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第15話 友人の立場【インウィディア・旧王都】

 リメアはギルド本部を出て、広大な旧王都を当てもなく歩いていた。

 街は石畳でどこもかしこもきれいに舗装されていて、道行く人々は誰もが足早に去っていく。

 何度か雨を降らせる樹の生ぬるいシャワーを浴びることになったが、マルギナリスの町のように人々が雨を浴びるために街路へ出てくることはなかった。

 旧王都に来て知ったことだが、この都市では雨水貯蓄と上下水道システムが行き届いていた。この数カ月間、宿泊したどの宿にもシャワールームが室内に設置されていたことからもそれは明らかだった。

 この街では雨が降り出すと、皆やや迷惑そうに身をかがめ路上に人はいなくなる。

 田舎と都会の違いと言えばそれまでだが、リメアは一抹の寂しさを覚えつつ、ずぶ濡れになりながら歩き続ける。

 雨が降って、晴れて服が乾いて、また雨が降ってを繰り返し、アーチ状の橋にたどり着いた。その下には川が流れていたが、これもまた人為的に作られた水路を自然に模したものだった。

 ふと顔を上げると、橋の欄干に、男が佇んでいた。

 見覚えのあるその男も、リメアと同じように服から水を滴らせている。


「マッシモ……」


 名前を呼ぶとやや遅れて男は振り向き、力なく「あぁ」と返事をする。

 リメアは特に言葉を交わすまでもなく、マッシモの横に並んで流れ行く川を見下ろした。

 ゆらゆらと揺れる川面に、小さく映る2人の頭。

 暗く沈んだ心とは真逆に、空は明るく、水しぶきは光をたたえている。

 どちらから話し出すでもなく、リメアたちは同じ空気を共有した。

 しばらくしたところで、少し身を起こしながらマッシモが静かに口を開く。


「……もう、会えねぇんだよな」

「……うん」


 さらさらと、流れる水の音だけが響いていた。

 大通りから外れていたからか、雨が降った直後だったからか、橋を渡る人もほとんどいない。


「俺があいつに会ったのは、あいつが英雄になって間もない頃だった」


 マッシモはせせらぎに言葉を乗せるように語りだす。

 じっと川を見つめたまま、リメアは耳を傾けた。


「絵に描いたような英雄だったよ。ちょうど魔物に押されていてな。飛ばした救援信号に颯爽と現れたのがパリオネだった。鮮やかな戦闘だったよ。翻る真っ赤な長髪に目が奪われたのを、今でも覚えてる」


 懐かしそうにマッシモは吐息を小さく漏らす。

 リメアの脳裏にも、ディオナッソと戦ったときのパリオネの背中が浮かんできた。


「パーティで戦っていた敵を、あいつはひとりでなぎ倒していった。そして戦闘が終わると、真っ先に俺の元へやってきて、怪我の心配をしてくれた。あいつからしたら、一番深い傷を負っていた俺を見抜いて声をかけただけだと思う。だが、俺はそれが、嬉しかった」


 マッシモは苦笑を漏らしながら自分の手を広げて眺める。


「俺は生まれつき体が無駄にでかくてな。他人から心配されることなんて数えるほどしかなかった。実際、体も丈夫だったから、心配には及ばないってのも真実だ。だから、駆けつけてくれたあいつのひどく動揺した顔が、寝ても起きても忘れられなくてな。気がついたら、目で追っている自分に気がついたんだ」


 話を聞きながら、リメアは欄干に置いた手をぎゅっと握りしめる。

 マルギナリスの宿屋で見た、自信なさげなパリオネの横顔を思い出す。


(そっか……。パリオネは、わたし達だけじゃなくて誰に対しても、パリオネだったんだね……)


 そんなあたり前のことを口の中で呟いた。


「あの手この手で近づこうとしたが、どうも俺は要領が悪くてな。うまくやろうとしても、意地を張って突っかかってしまう。結局難しい小細工をするよりも、隣に並べるくらい強くなればいいと考えて、レベル上げに勤しんだよ。気がついたらSランク冒険者になっていた」


 自嘲気味な発言に、口からクスリと笑いが漏れる。

 花屋の前で狼狽えていたマッシモが目に浮かぶ。

 確かに、スマートにデートへ誘うタイプには見えない。マッシモらしいと言えばマッシモらしいかった。

 しかし、続きを話そうとしたマッシモは寂しそうに表情を曇らせる。

 楽しげに広げていた手がだらりと欄干に垂れ下がった。

 

「だが、考えていたことは、パリオネも同じだったんだ」

「……どういうこと?」

「風の噂で聞いたんだ。魔王討伐前に、あいつがギルドマスターへ決闘を申し込んでいたことを。俺は慌ててギルドの訓練施設へ走ったよ。駆けつけたときには、もう決闘は終わっていた。会場から出てきたあいつは、今まで見たことのない顔をしていた。戦いは引き分けだったそうだ。あのギルドマスター、対人武術だけはめっぽう強いらしくてな。ほら、あいつ、自分の村に伝わる武術を誇りにしてただろ? だから、通じ合う部分があったんだろうな。後から思えば、あれは恋をしている顔だった。俺には一度だって、見せてくれたことのない顔だ。ギルドマスターはきっと……あいつにとっての憧れだったんだ……」


