(エピローグ)
結局のところ……。
綾が自ら消える、というのは狂言だったわけだ。
それは俺への気遣いという側面もあるのだろうが、彼女なりのエゴだったと推測することもできる。
きっと彼女は賭けたのだと思う。
俺が綾への関心を失うか否かを。
自分が冷凍状態から復活できる時が間に合うか否かを。
はたして結果はこの通りである。
俺は綾が絶命したとは思わなかったし彼女に執心した結果、医学生にまでなった。無論、大学病院に勤務して謎を追うためである。
だからこそ彼女は治療直後の痛々しい姿を隠すこともなく俺の前に現れたのだ。その程度では俺が変心しないと解っての所業であろう。きっとそこいらにある監視カメラを駆使してずっと俺の動向を追っていたに違いない。
綾の病気に関しては再発は無いだろうと思われるものの、念のために経過観察を続けていくということだった。もちろん特殊なケースなので追証やら進行中の実験やらが色々とあるのだろうと推測するが、そんなことは大きな問題ではない。
始めは痛々しく痩せていた綾だったが、みるみるうちに回復し、半月も経てば元の姿……というより、それ以上に元気な姿に戻っていた。それは俺にとっても素直に喜ばしく思えることだった。
しかし解らないことがあった。
綾自身が語ったように、解凍した生身の綾の脳には俺と電話で話した数ヶ月の記憶は無い筈だ。だから復帰した綾が俺の前に現れて「ただいま」なんて言うのはおかしな話だ、ということになる。
病院を抜け出して周辺を散歩中の道すがら、そんな話をすると、彼女から返ってきた答えは驚愕すべきものだった。
「今、私の脳ミソってコンピュータとクラウド状態なんだよね」
「は?」
俺の目が点になる。
「脳をシミュレートするって研究は今後も継続することになったんだよ。というよりも発展させることになったって言うべきかな。私ほど親和性が高い検体も無いらしくてさ。で、私とはワイヤレスでつながっていて、例のハイブリッドコンピュータには常時アクセスしている状態なの」
何だ? その強引なSF展開は?
「だからさ、こんなことも出来ちゃんだよね」
綾はそう言って交差点の方に視線をやった。
つられて俺も見る。
特におかしな点は見受けられないようだが……やっぱり何かがおかしい。
一寸して俺は間違い探しの解答を見つけた。
よくよく見ると交差点にある信号機が全て赤になったままで固定しているのだ。これじゃどの方向からも車が進入することが出来ない。もっとも病院前の支線にある交差点には車の影すら無いので、実質的には何の影響も及ぼしてはいないのであるが。
しかし何だろうこの既視感は?
俺はこれと似たモノに遭遇したような気がするぞ。
「登間利君、いつも遅刻しそうなんだもん。時々、私がサポートしてあげてたの知らなかったでしょ?」
言われて思い出した。
遅刻しそうな時に一度も信号に引っかからなかったり、電車が遅れたり、そういうことがあったな。
そうだ。
あの不思議な幸運があった、まさにその日に綾から最初のコンタクトがあったのではないか。
「信号機とか電車の運行とか簡単に操作できちゃうんだよね」
あっけらかんとした口調だが、それって滅茶苦茶スゴイことなんじゃ無いの?
「通信方式とか異なるんだけどね。何故かそういうことを意識しなくてもコントロールできちゃうんだよ」
得意顔で綾が言う。
「それじゃネットにつながってるものは何でも操作できるってことにならないか!?」
「そうだねぇ、やったことは無いけど特定の口座に銀行から大金を振り込んだりできちゃうかもね」
「おいおい、それは間違いなくヤバいぞ」
一歩間違えば犯罪者ではないか。いや、信号機を勝手に操作するのだって犯罪に違いないだろうが。
「誰にも話してないけどね。こんなことラボでも想定外だろうしさ」
いやいや、そんな不確定要素が発動するシステムを放置してても良いのか?
俺はラボとかいうやつの先行きを案じた。
下手したら綾がどこぞの国のICBMを発射……なんてやりかねない訳だ。
世界の運命を東洋の島国に住む一介の女子が握ってるかもしれないなんて考えるだけでも恐ろしい話ではないか。
「でもさ、登間利君」
朗らかな口調で綾が言った。
「二人で結託して世界征服しちゃったりしたら面白いかもだよ」
笑いながら話す彼女を見て、俺は長い溜息を一つついて見せた。
しかし内心こうも思っていたのだ。
こいつとならそういう馬鹿話を紡ぐのも悪くないかもしれない、と。
(完)
世界中のネットワークに侵入できる義眼を持つ男が主人公の漫画を知ってますか?
これが滅茶苦茶カッコイイんですよ。
調べてみると1987年に描かれたものだそうです。
さ、30年前!?
まだインターネットが(事実上)無い時代……。
スゲーな寺沢武一先生(・_・




