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クッキーの後味をお茶で流し込みながら、なんとなく公爵様の方向へ視線を向ける。
「私は何も悪くない!お父さんがアルフレッド様の借金の面倒見たって聞いただけで……アルフレッド様を助けてるんだって……!ねぇお父さん!そうでしょ!」
「マリー!黙りなさい!」
「ほう、なるほど。ということは伯爵と男爵が詳しく知っていそうだね。あとで双方の家の帳簿を調べなくてはいけないみたいだ。いい加減素直に話した方がお互い無駄を無くせると思わないかな?さらった人の行方とかね。」
成金男爵がマリーの口を塞ごうともがくが、騎士はびくともしない。
思い出した。伯爵家でアルフレッド様と茶番をしていた令嬢だ。
「ねぇ兄さん。あの人たち何したの?結構深刻そうだけど。」
「そうですね。かいつまんでお話すると、人さらいと人身売買。お金絡みの黙認でアウトってやつです。」
すごい。悪事のロイヤルストレートフラッシュ。
「しかし少々騒がしくなってきましたね。食事の場としてはレイラも落ち着かないでしょう。少し待っていてください。」
兄が立ち上がると、ティーワゴンから革鞄を取り出した。
なんでティーワゴンに鞄?
それを見てお父様も驚いて目を見開いている。もう少しで目が落ちてしまうのではないだろうか。
お父様の目を受け止めるべきか。それにはこのお茶を置かなければいけないけれど、できればもう少し飲みたい。もし落ちたら三秒ルールは適用されるのかな?お父様なら許してくれそう。三秒あればカップを置いて即座に目を掴んでお父様にイン!いける!脳内シミュレーションばっちり!淑女ならできる!
「フィリップ。これを公爵殿に。開ければ分かります。早くその騒がしいのを終わらせてください。レイラの気が散ります。」
「……そうですよね。あなたはそういう人ですよね。」
私がお父様の目に意識を奪われている間に、兄はフィリップ様に革鞄を渡していた。
その際のフィリップ様の苦笑いの意味がよく分からないけれど、やっぱり仲良くなれるという予想は間違っていなかった。
「兄さん、良かったね。」
「何がですか?」
あ、珍しい兄さんのきょとん顔。今日は良いものが見れた。
「……っ?!父上!これを見てください!」
フィリップ様が焦ったように革鞄の中に入っていた紙束をパラパラとめくり、それを公爵様に小走りで渡しに行った。
「ほほう。これは伯爵家の帳簿だね。こっちは男爵家のか。ふふっ。人の出荷表まであるじゃないか。ご丁寧に男女と年齢と値段まで。なるほど、さらって隣国に売りつけていたわけか。」
公爵様の声が楽しそうに弾んでいるけど、どんどん低くなっていく。
公爵様は怒ると笑う人なんだろう。
そのちぐはぐさに背筋がぶるりと震えた。
見なかったことにしよう。うん。私はなにも見ていないし聞いていない!お茶美味しいな!
「なんだと、隣国?!」
「なっ!なぜそれが!」
「男爵貴様!隣国とはなんだ?!そんな話は聞いていないぞ!」
「………くっ!」
簀巻きのアルフレッド様がうねうね動きながら男爵の顔を見ようとするけれど、男爵はアルフレッド様から顔を逸らしていた。
令嬢は青ざめて無言で膝から崩れ落ちた。
「……もういいだろう。これ以上の問答は不要だ。セレスティン君、この書類の内容は全て信用していいんだね?……いや、レイラ嬢。いいと思うかい?」
「え?!私?!……に、兄さん?」
突然指名されて、びくりと肩がはねてしまった。
恐る恐る兄を振り返れば、兄がとっても優しい顔で私の頬に触れる。
「……レイラに誓いましょう。」
「……いいだろう。感謝する。こいつらを地下牢へ連れて行け。沙汰は後日申し渡す。騎士団を男爵家へ向かわせろ。囚われた民がいるはずだ。手下は全員捕縛。一人も逃すな。」
なんだか私の分からないところで高度な心理戦が行われた気がする。
まだ指先で私の頬をすりすりしている兄からお父様に視線を移す。
お父様も分からないらしく、首を傾げられた。
「いやよっ!離して!私はなにもしてない!なんで私が!アルフレッド様ぁ!」
「マリーに手荒なことをするな!マリー!マリー!」
最後まで抵抗する二人を騎士が数人でずるずると部屋から連れ出す。
それと入れ違いでメイドが新しいティーワゴンを押して部屋に入ってきた。
「失礼します。抹茶モンブランと新しいお茶をお持ちしました。」
「だからなんでだぁー!!」
廊下から聞こえるアルフレッド様の断末魔のような叫びが、扉が閉まることで小さくなって消えていった。そんなことより私にとって、今は目の前の緑の異邦人を出迎える方が大切だ。
きゃー!待ってましたぁー!!
