その名は、ダディ(13)
「た、探偵って何だ! お前のような探偵がいるか!」
「ま、やってる事が探偵ぽくないって、ちょっと自覚はしてるけどさ」
ダディは苦笑しつつ、「世の中には主に肉体言語で交渉する交渉人ってのもいるらしいから、まぁいいんじゃないのかね」
「何を言って――」
一歩、足を踏み出すと、男がビクッと体を震わせた。
「もういいかな? ほんじゃあ、お縄に――」
その瞬間、男の周囲から衝撃波のようなものが放たれて、ダディを襲った。辛うじて防いだダディだったが、後方へと押しやられる。
「コンニャロ、往生際の悪い――」
『待て。……様子がおかしい』
その声にダディは足を止める。ゆっくりと立ち上がった男の足もとに、魔獣を召喚した時のような光輪が広がっていた。
「俺自身が手を下すなど――。できればこの手は、使いたく無かったのだがな」
下から風が吹き上げているかのように男の髪の毛が、肉が、そして全身が浮き上がる。何だ? いや、これはまさか――。
男がズン、という重低音と共に着地した。いや、体の位置は変わっていない。脚が伸びたのだ。ブーツを突き破って地面に喰い込んだ毛むくじゃらの両足。次いで上半身が膨らんだと思うと、爆発したかのように服が弾けて巨大化したそれが剥き出しになる。同時に顔の肉がぐにゃりと歪むと、鼻と口が前へと突き出し、大きく裂けたその口の中には何本もの牙が並ぶ。
上から下まで全身を灰色の獣毛に包んだ、ヒトでも魔獣でもない、異形の怪獣。
「~~見たか! これが神が俺に与えた奇跡よ!」
さすがのダディも呆気にとられて、男の変身の様をただ眺めている――ように見えた。が、
『――驚いたな』
「ああ、こんな下っ端にまで、融合化がされてるなんてな」
ダディは髭をしごいた。「だがまあ、これでハッキリした。奴は生きていて、その研究は進んでる。それが分かっただけでも、ヨシとするさ」
『まぁ、仕方あるまい』
「何だ!? 何をぶつぶつ言ってやがる!」
その悠然とした態度を見て、男――怪獣は困惑する。
「あのなぁ、オッサン」
ダディは1つため息をつくと、「教えてやるけど、それは奇跡なんかじゃあないぜ。お前さんは、魔法をかけられたんだ。それもまだ完成していない、融合魔法ってヤツをな。一見バランスは取れてるようだけど、いつどうなるか、分からないぜ」
人間と魔獣の融合。それが、融合教の目指す最終目的。だがそれを知る者は、教団の中でも殆どいないに違いない。
「~~奇跡を愚弄するかっ! 地獄へ落ちろォっ!」
空間全体に揺るがす咆哮と同時に、怪獣が駆け出してその腕を振る。節くれ立ち、鋭い爪が生えたその先から衝撃波なのか、空気を切り裂く音と共に正面の壁まで深く抉られた。
「……まぁまぁの完成度、だな」
直前で避けたダディは唇を舐める。「しゃあない、やるか」
『待て、我にやらせろ』
剣に手を伸ばそうとしたその時、頭の中の声に動きを止める。
「……マジで?」
『ああ。久し振りに、暴れたくなった。栄誉補給もしたばかりだしな』
――やれやれ。コイツは一度言い出したら、聞かないんだよな。
「あ〜、オッサン。言っておくけど、降参するなら今の内だよ」
怪獣は耳を貸さずに突進し、壁に衝突して瓦礫の山を築く。
「本当はキズ1つ付けないように優しくしたいんだよ? 俺は。でもさ、もう少ししたら、俺じゃあなくなっちゃうんで。そうなったら、アンタどうなるか保証出来ないよォ」
「戯言を!」
怪獣が腕を振ると同時に、吹き飛ばされた大量の瓦礫が殺到する。
「っ、ととっ!」
風圧で飛ばされそうになる帽子を押さえつつ、華麗な身のこなしでそれらをかわし、ダディは男へと近づく。怪獣が目をむいてさらに瓦礫を放とうとした時、ダディが動きを止めた。
「……来た」
帽子を押さえていた左手を外して、ゆっくりと顔の前まで下ろす。その手が、手袋の上からでも分かる程に細かく震えている。
「~~あぁ、どうなっても、知らんぞ」
左手が、左目にかかっている前髪に触れる。その髪の毛とら指の間から漏れる、深紅の輝き。
「――光、だと?」
困惑する怪獣の前で、ダディは前髪を寄せた。左目が露わになり、怪獣は反射的に目を背ける。だが、見た。直視できない程に眩い光を放っている、ダディの左目。そこには縦に長い瞳孔が穿たれているのを。
マントが動いている。畳まれて――いや、逆だ。広がっているのだ。あれは、マントではない。翼だ。細長い骨格に支えられた、皮膜。巨大な片翼。それが、こちらを威嚇するように音を立てて羽ばたく。ダディが手袋を外した。現れたそれは全体が鱗に覆われた、人外の手。次の瞬間、爆発するように巨大化する。掌、前腕、上腕、肩へと次々と連動し、異形を形作る。左側だけ大きく裂けて歪んだ口。光る牙。
怪獣はその動きを止めていた。動けなかった。脚が、全身が、精神そのものが怯えて、立ち竦んでいた。
「お、お前、それは――」
「俺ぁ、知らんぞ」
ダディがぽつりと呟いた。次の瞬間、その姿が消える。
「~~どうなっても知らんぞォっ!」
怪獣が最後に見たのは、自身を押し潰さんばかりに迫る、鋭い爪を鈍く光らせた、巨大な腕だった。




