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 三日月綾は生きていた。しかし半分凍った状態である。

 だったら声の主は一体どこにいるのだろう?

「一階下のフロア全体ってことになるのかな。そこにコンピュータが設置されてるんだ」

 フロア全体がコンピュータ?

 そう聞かされて俺が思い浮かべたのは世界最速と謳われたスーパーコンピュータだ。ユニットが収まったラックが延々と連なっている映像が頭に浮かぶ。しかしコンピュータが話すイメージが持てない。

「音声を合成して電話回線に出力してるんだよ。元々はそんな機能は無かったんだけど、登間利君が話したいって言うからさ。大慌てで作ったんだ」

「作った?」

 機能を作るということは、つまりプログラミングしたということだろう。

 確か俺が「話さないか?」と言ったその日の夜には電話がかかってきたと記憶してるのだが、半日やそこいらでそんなことが出来るのだろうか?

「今の私なら出来るんだよ。プログラムなんて知らなかったのにさ」

 プログラムを知らずにプログラミングを作る?

 そりゃ簡単なものならオブジェクトを組み合わせるだけで出来ないこともないだろうが、音声の合成ってけっこう難儀な機能じゃないのか?

「出来ちゃうんだから仕方ないじゃん」と拗ねた声。

「人は脳からの指令コマンドを意識せずに自然と手足を動かすことが出来るでしょ。感覚的にはそれと同じって感じなのかな。プログラムとか考えなくても出来ちゃうんだよ。今の所は電話回線を通じて音声化するしかないけどね」

 なるほど。

 信じるかどうかはともかくとして、本人は凍っているのに電話で話している理由の説明がそれならばつく。

 仮にそれが本当だったとしたら、俺は二ヶ月間ずっと機械を相手に話し込んでいた訳だ。

「不気味だよね、こんな話。毎晩電話してた相手がコンピュータだったとかさ」

 またも見透かしたように彼女が言った。

 そんな気持ちを悟られないように俺は返した。

「でも、それはお前自身なんだろ」

「どうだろう? 実体が無い私は本当に私なのかな? 正直に言うとよく解らないんだ。強いて言うなら半分って所なのかな。どっちにしても仮初かりそめってことなんだろうけど」

「仮初め?」

「私、戸籍上はともかく世間的には死んだことになってるしね。そうしないと色々とマズいことになり兼ねなかったから。まあ、ママを納得させるだけの時間が無かったって理由もあるけど」

 仮に実験とやらが本当の話だとしたら、一刻を争う状況だったことは推察できる。しかし綾を死んだことにしたのは、母親にとってはあまりに残酷な仕打ちのようにも思えた。

「期待させといて(失敗しました)じゃ、もっとママが可哀想だもん」

 確かに、そういう考え方もあるのか。

「それにね……」と電話の声。

「もしも病気を治すことが出来るようになって凍っている私を復活させたら、こっちの私は消えることになってしまうんだ」

「消える? どういうことだ?」

「だって解凍した私の頭にはオリジナルの脳があるんだよ。だからコンピュータの私はお役御免ということになるでしょ。オリジナルの脳は冷凍される時までの記憶しか持ってないもん。生体維持の為にコピーしただけの脳の記憶をわざわざオリジナルに戻すのはリスクが高いしね。だから、もし私が目覚めても、登間利君とこうやって話したことは知らないままってことになるんだよ」

「そうなのか?」

「そういうことになるの。だから今の私は仮初めなんだよ。寂しいことだけどさ」

 そう言われると俺も寂しいような気がした。

 機械が相手であるにも関わらず……。

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