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(8)

 その日の夜。いつもと変わず綾から電話があった。

 彼女は相変わらず豊富な話題を俺に投げかけては、クスクスと笑っている。どう考えても幽霊が話している風情では無い。

 だから会話の流れで俺は言ってみた。

「そういや、三日月。お前が死んだって噂を聞いたんだけど」

「え?」

 戸惑ったような声。まあ、自分が与り知らぬ所で死んだことにされるってのは気分の良い話では無いだろう。

「もし、そうなら俺が話してるのは三日月とは全く別人ってことになるんだけど、お前、本当に三日月だよな?」

 俺としては軽い冗談のつもりだった。本気で疑っていたわけじゃない。

 なのに綾が食いつき気味に否定する。

「当たり前じゃないの。間違いなく私は三日月綾だよ。どうしてそんなことを言うの?」

「戸川って憶えてるか? やつが美原から聞いたってさ。美原は憶えてるよな? 中三の時に委員長だったやつだ」

「そっか……美原さんが言ったんだ」

 急に元気を失くした様子の彼女。

 それからの会話は上の空といった体で、話題を振ってくることもなく、生返事ばかりが続く。

 どうにもおかしな雰囲気なので俺は聞いてみた。

「もしかして怒ってる?」

「いいえ、怒ったりしてない。でも、ごめん。何だか気分がすぐれないから今日は切るね」

 綾はそう言うと俺の返事も待たずに一方的に通話を切ってしまった。

 後味の悪い電話だった。

 明らかに反応がおかしい。

 普通ならこの程度の話、冗談として笑って済ませる筈だろ?

 そりゃ少しくらいは気分を害するかもしれないけどさ。

 だからちょっとした疑念が胸に沸いて出た。そして一度沸いて出た疑念は簡単に払拭できるものではない。気になって仕方がなくなってしまうものなのだ。

(綾と美原は喧嘩でもしているのか?)

 散々迷った挙げ句、俺は美原に電話した。

 既に午後十一時を回っていたし、奴との関係性を考えると気軽に電話が出来る時間というわけではなかったのだが、気分を害する様子も無く彼女は電話口に出た。

「驚天動地だわね。百年も対峙した貴方から連絡してくるなんて。まさかおのれの率爾そつじを悟って白旗を揚げようというのかしら。それとも塩でも贈ってくれるのかな?」

 例の虚言癖である。こいつは会話の中に意味の無い架空設定を持ち出して相手を煙に巻くのだ。

「黙れ。今すぐその中二病設定を破棄しろ」

「つれないのね。数ヶ月ぶりの会話だっていうのに」

 あっけなく素に戻った美原が言う。

「そんなことよりも三日月が死んだと吹聴しているそうじゃないか」

 俺は単刀直入に切り出した。

「ああ、戸川君から聞いた? びっくりだよね。元々あの子、病弱だったけどさ」

 割とラフな雰囲気で美原が言う。元の同級生が死んだって話をするにしては軽い感じがするので、俺には冗談を言っているようにしか聞こえなかった。

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