動く理由
「潰す、って……」
穂乃香の声は、小さかった。
師姉――天羅萃華は、肩をすくめる。
「言い方が悪かった?」
悪くないと思っている顔だった。
「正確にはね」
指を一本立てる。
「芽のうちに摘む」
言葉は軽い。
だが、意味は重い。
「魍魎ってのはさ、
力を持たない代わりに、
人を“使う”のが上手い」
湯呑みを取り、口をつける。
「本人は、
自分の考えだと思ってる間が一番危ない」
穂乃香は、思わず背筋を伸ばした。
「じゃあ……
その人は、もう……」
萃華は、首を横に振る。
「まだ」
即答。
「だから、今動く」
視線が、恒一に向く。
「こーいち」
「はい」
「今回は“討伐”じゃない」
その言葉に、恒一はわずかに目を伏せる。
「観察と切り分け」
萃華は、にやりと笑った。
「人か、器か。
それを見極める」
その夜。
恒一は、家の一室で符を整えていた。
攻撃用ではない。
封印でもない。
——観測。
「……小林亮」
名を、心の中でなぞる。
怒り。
否認。
正当化。
魍魎が好む条件は、ほぼ揃っている。
だが。
(まだ、選択の余地はある)
恒一は、そう判断していた。
彼は、亮を「敵」とは見ていない。
「……子供だ」
声に出さず、そう結論づける。
間違いを認められない年齢。
世界が、自分を中心に回っている感覚。
そこに、“優しい肯定”が入り込めば、歪みは一気に加速する。
だからこそ。
(強く出てはいけない)
魍魎は、正義や力で押す相手ではない。
恒一は、符を一枚、指で弾いた。
指を離れた符は、月光を吸って透明な糸へと姿を変え、夜の隙間に消えていく。
——見ている。
——だが、触れない。
今は、それでいい。




