第114話 隠された不安
「さて、どうしたものかね」
亜弐香が出ていった後、彼女の財布から電話番号が書かれたキスマーク付きのメモ用紙を龍人は指でつまんで眺めた。次にどのような事態が引き起こされるか分からない以上、一人でも味方は多いに越したことは無い。だが、彼女を含めた鋼翠連合の事を龍人達は詳しく知らない。こちらに対してどのような思念を抱いているかも不明な相手に、背中を預けた後に何が待ち受けているか。龍人は現世での暮らしから嫌という程分かっていた。刺され、生贄にされ、捨てられ、搾り取られるのがオチである。
「亜弐香だけじゃない。直接連合側とも腹を割って話をするべきだな」
コーラの瓶を置き、席を立った颯真が龍人の背後に近づいた。
「亜弐香とアイツが率いる派閥の意思が、必ずしも連合本体と一致しているとは限らない。明確な後ろ盾があって、尚且つ頭数に入れても問題ないって部分について俺達も確信が欲しい。違うか ?」
「まあ、簡単には断られないと思うけどな。仁豪町に何かあれば奴さん達だって困るだろうし」
カウンターに手を付いたまま話す二人だったが、彼らを見つめていたレイは天井を仰いで何やら考え込んでいるようだった。
「案外、切羽詰まっとったりしてな」
彼女のぼやきは、懸念する要素として無視していいものでは無い。耳にその声が入った瞬間、龍人の脳はすぐさま思考をするように命じた。
「どうしてだ ?」
「鋼翠連合は腕っぷしも兵隊の数も含めてかなりのもんやで。他の御三家だって、表立ってぶつかるのを避けてまうぐらいや。そんな所で若頭張っとるヤツが、何で本部の連中やなくてウチらに声をかけたか。そこを少し考えとくべきやないんかな」
「…身内の動きが信用できないって事か ?」
「金と承認欲求に誰よりも素直なアホ兄貴の事や。下手したら、次の仕事仲間として連合の他の誰かを誘っとる線は十分にある。殺り合うたり、話した分で判断するなら、裂田亜弐香は割かしフリーダムな感じがするやん ? 首輪を付けづらい程度に気まぐれな癖に、危機感を一切持たない馬鹿ってわけでもあらん。自律的に動いて尚且つ行動の予測が難しいって…かなり扱いづらい人材やと思うわ。それこそ、もっと素直に仕事してくれる奴の方がええやろ」
「成程。確かにそう考えると、身内に裏切られて梯子外される可能性だってゼロじゃないな…」
亜弐香の思惑について、レイからそれなりに納得の行く考察が出てきた事で龍人も納得しかける。丁度そのタイミングで、颯真から借りさせてもらっていた予備の携帯電話がポケットの中で震えた。どうして番号を知っているのかは知らないが、確かに間違いない。老師からであった。
「老師 ?」
「ああ、龍人ね。良かった。携帯電話が壊れたって聞いたものだか…ら…ふぁ」
欠伸交じりで話しかけて来る佐那の声を聞いた龍人は、恐らく平常を取り繕う事が出来なくなる程度に、仕事の負担が彼女に圧し掛かっていると分かった。普段の生活の中でさえ、彼女がうたた寝はおろか欠伸をしている姿さえ見た事がない。そんな彼女が、電話越しとはいえ気の抜けた態度を隠そうともしない。少なくとも、何でもかんでも頼み事が出来るという雰囲気ではなかった。
「…老師。こっちは伝言通りに踏ん張ってるよ。でも敵の数も凄いし、やらないといけない事が多い。だから颯真やレイと一緒に、とりあえず人手を集めようとしてる…裂田亜弐香とも一時的に同盟を組もうかって話も出た」
「裂田亜弐香と… ?」
佐那の声に少し気迫が戻った。やはり亜弐香を警戒しているのだ。
「その、誤解しないでくれよ。俺じゃなくて向こうが提案してきたんだ。どうも身内が信用できないからなんじゃないかって、俺達は睨んでる。アイツの強さはよく分かってるし、何より比較的話も通じる。一時的な話ではあるけど、敵として動かれないんなら安心だろ ?」
「それはそうだけど…」
