39.応急処置
服を着て、脱衣所から外に出ると、丁度、旅行者風の集団が入れ違いに入ってくるところだった。少し離れた所にも、似たような集団がいる。確かにピーク時は混みそうな勢いだ。
外で待っていたアルルと合流して、ダルトンの実家を迂回すると、街道の方から呼び込みの声が聞こえてくる。
『さぁさぁ、お泊まりはお決まりか!グリット村名物温泉に入ったら、村1番の宿「サティ」はいかが!』
『お泊りは「グリラン」で決まりだ!一泊2食付きで、たったの6,000ダリだよ!』
『温泉から1番近い宿「ベッセー」今なら温泉上がりに、冷たい果実酒を一杯サービスするよ!』
街道に出ると、多種多様な幟が立ち並び、呼び込みの威勢の良い声が、あちこちから聞こえてくる。
インパクトを出そうと、奇抜な格好をしている人もいる。おい、全身甲冑は威圧感が半端なくて、客が逃げてるぞ。
さっきまで、物静かな宿場街という印象だったのが、ガラッとイメージが変わって、活気溢れる宿場街に様変わりしている。そんな賑やかな街道を見物しながらリグラ運輸に戻る。
リグラ運輸の前に差し掛かったところで、村の入口から1台の馬車が凄い勢いで入り込んできた。
「医者!医者はいないか!デルが・・・仲間が野党にやられた!!」
「とまれー!!」
ダルトンが馬車に向かって叫び制止する。
「あんた、医者か!」
「いや、ただの商人だ。だが、この村の出身だ。医者の場所は分かる。が、このまま馬車で行っても、今の時間、街道は人も馬車も一杯で進むことができない。アルル!パリス婆さんの家は分かるね。あんたも先に一緒に行って事情を話してきて!リノ!リグラに言って荷車を用意して貰ってくれ!」
急なことで呆然としている俺とアルルに向かって、ダルトンから指示が飛ぶ。
ハッとして、弾かれる様に走り出した。アルルも馬車を操縦していた男を伴って走っていく。
リグラ運輸に入る前に、チラリと馬車の方を見やると、顔を蒼白にさせた商人風の男が、横たわっている男の二の腕を両手で押さえているのが見えた。夥しい量の血が、両手の隙間から溢れており、二の腕より先は・・・ない。
一瞬、足を止めそうになるが、自制心を総動員してリグラ運輸に飛び込む。
「リグラさん!リアカーを、いえ、荷車を用意してください!怪我人です!あと、酒精の目いっぱい高い酒を用意してください!」
荷物の積み入れを終わらせて、一服していたリグラと従業員が一瞬ポカンとしていたが、すぐに動き出した。俺はその様子を確認すると、また外に飛び出した。応急処置をしなければ!
慌てて飛び出した俺の目に飛び込んできたのは、自分の上着を切り裂いて、怪我人の腕の付け根を縛って止血しているダルトンの姿だった。手慣れている。
「荷車は!」
「今、きます!あと酒精の高い酒もお願いしました。」
俺の言葉に、ダルトンが目を見開く。
「何処でその処置方法を・・・いや、いい判断だ。」
そんなやり取りをしている間に、リグラが荷車を持ってきた。
「・・・こいつはひでぇ。おい、坊主。酒を持ってきたぜ。コイツはドラゴンでも一口で昏倒するって謳われてる火酒だ。売り物だったが、命には代えられねぇよ!」
そ、それ、逆に大丈夫か。ま、まぁ、それだけアルコール度数が高いという事だろう。
火酒を受け取り、馬車に乗り込む。棒切れがないか探すと、野営用の道具が転がっており、木の匙が転がっていた。
それに、たっぷりと火酒を沁み込ませてダルトンに渡す。
「柄の部分を口に咥えさせてください。暴れるかと思いますので、お二人で押さえていてください。」
ダルトンは納得顔だが、商人風の男が困惑している。
「な、何をする気だ。」
「傷口の消毒です。火酒を口に含ませて感覚は鈍らせましたが、沁みるので暴れるかと思います。思いっきり抑え込んでください。」
「しょ、消毒とはなんだ。コイツは野党の斧で切られただけだぞ。毒など飲んでいないぞ。」
「つべこべ言わず、押さえてればいいんだよ!見殺しにしたいのか!リノ君、やってくれ!」
ダルトンが一括する。
だが、ここで俺が思いとどまる。そのまま直接掛けていいのか、口に含んで吹き掛けた方がいいのか。口に含んだ際、子供の体に悪影響がないか。
俺が躊躇している様子にダルトンが気付き、リグラを呼ぼうとした時に・・・閃いた。
【微風】
左手から微風を出し、強風に切り替える。少し離れた場所から傷口に風を送り込み、火酒を風に向けて少量零す。風で拡散された酒が傷口に掛かる。
「ぐわっっ!!」
怪我人が呻き声をあげ、暴れだす。
「匙を咥えて歯を食いしばれ!舌を噛むぞ!」
ダルトンが叫びながら抑え込む。「ぐううう!」と歯を食いしばる怪我人。
暴れる度に血が飛び散っているが、止血のおかげで先程よりは格段に量が減っている。
しばらく、消毒を行っていると、
「そろそろ、いいだろう。リグラお願いできるかい。」
「おう!運搬はお手のもんだ。手前ら気合い入れてくぞ!おらおら!怪我人のお通りだ!道開けろぉ!!」
リグラと従業員が、荷車に怪我人を素早く運び込み、駆け出していった。
「さて、貴方には事情をお聞かせ願いましょうか。」
ダルトンが商人風の男に声をかける。
「その前に貴方達は、その恰好をどうにかした方がいいわよ。ダルトン君。」
後ろから女性の声がし、振り返ると一人の美女が立っていた。
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