第22話 本当の戦い【インウィディア・廃墟城塞】
「ふわ……あ、おはよ、アーヴィ」
隣ではすっかり寝床を整理したアーヴィが、胡座をかいてその三白眼で平原を睨みつけていた。
リメアは目をこすりながら身を起こす。
昨晩は遅くまで宴が開かれていて、途中で眠くなったリメアは少し離れたテントで休んだ記憶が残っている。
「今日はみんなと一緒に旧王都に帰るんだっけ?」
「いや、違う」
「……?」
リメアは首を傾げる。
「冒険者たちならもう馬車に乗って撤収を始めてる。俺達は別行動だ。……ほら、言ってるそばから奴さんが来たぞ」
草を踏みしめる音が近づいてきて、テントの垂れ幕が持ち上がった。
「おはよう。昨日は良く眠れたか?」
「あ、おはよう、ユグルタ。どしたの?」
リメアはぴょこんと立ち上がり、いそいそとずり落ちた毛布を片付ける。
「昨夜アーヴィ君には伝えたが、その様子だとまだ聞いていないようだな」
「あ……えへへ、実は今起きたばっかりなの」
「そうかしこまらなくていい。そのまま聞いてくれ。以前話した、透明な魔物の話、覚えているか?」
「……うん。覚えてるよ。パリオネを殺したのは、その魔物なんだよね?」
ユグルタは深く頷く。
「そうだ。無論此度の魔王討伐戦への協力には感謝している。相応の報酬も用意している。だが、ここからは話が別だ。報酬はなく、功績として発表されることもない。そして、命の保証も、できない」
アーヴィが隣で身を固くしたのが分かった。
リメアもゴクリと喉を鳴らす。
「なぁギルドマスター。その前に、話の場を設けると聞いていた。あれはあくまで魔王討伐参加への対価だったはずだ」
「……ああ。分かっているとも。だが、時は一刻を争う。悠長なことを言っている場合ではないのだ」
「もしかして、ロトンダが危ないの……?」
リメアは身を乗り出した。
昨晩のロトンダの様子は明らかにおかしかった。
まるで自分の死期を悟ったかのような物言い。そして何かを恐れているようだった。
ユグルタは小さくため息を漏らしながら肯定する。
「そうだ。以前我々が英雄を襲う透明な魔物を追っていると話したことがあっただろう」
コクリとリメアは頷く。
ギルド本部の地下で聞いた話だ。
「かの魔物は魔王討伐線で消耗した英雄に忍び寄り、殺害を繰り返している。その目的も、理由も謎に包まれているが、魔王討伐から早くて数日、遅くとも数ヶ月以内に必ず姿を表す」
「……パリオネも……パリオネもそうだったの?」
「……そうだ」
それを聞いた瞬間、リメアの中で何かが沸騰するように込み上げてきた。
「どうして!? どうしてパリオネの時は守ってあげなかったの!?」
ユグルタは悔しげに首を横に振った。
「それは……、彼女の、意思だ」
「パリオネの……?」
「ああ。我々は何度も彼女を説得した。しかし、彼女は譲らなかった。もし自分が討たれるとすればそれは天命だと。そしてその時が来るまで、英雄としての職務を全うすると」
「パリオネ……」
それを聞いた瞬間つんと鼻の奥が痛んだ。
リメアは潤んだ視界の中で、自分の拳を見つめる。
きっと命の灯火が消える瞬間まで、パリオネは誰かを守るために奔走したのだと今のリメアには理解できた。
パリオネらしい、選択だった。
「わたし、手伝う。その魔物を、許さない!」
拳を握りしめながら、リメアは強く言い放った。
「……だろうと思ったぜ」
やれやれとアーヴィは大きなため息をつく。
「あんたの作戦勝ちだ、ユグルタさんよ。だが、この落とし前はきっちり付けてもらうぜ」
「もちろんだとも」
「しっかし、あんた相当な手練れだろ? どうして俺達にそう固執する?」
訝しがるアーヴィに、ユグルタはややばつが悪そうに答えた。
