第11話 紫煙と薬師【インウィディア・旧王都】
「ほんとにここ……かな?」
「ああ、間違いねぇ」
リメアとアーヴィがたどり着いた先にあったのは、立派な半開きの門扉。
長らく手入れがされていないのか、鉄格子にはツタが生い茂っている。
「おじゃましまーす……」
恐る恐る中へ入ると、荒れ放題の庭がリメアたちを待ち構えていた。
「廃墟みたい……」
「それには同意する。だが見てみろ」
アーヴィが指し示す草むらをよく見ると、雑草に紛れて種類の異なる花が咲いている。
「見た目はアレだが、一応薬草の畑みてぇだな」
「大丈夫かな、この薬屋さん……」
しばらく獣道のようなアプローチを進むと、薄汚れた玄関にたどり着いた。
軒下のアーチには、微細機薬舗ファルマチェウティカと掠れた文字が刻まれている。
リメアは意を決してノックをしてみたが、返事はない。
錆びついたドアノブを回すと、鍵は掛かっておらず、蝶番が耳障りな音を響かせながら扉が開いた。
玄関から奥へと真っ直ぐ伸びた廊下は薄暗く、2人の吐息とかすれる布の音だけが反響していた。飾り気のないツルツルした壁が続き、かつてリメアが幽閉されていた宇宙船を彷彿とさせる。
「……」
立ち尽くすリメアを、アーヴィが肘で小突く。
「俺は別に行かなくてもいいんだぜ」
「い、意地悪だよ、アーヴィ! そんなこと言わなくても分かってるもん!」
リメアは深呼吸しながら目をつぶり、カリネのことを思い出す。
(きっとこうしてる今も、苦しい思いをしてるはず)
手のひらをキュッと握り、勇気を奮い立たせる。
「すみませーん……、ロトンダさんはいませんかー?」
薄暗い廊下は静まり返り、物音ひとつ返ってこない。
「入りますよー……?」
できる限り大きな声を出しながら、リメアは店の中へと足を踏み入れる。
バタン、と大きな音を立てて玄関の扉が閉まり、あたりは一層暗くなった。
顔を上げれば天井からびっしりと乾燥した植物が吊り下げられていて、リメアの目には奥へ奥へと誘う無数の手のように映る。
閉塞感のある廊下の壁が、まるで両側から迫ってくるような錯覚に足がすくむ。
ぶるりと身震いした直後、突然大音量の鐘の音が鳴り響いた。
「ひゃぁっ!」
あまりの驚きに変な声を上げてしまう。
鐘が鳴り止んだ後も、心臓がバクバクしたままだった。
「雨を知らせる鐘か」
隣でアーヴィがポツリと呟いた。
程なくしてザアザアと予鈴通りに雨音が聞こえ始める。
唯一の光源であるはるか先の窓ガラスを伝う水跡が、廊下の床と壁に大きく広がり、蛇のような影を落としていた。
「なんか不気味だね……」
「ああ、そうだな」
歩き出したふたりは、長い廊下を靴音を響かせながら進んでいく。
天井にぶら下がる植物は一様に枯れ草色をしていたが、種類は様々で複雑な薬っぽい香りが鼻腔を刺激する。
「ねぇアーヴィ」
「なんだ」
「今更話すようなことじゃないって分かってるんだけどさ」
そう前置きしつつ、リメアはアーヴィの顔をチラッと見た。
「わたしのお母さん探しの旅に、巻き込んじゃってごめんね」
「本当に今更だな」
「……精霊探し、なかなかうまくいかないね」
「焦っても仕方ねぇさ。こちとら90年進展がなかったんだ。それに少しづつだがちゃんと情報は集まってる」
「……ほんと?」
「ああ」
「例えばどんなことがわかったの?」
「そりゃ、魔獣や魔石の存在、英雄の過剰な身体能力、ゲームみてぇな下らねぇシステムとか、もろもろな」
「……うん。でも、それってそこまで悪いことなのかな。この星は自然がいっぱいだし、街のみんなは楽しそうだし。……カリネの病気はなんとかしてあげたいけど、精霊とは関係なさそうだし」
「……今のところはな。だが確実に歪みは存在する」
「なんでアーヴィはそこまで言い切れるの? もしかしたらいい精霊かもしれないよ?」
