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第4話 ミカ、言霊で結ぶ旅の締めくくり


「忘れることは心の奥にしまうこと。そして、また新たに思い起こすものとなる?

人間は忘れる生き物。じゃけん、忘れても思い出せるように、旅をする?

第4話 ミカ、言霊で結ぶ旅の締めくくり

 旅の終わりは、いつも少し寂しい。

けれど、終わりというのは、本当に終わることなのだろうか。

夕方、村井と弘坊は、東京駅へ向かう道を歩いていた。

今日まで何度、東京の街を歩いただろう。

神社、寺、公園、川、橋、坂道、商店街、路地裏。

有名な場所もあれば、誰も気に留めない小さな場所もあった。

けれど村井にとっては、どの場所にも、それぞれの「気」があった。

「おいちゃん」

弘坊が言った。

「なんたい?」

「結局、この旅で何が分かったの?」

村井は腕を組んだ。

「そりゃあ」

しばらく考えた。

「忘れた」

「またそれ?」

「忘れることは心の奥にしまうこと。そして、また新たに思い起こすものとなる?

人間は忘れる生き物たい。じゃけん、忘れても思い出せるように、旅をするったい」

弘坊は呆れながら笑った。

そのとき、後ろから声がした。

「兄ちゃん、ええこと言わはるやないの」

京都から来た妹のミカだった。

「おお、ミカ。いつの間に来たと?」

「兄ちゃんが東京を締めくくるいうから、言葉の締めくくりに来たんや」

「また難しいことを」

「言葉は難しゅうないえ。使い方が難しいだけどす」

三人は駅前のベンチに腰掛けた。

ミカは東京駅を眺めながら、静かに話し始めた。

「人間いうんは、自分が思うてる以上に、自分の言葉に影響されるもんどす」

「言霊か」

「そうどす」

弘坊が尋ねた。

「でも、言葉だけで現実が変わるの?」

「言葉だけで病気が治るとか、願えば何でも叶うとか、そない単純な話やあらへん」

ミカは笑った。

「言葉が変わると、心の向きが変わる。心の向きが変わると、行動が変わる。行動が変われば、出会う人や見える景色も変わってくる。そういう意味で、言葉には力があるんやと思う」

村井は黙って聞いていた。

「おいちゃんも、昔は自分に『オレはダメな人間たい』言うとったやろ?」

「言うたなあ」

「でも今は?」

村井は頭をかいた。

「『オレは失敗作ばってん、まだ使い道はある』たい」

「ほら」

ミカが笑った。

「それが言霊や」

「なんか中古品の広告みたいだな」

弘坊が吹き出した。

「まだ使えます。多少の傷あり」

「うるさい!」

三人の笑い声が駅前に響いた。

すると村井の頭の中から、ジミーの声が聞こえた。

言霊を神秘化しすぎる必要はない。言葉は自己認識を形成する重要な要素だ。

「相変わらず堅かね、ジミー」

私は学者だからな。

ミカが突然、空を見上げた。

「でもな、兄ちゃん」

「なんたい?」

「人生いうんは、最後まで言葉で締めくくられるんやないと思う」

「じゃあ何で?」

「生き方でどんな言葉を残すか、やと思う」

村井は黙った。

母を十二歳で亡くした。

盲目の祖父の膝で育った。

貧しい畳屋の家。

病弱だった少年時代。

放校。借金。失敗。

それでも生きてきた。

その一つ一つが、村井という人間の「言葉」になっている。

「オレの人生、ずいぶん遠回りしたばい」

「遠回りやから、見えた景色もあるやろ?」

「そうかもしれんな」

村井は東京駅を見た。

大勢の人が行き交っている。

仕事へ向かう人。

家へ帰る人。

旅へ出る人。

誰にも知られず、人生の荷物を背負って歩いている。

「幸福いうんも、こういうもんかもしれんな」

村井が呟いた。

「どんなもん?」

弘坊が聞く。

「誰かがくれるもんじゃなくて、自分が歩いた道の中から、あとで拾うもんたい」

ミカが頷いた。

「ええ言葉や」

「本当?」

「うん。でも兄ちゃん、もうちょっと短くしたほうがええわ」

「なんで?」

「読者が覚えられへん」

「厳しかなあ」

三人はまた笑った。

村井はポケットからハーモニカを取り出した。

「最後に一曲、吹くか」

「何の曲?」

「決めとらん」

「また?」

「その時の気分たい」

村井はハーモニカを吹き始めた。

懐かしい旋律だった。

どこか寂しく、それでいて明るい。

旅立ちの歌にも、帰郷の歌にも聞こえた。

曲が終わる。

ミカが静かに言った。

「兄ちゃん、旅は終わったんやないえ」

「うん?」

「次の旅が始まるだけどす?」

村井は笑った。

「そうたいな」

弘坊が尋ねた。

「次はどこへ行くの?」

村井は空を見上げた。

「知らん。お地蔵様か白い雲に聞いてみるか?」

「また?」

「風の向くほうたい」

夕暮れの空を、一羽の鳥が横切った。

村井はその姿を眺めながら、胸の中で一つの言葉を繰り返した。

ありがとう。

 亡き母へ。亡き祖父へ。

これまで出会った人々へ。

失敗した自分へ。

そして、まだ見ぬ明日へ。

言葉は、過去を変えることはできない。

けんど、過去への意味づけを変えることはできる。

だから村井は、今日までの人生を「失敗の人生」とは呼ばなかった。

遠回りの人生。

寄り道の人生。

そして、まだ続いている人生。

駅の時計が、静かに時を刻んでいた。

「帰るばい」

村井が立ち上がる。

「どこへ?」

弘坊が聞く。

「家たい」

「旅の終わりなのに?」

「家に帰って寝るまでが旅たい」

ミカが笑う。

「ほんま、兄ちゃんらしいわ」

三人は駅を離れた。

東京の夜が、ゆっくり始まっていた。

旅は終わった。

けれど、人生という旅には、終着駅の案内板などない。

今日出会った人。

今日交わした言葉。

今日見つけた小さな幸福。

それらを胸に抱えて、人はまた歩き出す。

村井も、弘坊も、ミカも。

そして心の中のジミーも。

それぞれの道へ。

風の向くほうへ。

また、次の幸福を探しに。

人生という旅には、終着駅の案内板などない。

今日出会った人。

今日交わした言葉。

今日見つけた小さな幸福。

それらを胸に抱えて、人はまた歩き出す。

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