「……確かに、私は自分の実力に疑いを持ったことはない。旧王都で、いや、武に関して言えばこの星で頂点だと自負している。だが、それはあくまで人として、だ。魔王や透明な魔物のような異形相手には、いささか分が悪い」
「あんなの相手に倒せねぇと言わねぇあたり、相当な自信があるんだな」
「……。だが、そこにいる彼女は違う。そのからくりはわからないが、リメア君はレベルに依存しない、人智を超えた力を持っている。……違うかね?」
「わたしの力、わかるの?」
一瞬ドキッとしたリメアだったが、ユグルタは苦笑を漏らした。
「いや、正直底が知れない。私の経験を持ってしても、君は規格外だ。断言できる。だからこそ、君の力を貸してほしいのだ。今まで成し遂げられなかった、悲願達成のために」
ユグルタは真面目な顔になる。先程までの柔らかな空気が一変し、彼の瞳からは強い意志が感じられた。
「それでは、そろそろ移動を開始する」
テントを後にするユグルタに続き、リメアたちも外に出る。
朝もやがまだ残る草原には、まだ魔石が数多く残っており、ギルド職員たちが総動員で回収作業を進めていた。
だが、気配を感じたリメアが振り返ると、そこには異様な光景が広がっていた。
テントの両脇には、黒い装束で身を包む仮面の集団が、片膝をついて整列していたのだ。
「……なんだ、こいつらは」
アーヴィが珍しく動揺している。
「どいつもこいつも、まともじゃねぇ……。俺は知ってるぜ。これは、人を殺すことに躊躇いが微塵もねぇ奴らの気配だ」
「人を……殺す……?」
リメアは思わずユグルタに視線を送る。
「彼らは、ギルド18の旗には含まれない、言わばギルドの裏組織。魔王討伐線はあくまで前哨戦。ここからが、我々の本当の戦いなのだ」
リメアは仮面の集団を見回し、背筋がすうっと寒くなるのを感じた。
誰ひとり身動ぎせず、呼吸すら最小限に殺されている。
ただの訓練だけではこうはならないと、本能が訴えかけていた。
「そちらに用意した馬車に乗ってくれたまえ。作戦は移動した先で説明する」
リメアたちは促されるまま、黒い幌が張られた馬車へと乗り込んだ。
「や、あんたたちかい」
「ロトンダ!」
馬車の中には毛布で身を包んだロトンダがいた。
弱々しく微笑みながら、力なく手を振っている。
「ロトンダ、どうしたの? 大丈夫?」
「はは、ありがとね。お陰様で昨日はぐっすり眠れたから、だいぶ疲れは取れたよ」
そうは言いつつも、顔は青ざめたままだった。
「情けないね。英雄が守られる側になるなんて」
ロトンダは毛布を手繰り寄せながら、視線を逸らす。
必死に取り繕ってはいるものの、彼女の怯えがリメアにまでひしひしと伝わってきた。
「いつ死んでも構わないって、思ってたはずなのにね。なんだか、急に怖くなっちまったんだ。なんでだろうね」
「心配しないでロトンダ! わたしが、透明な魔物をやっつけてあげるから!」
「あらあら、心強いね」
リメアはロトンダの隣に座り、手を握ろうとする。
しかし指先が腕の膨らみに触り、慌てて手を引っ込めた。
「あっ、ごめん! 真珠のとこに当たっちゃった! 痛くなかった?」
「ああ、気にすることはないよ。もう、表面の傷は治ってるからね。ただ、この状態はもう少しの間維持する必要がある。それまで、何事もないといいけど」
もう一度リメアは手を伸ばし、ロトンダの手を握りしめた。
ひんやりとした掌は、微かに震えている。
「そんなこと言わないで、ロトンダ。お薬とか関係なしに、これからずっと先まで大丈夫なようにするから」
「ふふ、あんた、優しいね」
そんな会話をしている間にも、仮面の黒装束たちが音もなく馬車に乗り込んでくる。
やがて馬車の後ろの幕が降ろされ、静かに馬車は動き始めた。
薄暗がりの中、リメアはロトンダの手をぎゅっと握りしめる。
(絶対に、守るんだ。ロトンダを、パリオネみたいにはさせない……!)
