42 どっかーん!
世界が割れるかのような爆音の直後に、強い揺れが僕たちを襲う。僕はとっさに建物内に強力な結界を展開し、建物が崩落しても最低限周囲の人たちを守れるようにする。
五秒ほど続いた揺れが収まると、僕は建物の窓から外を覗いた。
「む……」
窓の角度の関係で何が起こっているのかは見れない。ただ遠くに大きな魔力を感じた。……メアヴェノレベルだ。
「大丈夫?」
「うん。そっちは……大丈夫そうね」
茶髪お姉ちゃんも驚いたようだったが、まあ問題なさそうだ。
僕はすばやく外へ出た。にぎやかだった街の会話は、いっきにざわめきへと変わってしまっている。大きな客引きの声も聞こえない。
そして街の奥に見えた――空を飛ぶ灰色の怪物が。形は細い腕のようなものが無規則に何本も生えた立方体で、遠いから正確には分からないもののおそらく体長は五メートルほど。それはゆっくりと宙を漂っているが……先ほどの爆音はこいつが出現したことによる、魔力か何かの余波で衝撃が発生したためだろう。たぶん。
「ジークフリートくん!」
『きねんすべきこのたいりくさいしょのたたかいだな』
全くのんきなこと言って……。
僕はジークフリートくんと情報を交換しながらダッシュで人ごみをかき分け、怪物の元へ向かう。今は暴れていないようだが、一般人に被害が出る前に仕留めなければ。
「うおお『トレイン・レイン』!」
少し開けた場所に出たので魔法で風を起こし、怪物に向かって飛んでいく。
あと百メートル……正体が分からないので、今回はテストも兼ねる攻撃をぶち込む。とりあえず魔法で石の砲弾を作り出し、
「『インペリアル・コート』っ!」
撃ちだす!
これで大怪我をするようならそれだけ罪を重ねていたということだ。絶対ではないけれど、ある程度の指標になるだろう。
「エエエエエエエ!」
赤子の泣くような音を出しながら、怪物は――砲弾を直接、手のひとつで受け止めた。
効かない……ならなんだ、こいつは。いや、これが初めての襲撃なだけか。その予想はすぐに確信へと変わる。
「エエエエエエエエエエエァアアアアアア!」
怪物は握っていた石を街へぶん投げる。ついでに灰色の槍を魔法で出現させ、石を追うように飛ばした。
僕が魔法で水の渦を作り、すべて受け止めてから怪物の方へ飛ばす。槍を巻き込んで灰色に濁った濁流は、一滴も水しぶきを飛ばさずに怪物へ迫る。
『えんごするぜ!』
パンという小さい音が聞こえた。怪物を濁流が飲み込むのと同時に鉛の弾丸が街から飛び出し、怪物を水ごと貫く。
「イイィオァエエエエエエエ!」
「やかましいっ!」
ホバリングしたまま『トレイン・レイン』で怪物を押しつぶそうとし――
「あぶなあああああああああああいっ!」
僕の体に真っ赤なリボンが巻き着き、僕を強制的に地面へ引きずり落とそうとする。直後、もともと僕のいた場所の空間が丸ごと『抉られた』。
ひゅーんと地面へ僕の体が落下する。
「うわおおおお……おっ!?」
地面すれすれのところで今度は真上に引っ張られ、重力を相殺。無傷で降りることができた。赤いリボンがほどけて消える。
ここは公園のようだ。街からは離れていて人気も少ない。この公園にいるのは僕と、もう一人の少女――さっきの金髪お姉ちゃんだった。
「そんな強かったとは思わなかったわ……でも、油断はしちゃダメ」
「ええと……まあ、うん」
状況からして、先ほどのリボンは金髪お姉ちゃんの魔法か武器か、そんなものだろう。体が全部なくなると僕も再生できないかもしれないし、助かった。
おっと、怪物が魔力を爆発させて水を吹き飛ばした。灰色の濁流にどんな悪い効果があるか分からないので、きっちり蒸発させておく。
「じゃあ、頑張って! 私は戦闘が得意じゃないから、任せたわ」
