プロローグ その出来事は突然で
毎日をただなんとなくで生きている。
学生時代に明確な目標もなく、大した努力もしてこなかった。
じゃあ今は努力しているのか、何か目標はあるのか、
そう聞かれれば『特に何も』と答えるしかない。
その結果、バイトが終わったらどこかに寄ることもなく帰り
動画を観たり、ゲームをしたりして、
あとはご飯とお風呂を済ませて寝る。
そんな変哲もない日常を唯々繰り返している。
そしてふと思うのだ
『もし魔法が使えたら』『もしあの頃に戻れたら』と。
誰だって一度は考えたことがあるだろう。
だが誰しもが理解はしている。
『そんなのただの妄想に過ぎない』
でも思わずにはいられないのだ。
「ふわぁ~...」
大きなあくびをしながらバイト先へ向かう。
この毎朝の風景も見慣れたものだ。
数年間同じ道を同じ時間帯に歩いていれば、だいたいは見覚えのある人達を見かける。
街並みも大きく変わることはない。
そう、変わらぬ日常だ。
(なんか日常が劇的に変わるような出来事が起きないもn「きゃあぁぁぁぁっ!!」
「てめぇらも道連れだぁ!!」
いつもの叶わぬ妄想をしていると
普段では絶対に聞かないような絶叫と物騒な発言が耳に飛び込んでくる。
(な、なんだ...?!)
声のした方へ目を向けると
刃物を持った男と、その傍らに血を流し倒れている人がいた。
「こんなくだらねぇ世界で生きてくなんてやってらんねぇよ!!」
「俺の努力が報われないのも、理不尽を強いられるのも社会のせいだろぉ!!」
怒号を飛ばしながら男は周囲の人へ襲いかかっている。
(なんなんだよあいつ...!!止めなきゃ、じゃなくて警察を...いや他の人が既に通報してるか?それより逃げた方が...!)
目の前で起きている受け入れがたい事態に対し
軽いパニックを起こし思考がまとまらず動き出せない。
「逃げてぇぇっ!!」
女性の悲痛な叫び声が上がる。
ハッ...と思考を止めて再び事態を認識する。
数人が地面に倒れ、刃物男がその内1人の女性へと近づいている。
女性は男の方を見ずに、近くの子どもに必死に声をかけ続けている。
しかし、子どもはあまりの出来事に理解が追い付いていないのか
恐怖からなのか、その場から動けずにいた。
「う、うおおぉぉぉぉぉっ!!!」
助けなきゃ...!とそう思った時にはもう声を上げながら走りだしていた。
刃物に対抗するための武器なんて無い。
この状況を打破するための策なんて無い。
取り押さえられるような力も無い。
それでも無我夢中になって走っていた。
「んだぁ?!てめぇ!!!」
刃物男と子どもの間に割り込むように入り立ち塞がる。
「早く逃げろ!!」
「で、でも...」
やはりこの状況に混乱しているのか...!
人は自分が処理しきれないほどの事態に直面す ドスッ!!
「正義のヒーロー気取りかぁ?!俺は殺せれば別に誰だってイイんだ!!
死にてぇなら望み通り殺してやるよぉっ!!!」
「ぐぅっ...!!」
気づけば男が持っていた刃物が腹部に刺さっていた。
当然だ、アニメやマンガじゃないんだ。
会話が終わるのを待ってくれるわけがない。
「おらぁっ!!おらおらっ!!」
男が刃物を抜いては刺してを数度繰り返す。
身体に刃物が刺さる度、あまりの激痛に意識を手放しそうになる。
しかし、また刃物を刺された痛みで強制的に意識を戻される。
「うっ...ぐぶっ...」
言葉を発することも出来ない。
刺されている場所は焼けるように熱いのに
身体はどんどん冷えていくかのよう。
(あぁ...これは死ぬな...)
なんて当たり前のことをぼんやりと考えていた。
(あの子は逃げれたかな...)
(...もしも
もしも、まだ逃げることが出来ずにいたら...?)
こんな痛みを、こんな恐怖を、こんな...こんな不条理を...!
これ以上誰かに感じさせていいはずがない...!!
「うっ...ぐうぅっ...!!」
刃物を刺された瞬間に男の手をガッチリと掴んだ。
「~~~~~~~~~~」
刃物男が何か言っているが、もう何と言っているか上手く聞き取れない。
視界も徐々に霞んできている。
全身から力が抜けていくような感覚もある。
それでも、この命が尽きるその時までは、絶対にこの手を離さない。
数秒か、数十秒か、数分なのか
実際にどれほどの時間を稼げたのかは分からない。
(こんな俺も最後には誰かの役に立てたかな...)
(あぁ、面白みのない人生だった...次生まれ変われるのなら、その時は...もっと...)
死んでしまうというのに
意識を手放すその瞬間、なぜかそんなことを考えていた。