 それを聞いて、リメアはようやく合点がいった。


(だからマッシモは、慣れてないのにあんなことしようって思ったんだ……)


 柄にもない花束を慌てて市場で購入していた光景が蘇る。

 地下の礼拝堂での怒りの理由も、ようやく理解できた。

 マッシモは頭を垂れて大きくため息をつき、顔を上げるとこちらを向いて弱々しく微笑む。

 

「つまらねぇ長話に付き合わせたな。良ければで構わねぇが、聞かせてくれねぇか。その、ディアから見た、あいつのことを。一緒に旅してたんだろ?」

「……えっとね……」


 リメアはゆっくり時間をかけて、パリオネについて語った。

 出会った日のことから振る舞ってくれた料理のこと、荷馬車の中での冗談に至るまで、覚えている限りを身振りを交えて伝えてみた。

 その度にマッシモは頷いたり笑ったり、驚いた表情を見せてくれたりした。

 そして最後にパリオネから教えてもらった技についてのことを話すと、マッシモの顔は突然真剣なものへと変わった。

 話し終えるとマッシモは「そうか……」と深く頷き、リメアの肩を叩く。


「ディア、お前はあいつにとって、お前が思うよりずっと大切な存在だったんだ」

「えっ……だって、パリオネと旅したのって、たったの数日だよ?」

「時間は関係ねぇ。その技はあいつの村に伝わる一子相伝の、いわゆる秘伝ってやつだ。基本の技ひとつだけを親が子に伝え、まるで樹を育てるかのごとく子は一生をかけてそこから派生する技を磨いていくという。そうしてまた、子孫にその大樹の種を受け継いでいく。そういう習わしだそうだ。それを受け継いだってこと自体が、何よりの証拠だ」

「そんな……。二連恒星がパリオネにとって、そんなに大事なものだったなんて、知らなかった……。だってパリオネ、ほんとに自然に、道案内するぐらい気軽な感じで教えてくれたから……」

「ははっ、あいつらしい。だが忘れないでくれ。その技はあいつが生きた証だ。ディアが絶やさぬ限り、その技の中でパリオネは、ずっと生き続けていられるんだ」


 マッシモのがっしりした大きな手はリメアの方の上で震え、目は涙で潤んでいた。

 ずしんと、なにか大きなものがリメアの背にのしかかったように感じた。

 だが同時に、この重みを否定してはいけないと強く心が叫んでいた。


「……うん、わかった。わたしも、わたしなりにパリオネがくれたこの技を、大切に磨いていく」

「はっ、いい顔だ。それはそうと聞いただろう、魔王が現れた話を。多分ディアにも招集がかかると思うが、俺達パーティも討伐に参加する予定だ。次に合うのは、遠征の馬車の中かもな」


 マッシモはちょっぴり明るい表情となり、手を振りながらリメアが来た道を去っていった。

 リメアはひとり橋に残り、水面を眺め続ける。

 ちょうど前にもこうして橋の上で悩んだことがあったな、とぼんやりと思い返す。


(そうだ、あれはアリシアが帰ってこなかった日の、ちょうど前の日だったな……)


 そんなことを思い出しながら、時間が緩やかに過ぎていくのを感じる。


(いつまでもこのままじゃダメだよね。ちゃんとお話するべきだってわかってた。でも、頼り過ぎてたわたしは、アリシアを助けられなかったあの時から、ずっと勝手に裏切られたような気持ちを引きずってた。だから、ちゃんとお話したいの。出てきて、リッキー)


 そう心のなかで呟けば、まるで何事もなかったかのように銀色の玉が背中から飛び出してくる。


「リメア様……」


 リッキーは橋の欄干に突っ伏したリメアの正面で静止する。


「……リッキーに相談して、頼ってばっかりだと良くないって。最近はずっと我慢してたの」

「……」

「昔のわたしは……えっと、今もまだちょっぴりそうかも知れないけど、リッキーは物知りで、わがままを聞いてくれて、わたしの足りないところを補ってくれる神様みたいな存在だって思い込んでたの。でも……違った」

「ワタクシが至らぬばかりに、申し訳ございまセン……」

「ううん、謝るのはわたしの方。わたし、ダメだった。全然ダメだった。アーヴィとの約束も、カリネのことも、ロトンダの宿題も、全部中途半端。気がついたら仲良くなったはずのパリオネはもう会えなくて、魔王とか魔物とか、もう何がなんだかわからないの。アーヴィはそのままでいいって言ってくれたけど、このままじゃなにもわからないまま終わっちゃう気がする。それじゃあダメなの。ちゃんとこの目で見て、理解しなきゃ、わたしの旅じゃない! アリシアに……伝えられないよ。でもどうすればいいかわからないの! こんなことアーヴィには言えない。だからわたしにはやっぱり、リッキーが、リッキーが必要なの……」