おーい……うーむ、さっき救出してくれただけで感謝すべきなんだけども、あんまりそんな気にならなくなってしまった。
僕は怪物へ人差し指を向ける。
「『ヘイズ・デイズ』」
「エ――オァアアアアアアアアアアアアアアアアアエエエエエエエエエ!」
怪物の表面がごっそり削られ、どす黒い液体をぶちまける。やつの血かな……見てるだけで気分が悪くなりそうだ。
それと同時に、遠くからゴシャッと建物が潰れる音が聞こえた。少々の犠牲はつきもの……ってところかな。
あの怪物が使用した魔法『ヘイズ・デイズ』は空間を球状に抉り取り、十三日前の同位置へ転送するという魔法らしい。つまりえぐり取った怪物の一部が落下し、店をひとつ潰してしまったということ。まあ、十三日も経っているので応急処置くらいはしているだろう。
「おおー、さすがね」
ただ、体の三分の一ほどを失っても怪物はまだ生きている。どす黒い血をまき散らしながら暴れて、灰色の槍……の形を取れていない何かを飛ばしまくっている。まあ、僕がすべて防いでいるけど。
コピーした灰色の槍を分析してみると、どうやら人間には猛毒となる特殊な物質でできているようだ。触れただけで、一瞬で一生分の悪夢を見てストレスにより死ぬ……らしい。恐ろしいものを飛ばしやがるね、さっさと蒸発させて退場いただこう。
「『エクスプロージョン』」
小さな爆発を一瞬で収束させ、解き放つというラグナロクもどきをわざわざやって威力を調節する。『ラグナロク』を使えばたぶん街にも被害が出るからね。
「エエエエエエエエエエ!」
「『エクスプロージョン』」
「エエエエ――」
「しつこいな! 『エクスプロージョン』!」
最後の爆発と同時に、怪物の体が四散爆裂して血をまき散らす。汚い花火だぜ……。
「ちょっとお姉ちゃん、戦いに向いてないんだから下手なことしないでとあれほど……!」
戦いが終わると同時に、路地から青髪の少女が現れた。金髪お姉ちゃんに似ているし、話の内容からして妹か。
「妹さん?」
「あー……」金髪お姉ちゃんは一瞬目をぱちくりさせたが、何か思い出したように頷いた。「まあね。妹よ」
青髪の方は信じられないと言った様子で僕の方を見ている。何かしたっけ。
「どれだけ世間知らずなのその子!? いくら森の奥に住んでても私のことくらい知ってるでしょ!?」
全く知らない。……あ、いや。見覚えがあると思ったら……
「さっきドローン撃ち落としたひとだ!」
「え? ……あっ、偵察兵か! 成敗してくれるっ!」
右手を掲げて一振りの刀を出現させる青髪。……刀?
僕が何もしないのを見ると青髪は不審そうに動きを止め、金髪が僕たちの間に割って入った。
「こら、この子はばけもの退治をしてくれたいい人なのよ。オッケー?」
「でも、さっきうちの屋敷を偵察しようと魔道具を使ったやつらしいし……」
今度は金髪が「マジ?」といった感じの顔で僕を見てくる。
僕が頷くと、そら見た事かと剣を構えなおす青髪。おっかない人だ。
「ちょっと待って、でもレックス好きに悪い子はいないわ! きっと誤解よ!」
「……確かに、そうかも……」
どういう納得の仕方をしているのだろうかこの姉妹は。僕は今コントでも見せられているのかな……?
しかし刀を収めてくれたので結果オーライか。
「えーと……自己紹介が遅れたわね。私はイエロー・クロザキ。この、世界で最も広い街ブリティスの領主ネイビー・クロザキの娘よ」
「で、私はシアン・クロザキ! 天才だよ、崇め奉ってくれていいからね♪ ……あたっ」
イエローがシアンの頭をはたく。
……クロザキ? 日本っぽい名前だな、『黒崎』とか……。僕がそう思っていると、シアンが教えてくれた。
「変わった苗字って思ったでしょ。実は私たちの祖父は……なんと! 神がこの世界に使わしてくれた別世界の戦士だったんだよっ!」
オウ、リアリー?




