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それから何度か電話をやり取りする内に綾と電話で話すことがすっかり日課となっていた。
よくも毎日、話すことがあるもんだと思う。
そこら辺はもっぱら綾による功績で、彼女の繰り出す話題に対して俺は聞き役というかツッコミ役として立ち回れば良いだけだった。しかも彼女の話題は日常の出来事から、テレビ番組、流行のゲーム、芸能ニュース、トリヴィア的雑学、最新ガジェット、果ては明日の天気についてまで、と多方面に渡っていた。
よくもそんなにネタが豊富なものだと内心、感心せずにはいられない。それだけの情報を仕入れてくるには相当の労力が必要な筈だ。
ともあれ俺達は無邪気に意味の無い会話を続けた。
それだけ電話を続けているのだから二人の仲に何か進展があっても良さそうなものなのだが、まるで何も無いのは寂しいような気もした。
その上、どうして彼女が毎日のように俺なんかと喋っているのかも謎のままである。
こうなってしまっては、もはや惰性のようなものなのかもしれない。元々、コンタクトを取って来たのは綾からなのだ。
その理由は謎のままなのだけれど、今さらそんなことは聞けないし、実の所、その件についてはお互いに避けている節があった。もちろん気にならなかったと言えば嘘になる。いや、むしろ俺はずっと疑問に思っていたのだ。
それでも綾と話すのは楽しかったし、なんかこのまま遠距離レンアイに発展しないかなぁ、なんて軽く妄想したりもした。
そういえばある時、綾がこんな話をしたことがある。
「恋愛」という日本語の歴史は浅く、それまでは「色」だとか「情」なんて言葉を感情に充てていたそうだ。それどころか中世の日本には恋愛という感情そのものがなく、これは西洋から輸入された概念なんだとか。そもそも人の感情を推し量るような真似をすることが卑しいとされていたので、「恋愛を育む」なんて行為そのものが下世話だったのだろう、と。
「じゃあ、その当時の人はどうやって人を好きになってたんだ?」と尋ねると、「大半は一目惚れだったんじゃないかなぁ」と笑いながら彼女は答えた。
何だか要領を得ない話ではあるが、昔は人の恋路というものは大らかだったんだな、とその時は思ったものだ。
そんな風に二人は他愛の無い会話で日常を紡いでいたのだ。
しかしそんなものは呆気なく崩されてしまうのである。