「はっ、ありえねぇ。この星も俺たちがこれから旅をしていく星も、精霊の脅威度ランクが高ぇ星だ。俺が封印される前の段階で、調査済みなんだよ。目に見えなくとも、ここはしっかり爆弾を抱えてやがる」
「ふーん、そうなのかなぁ……。でもさ、アーヴィが封印されてる間に、この星が大丈夫になってたりしない?」
「それはありえねぇ。安心しろ、明らかにこの星は変だ」
「えぇ……なんでそう思うの……?」
「勘だ」
「勘……」
リメアは心細さを紛らわせるために会話を続ける。
大した内容ではなかったが、アーヴィの淡々とした返事が妙に心地よかった。
ちょうど廊下の中腹に差し掛かり、庭を見渡せる大きな窓に差し掛かる。
内側はきれいに掃除されていたが、外側の四隅は苔で覆われ、ガラス全体が曇っていた。
雨粒の残る窓ガラス越しに外へ目を凝らすと、雨脚が随分弱くなっている。
「あ、アーヴィ、雨終わったみたいだよ!」
窓からは雑草まみれになった中庭が見えた。
割れたプランターやゴミが草葉の間からのぞいている。温室が見えたが、ガラスは粉々に砕け、錆びついた骨組みだけが寂しそうに残っていた。
かつては整備され、美しかったであろう庭園の残骸を前に、ひとしきり感傷に浸ったリメアは、ふとアーヴィの返事がないことに気がつく。
「アーヴィ?」
不思議に思ったリメアが振り返った瞬間、戦慄が走った。
「不法侵入とは、いい度胸だね」
芯のある女性の声とともに2つの眼光と耳元の細い金属が、廊下の闇の中でキラリと光る。
リメアは窓を背にピタリと寄せ、外の明るさに慣れた目をこすり身構えた。
すると窓明りの下へ、影の中からアーヴィが諸手を上げた状態で現れる。
その表情は険しく、見れば首筋には細長い針のようなものが突き立てられていた。
「動くんじゃないよ」
顔の見えない女性は、半身を闇に預けたまま鋭い声を響かせる。
「ご、ごめんなさい、入る時ノックをしたはずなんだけど……」
リメアが強張った声で弁明すると、長い吐息と共に紫煙が辺りに充満する。
「へぇ……? 客なら、なんでわざわざ裏口から入って来たんだい?」
リメアはアーヴィと顔を見合わせた。
「し、知らなかったの! ここがロトンダの薬屋さんだってギルドで聞いて」
「ギルド……?」
女性の声が一段と低くなる。
ごくりと、リメアの喉が鳴った。
空気がピンと張り詰め、周囲の緊張が頂点に達したその時。
突然、甲高い笑い声が廊下に反響したのだった。
「あっはっはっはっは! あんた達、ここらへんの子じゃないね! あたいにからかわれるのはこれが初めてって顔してるわ」
「……へ?」
リメアはボカンと口を開け、目をパチクリと瞬く。
針を床に放り投げ、ゆらりと姿を表したのは派手な褐色のドクターコートで身を包む、若い女性だった。
ウェーブが掛かった薄紫の前髪の隙間から、澄んだ切れ長の目が鋭い光を放っている。コートの間からすらりと伸びた長い脚が、リメアの目を引いた。
「あ、あなたがロトンダ……なの?」
「あら、違ったらあたいもあんた達と同じ不法侵入仲間ってことになるわね」
「はぁ……。リメア、間違いない。聞いていた人相と一致している。こいつがロトンダだ」
「口の聞き方がなってないガキンチョね。いいわ。ここに来たってことは薬が欲しいんでしょ。なら3割増しで売ってあげる」
「……さすがに大人げなくないか? ロトンダさんよ」
「ギルドの治安維持部隊に突き出さないだけマシだと思いなさいよ」
「わ、わ! アーヴィ! 喧嘩しないで!」
慌てて仲裁に入るリメア。
今止めなければ、すぐにでも取っ組み合いを始めそうな雰囲気だった。
「まったく、子供が何の用? かくれんぼ以外の理由を答えて頂戴」
