35.ジョギングのすすめ
「え、見張りと一緒に走らせてくれだって?坊ちゃん、それは無理ってもんですよ。さっきは中にいたから分からなかったと思いますが、結構なスピードで走っているんですよ。坊ちゃんの体じゃついていけませんぜ。」
「もし、ついて行けないようであれば、中に放り込んで貰って構いませんので、お願い出来ませんか?」
俺の懇願に困り顔のデニムは、ダルトンの方を見やる。ダルトンは苦笑いしながら
「まぁ、初めての遠出がずっと馬車の中もつまらないてしょう。この子の言う通り、もしついていけなければ、放り込んじゃって下さい。」
「旦那がそう言うのであれば、そうさせて貰いますが。坊ちゃん、今回は私が見張りなので私の前を走って下さい。多少は時間に余裕はありますから、無理せず自分のペースで走って下さい。無理そうな時は声を掛けて下さい。」
「無理を言ってすいません。よろしくお願いします。」
「では、そろそろ出ましょうか。」
あ、車酔い対策に一生懸命で乾燥パルムの試作品をダルトンに見て貰うのを忘れていた。次の休憩所で見て貰おう。
馬車が走り出し、並足から速歩に変わり、ペースが上がってきた。とは言え、まだ全然ついていけるペースだ。後ろから「ほう。」と感嘆の声が聞こえる。デニムが短く口笛を吹くと、ペースが少し上がった。背筋を伸ばし、足裏全体での着地、蹴り出しを意識し呼吸をゆっくりと繰り返す。健脚スキルと魔力循環を強く意識しながら、足を前に出す。うん、このペースなら1時間は余裕だろう。
自分のペースを掴めば、周りを見る余裕が出てくる。背丈の高い草が生い茂る草原の中を、馬車がすれ違える幅は十分にある道が通っている。少し先が丘になっているので、先は見通せない。左右の草原の先に、木が生い茂った森が見える。
踏み固めただけの道の為、車輪の轍が幾重にも重なっており、その凹凸を越えるたびに馬車が跳ねている。車輪にスプリングが付いているようにも見えないので、衝撃が直接車体に伝わっている。そりゃあ酔うわ。
先程見えていた丘の頂上に差し掛かると、前方が見通せるようになった。先には、同じような丘が幾つかあり、その先に森が見えた。
「あの、森の、手前に、休憩所が、ある。いけるかい?」
「はい!」
デニムに聞かれて、短めに返事をする。変に会話をすればペースが乱れてしまうからだ。
地球で、こんな自然の中を走った事は無いので、新鮮な気持ちで走れて気持ちが良い。だけど、気持ちが良いからとオーバーペースになると、すぐにバテてしまう。
街で、事ある度に走っていたので、この体のペースと体力は把握しているつもりだから大丈夫だと思うが、油断は禁物だ。
涼しくなってきたとはいえ、まだまだ昼間は日差しがきつく、走っていると汗が噴き出してくる。休憩所に着くころには全身汗だくになっていた。
「ははは、すごいですね、坊ちゃん。私達のペースについてこれるなんて。どうです。うちに入りませんか。」
「ははは、雇い主の目の前でヘッドハンティングとは、感心しませんねー。」
「おっと、これは失礼。ダルトン商店をクビになったら声を掛けてください。坊ちゃんならいつでも歓迎しますよ。」
「こんな逸材クビになんてしませんよ。」
ははは、と顔では笑っているけど、ダルトンさん、目が笑ってないです。怖い。
「リノ、すごいなぁ。乗合馬車ならここまで具合が悪くならないのに、運送屋のスピードを舐めてたよ。走る元気も出ないよ。」
「いつも走ってたから良かったのかもね。でも、結構疲れちゃった。」
実はまだ余裕だが、皆の反応を見る限りこの年齢でこれだけ走れるのは、異常に映っているようなので、自重することにした。
俺も、搔いた汗を拭うために井戸に向かう。休憩所には各国が出資して維持している、馬の飼葉や井戸、野営用の釜戸があり、基本的に無料で使用する事が可能とのことだ。
俺たちの他にも、数台の馬車と、徒歩の旅人が休憩所を利用しているが、一様に緊張しているというか、ピリついた雰囲気を醸し出している。疑問符を頭に浮かべながら、井戸で体を拭いていると、デニムが体を拭きながら話しかけてきた。
「どうにも雰囲気がよろしくないですね。坊ちゃん。早めに馬車に戻っててください。情報収集させましょう。」
何かフラグが立ったようだ。
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