リメアは強く、そう心に誓ったのだった。
*
「……ついたみてぇだな」
アーヴィが呟く。
馬車は速度を緩め、やがて完全に停止した。
移動中もずっと無言だった黒装束たちに続いて、リメアもロトンダの手を引いて馬車を降りる。
「ここは……?」
鬱蒼とした密林の中に、石造りの無骨な城塞が佇んでいた。壁の至る所には苔がむしており、それは石畳も同様だった。
来た道を振り返ってみても、馬車の轍がきれいに残っている。随分長い間人の往来が途絶えた場所のようだった。
「古い要塞だ。かつて、この地ではいざかいが絶えなかった。村や部族間の抗争が長い間続いたらしい。魔物がこの星に現れるまで、な。これはその残骸のひとつだ」
いつの間にか隣に立っていたユグルタが、城壁を見上げながらそう語る。
「だが、これほどの年月が経っていても、その造りは堅牢だ。今回の作戦では、この要塞に籠城し敵を迎え撃つ。塔の一室に英雄を配置し、周囲の守りを固める。出入り口は、この城門だけだ」
リメアたちの前には、口をぽっかり開けたアーチ状の石門がそびえ立っていた。
城壁は目測で20mはあり、普通の魔物であれば乗り越えるのは難しそうだ。
壁にはところどころに狭間が設けられており、監視や高所からの攻撃が可能だった。
見張り用の側防塔も随所に見られ、本格的な戦闘を考慮されていることは間違いない。
「映画で見たお城みたい……」
「ことあるごとに映画、映画ばっかりだな、リメアは」
独り言をアーヴィがからかう。
リメアはぷぅと頬を膨らませた。
「あー、またそんなこと言う! 仕方ないじゃん、初めて本物見たんだから!」
「はいはい、いいねぇ、観光気分のお嬢様は」
「そ、そんなんじゃないもん!」
「よく見てみろよ、あの壁を。ところどころ色が僅かに違ってたり、石垣の中に割れた石やヒビが入った石が混じったりしているだろ。あれは火を使った跡だ。上から油を落としたか、火攻めにあったか。」
言われてみてみれば、苔の下の石壁は同じ石が使われているにも関わらず、アーヴィの指摘した特徴が見て取れる。
「映画のセットみたく綺麗なもんじゃねぇ。かつてここは血に塗れた戦場だったってわけだ。……幽霊がでるかもなぁ?」
「そ、そんな……!」
幽霊と聞いて、リメアは青ざめる。
食べ物の好き嫌いなし、エーテル構造の体を持ち屈強なリメアの唯一の弱点がホラーだった。
「怖がらせないでよ! もう!」
「ぶべっ!」
リメアは空いている方の手で力任せにアーヴィの背中を叩く。
思いのほか強く叩きすぎたのか、アーヴィは苔だらけの地面にべしゃりと体を打ちつけた。
「知らない! ふん!」
そっぽを向きながら、リメアは頭の中でリッキーに声を掛ける。
(リッキー、調べて。ここで幽霊がいるかもしれない確率を)
「……リメア様、呼び出していただけたかと思ったら、ワタクシにそんなコトを頼まれるなんテ……」
(いいから、調べて!)
「そんなコトを言われましテモ……。幽霊の存在は科学が進んだ現在デモ立証されておらズ、ワタクシのスキャンでも捉えることはできまセンが……」
(リッキーのポンコツ!)
「ひ、ヒドイ……」
腰をさすりながら立ち上がるアーヴィと、プンすかしているリメアを眺めていたユグルタがクスリと笑った。
「……君たちを見ていると、心が安らぐよ。過度な緊張は動きを鈍くする。そのままでいてくれたまえ」
「おい、それは俺に対する嫌味か? あ゛ぁ!?」
目を吊り上げて吠えるアーヴィ。
そんなふたりを見ていたリメアは、繋いでいた手がわずかに握られて思わず顔を上げる。
(ロトンダ……?)
見ればロトンダは心ここにあらずといった様子で、じっとユグルタを見つめていた。
数秒遅れて視線に気がつくと、慌ててパタパタと胸元をあおぐ。
「な、なんだい? あたいの顔になんかついてるかい?」
「ううん、何もついてないけど、どしたの?」
「ちょっと、耳貸しな!」
ロトンダはリメアに顔を近づけ、耳打ちする。
「あの約束、忘れたのかい!? わかってんだろ? やめとくれよ!」
「……? ロトンダの好きな人のこと?」
「ばっ! 静かにおし! まったく、本当にわかってるんだろうね、この子は……」
やや赤くなりつつも呆れ顔のロトンダがジトッとした目で見つめてくる。
「ん? どうした?」
こちらの様子に気がついたユグルタが、振り返り尋ねてくる。
「べ、べ、別にっ! 何にもないよ! ほら、あんたからも言っておくれよ!」
「うん、なんにもないけど……」
ユグルタはリメアとロトンダを交互に見ながら、キョトンとしている。
「……? そうか。なら良い。だがこれから先、もしなにか異変を感じたらすぐに報告して欲しい」
「……うん、わかったよ」
リメアはこれに深く頷いた。
アーヴィとロトンダも、同様に首を縦に振った。
「さて、それでは中に入ろうか」
歩き出したユグルタに続き、リメアたちと仮面の集団はぞろぞろと朽ちた城塞の中へと足を踏み入れたのだった。