ロトンダはアーヴィの背中をトンと押して開放し、手に持っていたキセルを口につける。火口がぼんやり赤く光り、濃い煙を天井に向けふーっと吐き出した。
「あ、あのっ! 惑星適応障害の子がいて、お薬を買いに来たの!」
リメアは思い出したかのように、早口で要件を告げた。
ロトンダは首をわずかに傾け、目を軽く細めながら尋ね返してくる。
「……それで?」
「えっ? えっと、ロトンダなら治せるお薬を知ってるかなって……」
「その患者はどこ? まさかこの生意気坊主じゃないわよね」
「ううん、ここにはいなくて……。えっと、マルギナリスって街にいる子なの」
「はっ、マルギナリス? とんだド田舎じゃない。あんた達そこから来たの? わざわざ?」
ロトンダはキセルを吸う手を止め、顎を突き出しじっとリメアを凝視してきた。
リメアは目だけでも気持ちが伝わるよう、頷きながらしっかりと見つめ返す。
ひどく長く感じられた数秒が過ぎ去り、先にロトンダがフイと顔を逸らした。
「……嘘はついていないようね」
「じゃあ……!」
ぱっとリメアの顔が綻ぶ。
が、しかし。
「却下よ」
「えっ!?」
想像とは真逆の結果を前にして、リメアは理解が追いつかず表情そのまま固まった。アーヴィは片眉を持ち上げ、ロトンダを睨みつける。
「……理由を教えてくれよ。こっちは遠路はるばる訪ねてきたんだ。金だって多少はある」
「嫌よ。なんであたいが、そんな面倒事に首を突っ込まないといけないの?」
チリン、とロトンダの大きなイヤリングが小さく音を鳴らした。
「おいおい……ここは薬屋じゃねーのか?」
「そうかもね。だから、何?」
「客に薬を売るのが薬屋の仕事じゃねぇのか?」
「普通はそうね。でもここは違う。気まぐれで、適当で。あたいが売りたいときに、売りたい客へ。……法外な値段ふっかけて、あたいの生活を潤すための場所よ。文句ある?」
「……クソ、黙って聞いてりゃ……!」
口元を歪めて怒りを隠さないアーヴィの前へ、リメアは割り込んだ。
「ロトンダ。このお店がロトンダにとってそういう場所なんだってこと、ちゃんと分かったよ。だったら教えて。どうやったら、わたしたちにお薬を売ってくれるの?」
ロトンダはため息混じりでつかつかとリメア達の前を通り過ぎ、窓枠に寄りかかると腕を組んでリメアたちを冷たい瞳で見下ろす。
「質問は受け付けないよ。ここではあたいが全てだ。売るか売らないかはあたいが決める。聞きたいことを聞いて、売らないと判断すればそれまでさね。……そうね、じゃあ1つだけ聞くわ。その患者はあんたとどんな関係で、なんでそんなに必死なの
?」
「それは……」
言い淀むリメアに代わり、アーヴィが口を挟む。
「その子はこいつの友達だ。ここに来るまでもずっと気にかけてて――」
「あんたには聞いてない。あたいはこっちの子と話してんだ」
「……っ!」
アーヴィの歯ぎしりする音がリメアの耳まで聞こえてきた。
「で、どうなのよ。正直に答えな」
追求の手が緩むことはなく、リメアは諦めて白状することにした。
「その子とは……その……。1回遊んだだけ、ううん、遊ぶこともできなかった……初対面の子なの」
「嘘、それ本気で言ってる?」
「……うん」
はぁ、と今までで1番大きく、盛大なため息を漏らし頭を抱えるロトンダ。
言わなければよかったかな、という目をアーヴィに送ると、静かに深い頷きが返ってきた。
やってしまった、とリメアが思ったと同時に、ピシャリと冷酷な声が降ってくる。
「出ていきな。子供のごっこ遊びで仕事はしない」
リメアが慌てて口を開こうとすれば、次の句が即座に被せられた。
「今すぐに」
アーヴィは肩をすくめて首を横に振る。
ロトンダはもう、リメアたちを見てすらいなかった。窓の外を眺めたまま、苛立たしげにキセルを吹かす。
