第115話 宣戦布告
仏塔の最上階に、その玉座はあった。並べ立てられた松明の群れの先に鎮座するそこには大男がいる。銀色の鎧と兜に身を包み、それらは全て傷だらけであった。片手には巨大な槍を握り締めているその大男の前には、黒い装束を来た女がフードを被って立ちはだかっていた。灯りこそあれど、影の塩梅が絶妙なせいで顔はよく見えない。
「まさか、現世との繋がりである門までも破壊してしまうなんてね」
腕を組んでいるその女の声は若い。そんな彼女を相手に、鎧の男は鼻を鳴らしてみせる。
「貴様が話した、尤も警戒すべき戦士…源招院佐那はこれで来られまい。後はこの地に蔓延っている下劣な畜生どもを滅せば良いのだろう ? 埋めるか ? 晒し首か ? 捕らえ、達磨にした雄どもの前で、女達を犯すのも一興だな。負け犬は、簡単に殺してはつまらん。だが何より、血と暴力が欲しい。俺が振るうも良し、強者に振るわれるも良しだ」
兜の向こうから、薄汚い歯を歯に噛ませながら男が笑った。
「それともせっかくだ。今この場で、俺と殺り合わないか ? 貴様なら退屈する事も無い。いや。予定を変えよう。何なら、源招院佐那が現れるのを待つのも―――」
「目的の支障になる様な事をするつもりはない。あの女を見くびらない方が良いわ。動けば最後、全てを台無しにされる可能性さえある。それまでにこの場所を滅ぼしておかないと。そういう事だから、果報が届くことを期待している。ただ…」
女はそこまで言いかけると、一枚の紙きれを鎧の大男に向かって投げた。鋭く、速く飛来したそれを、鎧の大男は何の苦労も無く、指先で摘まんで受け止める。
「…随分、よく出来た絵だ」
「写真と言うらしいわよ。最後に一つだけ。その写真に描かれてる男は、少し警戒した方が良いかもしれない」
写真に写されている龍人の顔を見ながら、鎧の大男は首を少し傾げる。
「源招院佐那の他に、この地に俺を脅かす存在がいると ?」
「…どうやらお弟子さんみたい。足元にも及ばないでしょうけど、念には念を入れてね。じゃあ後はよろしく…項羽」
女はそう告げると背を向け、いくつかの印を結んで指先を前に構える。霊糸によって枠が作られた亜空穴が出現し、彼女はその中へと消えていった。
「クク…ハッハッハッハッ ! そうか、まだ愉しませてくれる者がいるとは !」
写真を手で握りつぶし、項羽はそれを床に放り投げる。直後、床から即座に生えた剣がその紙屑を貫いた。そして玉座から立ち上がり、重い扉を押し開けて部屋を出て行くと、そこには地上へと続く広大な螺旋階段が待ち受けており、夥しい人型の暗逢者達がいた。壁にしがみつくか、柱にしがみ付くか、最下層の床に立ち尽くしていた彼らだが、そのどれもが屈強な体躯をしており、手や背中にはいささか錆の目立つ武器が備わっていた。そして誰一人例外なく、項羽の姿を見るや否や雄たけびを上げ、巨大な仏塔を熱気と覇気で震わせる。項羽もまた、その雰囲気を一身に浴び、顔を綻ばせていた。
「さあ同胞諸君…存分に酔い狂おうではないか!!」
――――遠方にそびえ立つその塔を、龍人は目を凝らして眺めていたが、今の所は異変が無いと判断して観察を中断する。
「で、どうするよ ? あれ」
後ろにいた仲間達の方を振り返るが、全員がお手上げ状態だった。
「つか、マズいんやないん。あの方角って確か、門あったやろ。現世と仁豪町を繋いどる」
「そこは俺も思った。参ったな…これじゃ老師帰って来れないぞ」
レイと龍人が話し合っている間、颯真は唐突に入って来た着信に応答し、スマホを顔に当てて何かを話し込んでいた。しかし、眉をひそめて連絡を終えると、彼の相槌や困惑を声で聴いていた二人の方を見つめる。
「財閥から連絡があった。よく分かんねえんだけど、付近にいた暗逢者たちが急に暴れるのをやめて、あの仏塔に向かい始めたって」
「え ? ………うわ、マジだ」
颯真の報告に半信半疑だった龍人だが、その情報を踏まえて今一度仏塔を見ると、肉眼でもはっきりと分かる。夥しい黒い点が仏塔やその周辺に纏わりついている。騒がしい鳴き声までもが、微かに耳に入る程であった。あまり想像したくないが、あの仏塔の周辺は今、この世の地獄が広がってる事だろう。確かに集結しているのだ。
少なくとも、暗逢者たちが手出しをしてない理由がある程度には危険が待ち受けていると見て間違いない。それか、彼らを従わせる何かがあるのか。三人が推測を構築し始めていた時、アンディと義経が店から顔を出した。
「ねえ皆、これ見て !」
彼がスマホを差し出すと、そこには現世のニュースの映像が映し出されていた。アメリカ、イタリア、エジプト…この三つの国において、唐突に巨大なタワーが出現したという情報が写真付きで報道をされていた。仁豪町にそびえている仏塔とは大きく異なる見た目だが、これを境にその近辺で怪事件が頻発し、見た事も無い生物による獣害が報告をされ始めているらしい。
「これも”終末の四騎士”絡みだと思うか ?」
義経が龍人達の足元で言った。
「それ以外考えられねえな。問題はそうだとした場合、今あそこにある塔の中にはもしかしたら…」
「いるって事か ? 四騎士の内の誰かが…あ、ちょっと待って」
龍人と颯真が互いに見合った時、再び颯真がスマホを手に取り出して背中を向ける。本人の口の利き方からして、どうやら織江からの連絡だったようだ。
「財閥の専用部門が情報の収集やっていたら、得体の知れないアカウントがライブ配信やろうとしているらしい。撮影場所からして恐らくあの仏塔の近く…ああ、これだ」
そんな組織がいるのかという身震いはさておき、織江から送られて来たアドレスを颯真が開くと、確かに配信が始まっていた。辺りを埋め尽くす大量の暗逢者が映し出されているが、声の主は全く姿が見えない。
『この地に住まう者達よ…我が名は……ん、どうした。向き ? かめら ? これではいかんのか ? これか ? ああ…そうか。ここを見ながら話せと ? よかろう……我が名は項羽』
声の気迫は大したものだが、あまり電子機器の操作は慣れていないのか、顔面外の誰かから指導を受けながら、ようやくカメラを切り替えて項羽が兜に覆われた顔を映し出した。ひとまずデジタル技術には疎いとだけ、颯真は脳内に記録する。だが、その直後に彼から出てきた言葉に、思わず分析を止めてしまった。
『結論から言おう。今から五時間後、我が軍はこの地への侵攻を開始する』