「それに、もう少し近づいて情報を色々集めた方が良いと思ってさ。”終末の四騎士”って聞いた事は ?」
そこから龍人は、亜弐香との会話で出てきた単語と、それが仁豪町や現世にもたらしている影響について、聞きかじった話を包み隠さずに打ち明ける。聞き役に徹していた佐那だが、少々の無言の後に「成程」とだけ呟く。
「どうりでおかしいと思ったわ。ここ最近、暗逢者によるものと思わしき事件の発生件数が世界各地で増加している。大量出現としか言いようがない。私も協力要請ばかりで、あちこち飛び回りながらずっとその対応に追われていた…その”終末の四騎士”が原因って事かもしれないのね」
「そうなんだろうけど、何か腑に落ちなくて」
「どういう事なの ?」
「話を聞いて妙な所があったんだよ。亜弐香の説明では、”終末の四騎士”は色んな時代から”呼び寄せられた”って言ってたんだ。でも変じゃないか ? そいつらが利害の一致で手を組んだだけのチームって言うんなら、奴等が自分達で勝手に集まって結成したとかそういうもっと自主的…って感じの言い方をしないかな ? だからひょっとすると、四騎士を呼び寄せた、上司とか裏側にいる…もっとデカい黒幕みたいなのがいるんじゃねえかって。そしてもし黒幕がいるんなら、世界各地で起きている暗逢者の大量出現の場所…その中にどうして、一部の連中しか存在を知らない仁豪町をわざわざ加えたのか。そこも調べる必要がある気がする。すげえ深い因縁とかがあるかも」
「…なんだか、初めて会った時に比べて随分頭を使えるようになったのね」
「そりゃもう。弟子だもん。誰かさんに嫌という程教科書使って読み書きさせられたわけだし」
龍人が笑った。謀略を恐れる戦士、あるいは有事に巻き込まれた当事者という面影が一瞬だけ抜け、年相応の青年らしい微かな邪気と、気楽さのある物言いが出て来ている。佐那の中に、衣食住の面倒見と彼への稽古を付けてる時の、いつもの日常が思い起こされた。調査によって分かった情報を龍人に伝えようとしていたというのに、逆にこちらも多くの情報を得てしまった。義理でも家族である。貸し借りなどという陰険なやり取りは無しにしたい所だが、嬉々として伝えてくれた彼に対して「お前は死んでいるべき人間」などと、残酷な事実を伝える気が失せてしまった。
「……龍人」
「ん ?」
「その…あ……頑張って。私もすぐに戻る」
「オッケー。また後で」
淀みを含んだエールが送られた後に電話は切られ、龍人は溜息を一度だけつく。ああ見えて分かりやすい人だ。
「終わったら酒盛りついでに本音トークだな」
その言葉の真意がよく分からない颯真たちを見返し、龍人はニヤリと口角を上げる。そしてポケットに携帯電話を仕舞い込んでから、大きく背伸びをした。
「さて、頑張りますか。まずは鋼翠連合側に話を―――」
鉄は熱い内に打てと言うように、何事も取り掛かるのはやる気が漲っている時でなければならない。腹が膨れ、今なら何でもできそうだと自信が出てきた龍人が、そうして予定を決めようとした時だった。地中から突き上げるような振動が起きたかと思えば、椅子や酒瓶が倒れていく程に強い地鳴りが、絶え間なく発生し出した。その場にいた全員が態勢を崩しかけ、やっとのことでバランスを取った直後にそれらは止み、心なしか埃と土の臭いがする。外からだった。
「あ~最悪、全部高かったのに」
棚から落ち、台無しになった酒と食器を見ながらしょぼくれるアンディを尻目に、「後で財閥かどこかに調達させる」と言い残して龍人達は表に出る。どの道嫌な予感はしなかったのだが、目撃したその光景は、自分達が覚悟していた以上に呆然とした態度を作り出す。
「んだあれ…」
声を漏らした龍人の先にあったのは、地割れによって崩壊した街並み…そして空を飛ぶ暗逢者達に囲まれている、天高くそびえる仏塔であった。