 リメアは俯き、唇を噛みしめる。

 遠ざけておきながら、都合が悪くなったらこうやって相談相手として呼び出す。

 そんな自分がひどく情けなく思えた。


「リメア様の中カラ、ずっと見ておりまシタ。顔を上げてくだサイ、リメア様。リメア様は、とても頑張っていまシタ」

「ありがとう。でも、そのまま受け取ることはできない、かな。この世界は、宇宙は、わたしのことなんて待ってくれない。あたふたしてたら、すぐにタイムオーバーがやって来る。かと言って気を張り続けても空回りしちゃう。正しいと思ったことが裏目に出て、うまくいってると思ったら落とし穴があるんだ。宇宙船の中のほうがずっと安全安心で……退屈だったけど、こんな思いをすることなんて、一度もなかった」

「……」

「でも、あそこにはもう戻れない。アリシアとの約束が、パリオネがくれたものが、許してくれない。今わたしに必要なのは逃げ込める場所じゃなくて、透明な壁で覆われた安全地帯を飛び出す力なの。こんなことを聞いたってどうにもならないかもしれないって、心のどこかでわかってる。それでも、教えてリッキー。わたしは、どうしたらいいの……?」


 リッキーは言葉を受け取ると、くるりと回転して背を向け、頭ひとつ分ほど高く浮かび上がった。

 そのまま空を見上げながら、優しい声で語りだす。


「リメア様。リメア様ハこの短い時間の中で、非常に多くの経験をされまシタ。アリシア様の元を発たれ、カリネ様のために奔走し、ロトンダ様やマッシモ様、パリオネ様と関係を築き、ユグルタ様のような方へ真正面から立ち向かわれまシタ。そして置かれた複雑な関係の中でどうすればよいかヲ今まさに悩まれていマス。ワタクシがいなくても大丈夫だと思えるほどデス」

「お世辞はいいから、リッキー」


 リメアは力なく笑う。

 だがリッキーは180°をフルに使い、ぶんぶんと顔を横に振った。


「お世辞ではありまセン。これはとてもすごいことデス。そしてワタクシに依存しないように努力されテおられる。もしこれからワタクシのことを、昔のような相棒という名の保護者としてではナク、ただの友人としてお側に置いて頂けるとおっしゃられるでシタら、ひとつだけ、お伝えできることがありマス」

「……うん」


 リメアが小さく頷くと、リッキーは降りてきてリメアの隣に並んだ。

 そして一緒に川を眺め、溜めに溜めた後。

 ぽろりと自信なさ気に呟いた。


「どうしたら、いいんでショウね……」

「ぷっ、なにそれ。これだけもったいぶって、それだけって」


 思わずリメアは吹き出してしまう。

 少しだけ、ほんの少しだけ心が軽くなった気がした。


(そっか、リッキーにも、わかんないんだ)


 ふたりで眺める川の流れは留まることを知らない。

 無言で眺め続けてなにかが変わることなんてなにもない。

 それでも側で一緒に悩んでくれる存在があるだけで、挫けそうだった心が支えられているような気がした。


「……うん。どうしたらいいかわかんないのはそのままだけど、わかることから1個ずつ、やっていこうと思う」

「といいマスと?」


 リッキーがくるりと縦に回った。

 リメアは丸まった背中をぐいと伸ばし、青空を見上げる。


「カリネの病気を治すために、ロトンダの宿題はしっかり続ける。魔王討伐の遠征に参加して、新しい英雄の人をお手伝いしながらマッシモさんたちを守る。この星の問題や精霊のことはちょっとずつ、ちょっとずつでも時間があるときにアーヴィに聞いていく。わかんなかったら、わかるまで聞いてみる!」

「おお、いいデスね! デスがその方針で、後悔はしまセンか?」

「しない! って言いたいけど、きっと悪いことが起こったら起こったで後悔しちゃうと思う。それでも、わたしはそうするって決めた。だから、もしそうなった時は、こうやってまた話を聞いて欲しいの。そうしていけばきっと、それはわたしの旅になるって、そんな気がするから」

「ええ、モチロンですとも。お約束しマス」

「ふふっ、破ったら星の彼方まで投げ飛ばすから!」

「おぉ、恐ろしい。その恐怖は恐らくアーヴィ様が体験したそれを遥かに凌ぐでショウ。なんてったってワタクシ、とても投げやすそうなボディをしておりマスゆえ」

「あ、また雨が降ってきた」


 鼻先に水滴が落ちてきたのを皮切りに、降り始めた雨はどんどん強くなっていく。

 雲がひとつもない中で降る雨は、太陽の日差しを受けて宝石のようにキラキラと輝いていた。


「宿に帰る前に、またびしょ濡れになっちゃうよー!」


 リメアは手で傘を作りながら、道行く人達と同じように走り出す。

 ぴょんと出来たての水たまりを飛び越えた後の足取りは、前よりもずっと軽かった。

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