ワクワクしながらプリンアラモードの器をテーブルの端に寄せ、ソファで姿勢を正す。
ありがとう、プリンアラモード。あなたのことは忘れない。転生したらまた私に会いに来てね。今度は飴の鳳凰で飾ってもらえるらしいから、その時を楽しみにしてるよ。
「ふう。ちょうどいいな。糖分補給といこうか。フィリップ、私たちも食べるとしよう。子爵家諸君。ソファを一つ空けてくれ。」
「はいっ!」
公爵様の言葉に弾かれたようにお父様が私の隣に座り直す。
元々三人がけのソファは私が男性二人に挟まれてもまだ余裕があった。
さすが公爵様御用達ソファである。
向かいのソファに公爵様とフィリップ様が並んで
座る。
それをまじまじと見つめると、やはり親子なだけあって目元がそっくりで雰囲気もなんとなく似ている。
同じ目の色の人物が二人も目の前にいるというのは、なんだか不思議な光景に思えた。
「あの、父上。こんなまったりしてもいいのでしょうか?隣国も絡む重大事件が発覚した訳ですし、早々に今後の対策を練った方が良いのでは……」
「ははっ。分かってないね、フィリップ。今私たちが動くのは時期尚早だ。騎士団が持ち帰る報告を待ってからでも遅くはない。全ての証拠を集めてからでないと、全体の状況判断は下せないだろう?なにより今は休憩だ。私の脳が休みたいと言っているんだ。」
公爵様は結構お疲れのようで、背もたれに上半身を預けて脱力していた。
先程の緊迫した空気が嘘のようである。
「しかし……」
「フィリップ。事を急いでもいいことはないよ。果報は寝て待てだ。それよりも、先程アルフレッドを取り押さえた時の判断は良かったよ。咄嗟に指示を出せたのは素晴らしい。」
「は……はい!ありがとうございます!」
公爵様に褒められて、フィリップ様は噛み締めるように拳を膝上で握って嬉しそうに俯いた。
おぉ、見るからに喜んでる。良かったねフィリップ様。
「……レイラ。あれはわざとです。話題を逸らす手法です。褒めている内容は本当のことかもしれませんが、タイミングは計算してます。」
んなっ?!
兄の何気ない耳打ちに、フィリップ様から公爵様に視線を移す。それに気づいた公爵様がニヤリと笑った。
確信犯!私のほっこりを返して!兄さんも共犯だ!
「あぁ……心が温まるねぇ……親が子を褒めるのは当たり前のことだけれど、なんとも尊いものだ。」
お父様ぁ!いつまでもそのままでいて!汚い大人にならないで!
思わずお父様の腕にしがみつきそうになったところで、目の前に抹茶モンブランが置かれた。
その瞬間に私の意識は全て緑の異邦人に集中する。
兄にお父様へ傾いた身体を引き戻されても、視線は抹茶モンブランから外さない。
はあぁぁ……神々しいお姿……何度か抹茶スイーツは食べたけど、モンブランは初めて。あの東の宝がモンブランという異文化交流を経て、どんな奇跡が起きたんだろう。城のパティシエという神の手の実力!相手にとって不足なし!
今度こそ、メイドはちゃんと城の所属らしい。
メイドは全員分のお茶を用意すると、礼をして退室していった。
「では諸君、いただこうか。城のパティシエ自慢の抹茶モンブランを是非味わってくれたまえ。」
公爵様の声で私はフォークを握りしめて、まずは心を落ち着かせるところから始める。
その間にもフィリップ様は当たり前のように抹茶モンブランを食べている。
……くっ……公爵家のお坊ちゃんめ……城お抱えパティシエの作品なんてそう簡単に食べられるものじゃないのに……羨ましい……
私は意を決してフォークを抹茶モンブランに刺した。ほとんど抵抗なく進むフォーク。
あぁ……ホロホロと崩れ落ちる緑のカーテン。その中から現れし黄金の宝石。そう……マロン。モンブランの頂点に座すべきマロンがまさか深窓の令嬢と化してるなんて、誰が想像しただろうか。タルトの床に抹茶クリームの絨毯を敷き詰めて立つ令嬢は、まさしくこの抹茶モンブラン家の象徴。東と西を繋ぐ架け橋になるべきその存在を誰もが見れるわけではない。それゆえの神秘性に皆が心を奪われ――
「レイラ、長いです。早く食べた方が崩れませんよ。」
「はい!すみません!いただきまーす!」
んー!最高!甘みの中に苦味が殴り込みしてきて、その後からマロンペーストの舌ざわりと風味が一掃していく!たまんなーい!
「レイラがそこまで喜ぶなら、本当に美味しいんだろうね。公爵殿、このモンブランを持ち帰ってもいいでしょうか?妻に食べさせてあげたいのです。」
お父様は抹茶モンブランをじっと見つめて、手をつけようとはしなかった。
「おや?もちろんいいとも。すぐ包ませよう。」
「ありがとうございます。妻も喜ぶでしょう。」
お父様……お母様のために……私はそんなお父様が大好きです。
公爵様が手を叩いてメイドを呼び出すと、メイドはお父様の抹茶モンブランを持って部屋を出ていった。
そしてすぐに小さい紙袋を抱えて戻ってくる。
それを受け取ったお父様はとても嬉しそうだった。
私はお父様の愛を垣間見て胸が温かくなりながら、最後の一口を食べる。
タルトのサクサク具合を噛み締めていた時にその爆弾は落とされた。
「フィリップ、レイラ嬢と婚約してみるかい?」
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