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 目に入った時からそれが綾だということは何となく予期はしてたものの、自分の理性が追いつかない。混乱はしていたが俺は改めて目前に浮いている人物を見た。

 容器に浮いているのだから高い位置にある。あごを引いてうついて、まるでこちらを睥睨へいげいしているかのようだ。もっとも目を開けていないのだから俺が見えている訳では無いだろう。

 まぶたや口を閉じているので顔の特徴が掴めない。加えて髪が無いので、なおのこと俺が知っている綾との印象が違う。しかし、綾では無いと否定するだけの根拠も見出せなかった。

 図らずも視線が胸部にいってしまう。

 もちろんヨコシマな気持ちで見ているわけじゃないし、それを見たからといって欲情するわけではない。

 ただ目立っていたのだ。

 それはグラビアのモデルさながらに綺麗な造形をしていた。

「あまりジロジロ見ないでね」

 またもや見透かしたような声がする。

 しかし仮にこれが綾だとしても、これではただの標本じゃないか。こんな状態では脳だって活動をストップしている筈だし、そもそも口を開いている様子すら無い。つまり目前の人間はその生死がどうであれ、話してはいないということだ。少なくとも電話の声はこの標本からでは無い。

 つまりこの標本が綾だと言うのなら、電話の声の正体は別人ということになる。

 そう問いただすと「半分正解って所かな」と返事。

「その身体、極限まで冷やしているけど生理活動が完全に止まってるわけじゃないんだ。緩やかにだけど活動はしているの。エネルギーも消費しているし細胞もゆっくりと分裂してる。でも登間利君の言う通り、脳はシャットダウンしちゃってる状態なんだ。もちろん神経伝達作用は緩やかに起こっているだろうけれど情報を処理できるほどの活動は望めない。だけど生命維持に脳の情報処理能力は必要不可欠なんだよ。だったらどうするかってことになるんだけど、脳の機能を一旦、身体から分離させようって発想になるのが自然だよね」

(身体から分離って……)

 一瞬、綾の脳みそだけが取り出されるというグロい映像が頭に浮かんだが、どうやらそういうフランケンシュタインもどきの話では無いらしい。

「まだ秘密なんだけどね。ここの研究室でバイオ型と量子型のハイブリッドコンピュータの開発に成功したの」

 ハイブリッドコンピュータ? なんだそれは?

「普通のコンピュータの数百万倍も処理能力に優れたコンピュータって考えてくれればいいよ。人間の脳を軽くシミュレートできるくらいの能力を持っている。だったらシミュレートしてみるのが実験ってものでしょ。問題はどうやって膨大な情報をインプットさせるのかってことなんだけど……値として脳の情報を一から入力するのはさすがに不可能だよね。でももっと簡単で確実な方法がある。電気的なデバイスを脳に施して情報を直接ダウンロードすること。つまりね、脳に電極を差し込んで強制的に電気信号を記録しちゃうワケ。だけどそれって人体実験でしょ。倫理的に問題があるんだよね」

 つらつらと簡単に話しているが内容はものすごくヘビーである。

 一体、彼女は何の話をしているんだ?

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