リメアは後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にすることしかできなかった。
が、すぐに何かを思い出し、ロトンダの元へと駆け戻る。
「ごめんなさい、わたしたち裏口から来ちゃったから、正面の出口を教えて! 今度はちゃんとそっちから入るから!」
逆光でシルエットが影に沈んだロトンダを、口の端を結び、見上げる。
リメアに今できたのは、非礼を詫び、次はちゃんとお願いできるようにすることだけだった。
ロトンダはキセルから灰を落とし、分解して管の中へ息を吹きかけながら興味なさげに答える。
「……店の出入り口はひとつしかないわ」
「えっ……?」
リメアはわけがわからず、首を傾げる。
ずんずん歩いてきたアーヴィが、リメアの手を取り、強く引いた。
「待ってアーヴィ、まだちゃんと正しい入口の場所、聞いてなくって……」
その返事を待たずに、リメアはロトンダと反対方向へと無理矢理引きずられる。
「あ、アーヴィ……? そっちは裏口じゃ……?」
「……こっちであってる。裏口なんて、はなからねぇんだ。ずっとおちょくられてたんだよ、俺達は!」
苛立ちを隠さぬアーヴィに連れられ、リメアは薬屋の廊下を何度も振り返りながら歩いていく。
ロトンダは玄関の扉が閉まる最後の瞬間を迎えても、1度だってこちらへ目線を送ることはなかった。
草まみれの庭園を抜けて半開きの門をくぐった後で、アーヴィが吐き捨てた。
「なんだあいつは!」
門扉を蹴飛ばそうとしたところを、リメアが止める。
「アーヴィ落ち着いて! ロトンダの目、すごく厳しかったけど、すっごく澄んでたの。だから……だから、きっと悪い人じゃないと思う。アーヴィ、ここにまた来よう? きっと……うん、ロトンダはたぶん……お腹がすいてたんだよ!」
「バカバカしい。んな訳あるか。あー、イライラする!」
アーヴィは太陽を見上げて舌打ちした。
「クソ、もうこんな時間か。リメア、しばらく別行動だ。俺はこの後落ち合う情報屋と約束がある。精霊情報ついでに、あの女の弱みを探ってやる……!」
「え~、それってロトンダを脅すってこと? ちょっとよくない気がするけど……」
「うるせえ! 違うやり方がいいなら勝手にしろ!」
アーヴィはポケットに両手を突っ込み、大股でずんずん歩いてどこかへ行ってしまった。
取り残されたリメアはもう一度門の向こうへと顔を向ける。
考えの変わったロトンダがひょっこり草むらの陰から出てきてくれないかな、なんて思いながら背伸びしてみるも、そんな都合の良いことは起こるはずもない。
「うぅ、どうしよう……」
リメアは落ち込み、地面へ目を落とした。
足元を這うアリが、虫の死骸を運んでいる。まるで大事な戦利品を掲げるように持ち上げながら。しばらく見つめていると、アリたちはそのまま巣穴へと帰っていった。
しばらくその様子を眺めていたリメアの頭に、ピコン、といいアイデアが浮かぶ。
「そうだ!」
弾かれたようにリメアは顔を上げた。
「お土産、持って行くの忘れてたんだ!」
かつて宇宙船の中で見た映画のワンシーンが、ありありと蘇る。
『ゴッドマフィアヘッド13』
人気を博したクライム映画の13作目で、独特の掛け合いと派手なアクションが印象的な映画だった。
とあるワンシーンでスーツに身を包んだ男ふたりが、裏社会のボスとして君臨するマフィアヘッドに高価なお酒を献上していた。たしか、大事な取引だったような気がする。
お酒好きなマフィアヘッドは厳しい顔つきで酒瓶を受け取ると、まじまじとラベルを眺めた後でニヤリと笑い、話合いに応じるのだった。
「これしか、ない……!」
リメアはキョロキョロと周囲を見回し「中央市場」と書かれた看板を見つけると、アーヴィとは反対方向へ一目散に駆けだした。




