったというのは聞いているな」
「ええ」
異世界人の名前はケンジっていうらしい。
「旅立つ際に、ケンジ様は命令を残していった。時機を見て、シアンとイエローに旅をさせろと仰せつかっている」パパは後ろの執事の方を向いた。「あれを」
執事がそばの台車に載っている物をふたつテーブルに置く。ひとつは大きな平べったい木の箱、もうひとつは灰色のタブレットのようなものだった。どちらも魔道具らしく、魔法パワーが感じられる。
木の箱のスイッチをパパが押すと、それからザザザとうっすらノイズのようなものが響き、次に男の声が聞こえてきた。
『よお、俺だ』
若々しい男の声。パパの声とも似ていなくもないが、さらにイケボだ。これがケンジの声だろう。
『いきなりで悪いが、頼みがある。俺の元へ来い、イエローとシアン』
「っ……」
きつく木の箱を睨んでいたシアンの目にうっすら涙が浮かぶ。身勝手な頼みに対する怒りか、それともケンジの声を聞いた感動か、どういう心情かは僕には読み取れない。
『執事に渡しておいたが、i○adが地図の役割を果たしてくれる。それが表示した地点――いくつかあるが――そこにすべて行けばいい。行く先々で何が起こるかは俺は知らないが、すっごいご褒美用意して待ってるぜ。じゃあな』
木の箱のノイズも聞こえなくなると、執事がi○adを差し出す。あれ、よく見たらロゴがりんごじゃなくてさくらんぼだった。
「こちらでございます」
「……こんなものっ」
シアンがひったくるようにしてそれを奪い、振り上げて地面へ叩きつけようとする。
「やめなさい」
しかし、その腕に赤いリボンが巻き着いた。その元をたどれば、イエローの人差し指がほどけてリボンになっているみたいだ。強度はあまりないのでそのまま振り下ろせば引きちぎれそうだが、シアンは動きを止めてイエローを睨むだけにした。
「……パパなんか大っ嫌い!」
リボンがイエローの指へ戻ると、シアンはパパを睨みつけて部屋を飛び出していった。すぐにイエローが走って追い、部屋には僕とパパと執事だけが残る。
「えーと、護衛の依頼かな?」
「……すまない、その通りだ」
先ほどの険しい雰囲気が一変し、パパは寂しそうな、申し訳なさそうな表情になる。パパも娘を旅に出させるのは寂しいのだろう。
「あの子たちも君を気に入っているようだし、コード:ファーレイを――ああ、昨日君が倒してくれた怪物を我々はそう呼んでいるんだ。それを倒してくれたのだから実力も申し分ない。報酬は好きなだけ支払う。宝物庫にある魔道具や名剣もいくつかなら持って行っていい。爵位も国王に掛け合えば伯爵なら用意できる。どうだろうか」
「いや、いいよ」
凍り付くパパ。
「あ、いや! そう言う意味じゃなくて、ね? お金は当面の路銀だけで十分ってことだよ」
「そうか……本当にそれで十分なのかい? まあ、あとで言ってきてもできる限り対応するが……」
僕が頷くのを見ると、執事が台車に載っていた革袋をひとつ差し出してくる。前もって僕の答えを予想していたようで、台車にはもう何も載っていなかった。
「これがあれば、質素な生活であれば一年ほどは持つでしょう。問題ありませんか?」
「もうちょっと少なくても問題なかったけどね」
革袋はずっしりと重かったが、予想よりは軽い。五百円玉みたいな高級な硬貨が多いのかな。
僕が改めてパパに向き直ると、パパは僕に大きくお辞儀をした。
「ありがとう。娘を、守ってくれ」
「命に代えてもね」
はたして五百円玉は本当に高級なのか。人によるとは思いますが、僕は高級品だと思ってます。




