(16)
一寸考えてから俺は言った。
「それをお前はやったというのか」
「そう。死ぬのが分かってたから。死ぬってことはもう随分と前から分かってたことだったんだけど、いよいよ駄目だって時に提案されたんだ」
「提案?」
「世の中に大っぴらにすることは出来ませんが、こういう方法がありますってね。私の身体を半分凍らせて生理的に病気の進行を遅らせる。治療法が開発されたら解凍して治療するって。実際、治療の糸口は見えてるから近い将来に治せる可能性は高いんだって。だけどその間は脳の機能を切り離しますよって」
サバサバとした軽い口調である。
しかし逆にそれが痛々しくも感じられる。
「つまり人を冬眠させるノウハウを得るための壮大な実験ってことだね」
壮大な実験といえば聞こえはいいが、さっき彼女自身が言ったようにそれは倫理的に問題があるように思える。
「そんな大それたことがニュースになることもなく、一大学病院でひっそりと進行しているなんてことがあっていいんだろうか?」
呟くような声で俺は言った。
「おかしなことを言うね登間利君。世の中の実験の大半はひっそりと行われるものなんじゃないかな。そして社会に公表されるのは成功した実験だけなんだよ。どんなに凄い試みでもそれが不成功なら大方は闇に葬られるものなんじゃないかな。ましてや今回は非人道的な内容なんだしさ」
そんなものなのか?
言われてもればそうかもしれないと思う。
俺は改めて容器に浮かんでいる女の子に目をやった。
顎を引いて見下ろしているような印象は最初と変わらない。表情も相変わらずの無表情だ。けれども何故か先程と違って泣いているようにも見える。もちろん液体の中にいるのだから涙が見える訳ではないのだが。
「でも……なぜお前だったんだよ」
俺にはそれがとても不条理なことのように思われた。
「たまたまだったのかな。病気の種類とか身体の状態とかが実験体として都合が良かったって聞いてるよ。もちろん他にも被験者はいたんだけど、今の所、成功したのは私だけみたい。ということは他の被験者達は死んだってことなんだよね」
(他の被験者は死んだ)
その言葉は俺を大きく動揺させた。目の前の光景に圧倒されて喪失していた現実感が一気に引き戻されたような感じだった。
(他の被験者は死んだ)という言葉を逆説的に考えれば(綾はまだ生きている)ということだし、(他の被験者のように今後は死ぬ可能性がある)ということでもある。
俺は言葉を失った。喉の奥の方で言葉にならない曇った音が鳴った。
それまでとは異なるリズムの鼓動が俺の心臓を打ち始めた。
目の前の少女は相変わらず液体の中で浮いているだけだった。そこに命の片鱗を見いだすことは出来ない。あくまでもそれは標本といった印象でしかない。
しかし一方で、こんな馬鹿げた標本など有り得ないとも考えた。ただの標本ならばこんなに大掛かりな仕掛けは必要ないだろう。
「つまり……」
しばらくしてから俺はやっとのことで声を出した。
「三日月綾は生きているってことなのか?」
「今の所はね」
自嘲を含んだ冷めた声が電話口から聞こえた。




