エピローグ
それからのこと。
ダンジョンに向かうジェイの目撃情報があったので、ダンジョンでモンスターをテイマーされることを危惧して、騎士団や有志の冒険者たちが乗り込んできた。
しかし、もうすでに全て終わっていたために、皆消化不良であった。
眠るジェイを引き渡し、後日事情聴取をされることになる。
どうせジェイも話すだろうからと、隠すことなく、悪魔の魔導書を消滅させたことを話した。
国の財産を勝手に消したことは咎められたが、魔導書で召喚した悪魔に危害を加えられたことを話し、辺りにその証拠は残っていたため、自衛のためだからと、リーフたちのパーティーに処分が下ることはなかった。
ダンジョンを出ると、オリビアが行方不明と聞いて心配でやってきたレイチェルもいた。
駆け寄って、抱きしめて、安堵したようだった。
オリビアもそれに応える。
悪魔との戦闘は魔力体力気力全て使って、疲れただろうからと、しばらく休息を取るように言われた。
リーフは素直に頷いた。
オリバーが亡くなってから、張り詰めていた空気がなくなった、憑き物が落ちたようだと、周りの冒険者たちに口々に言われる。
敵意むき出しだったオリビアに対して、笑顔を向けるようになったので、恋人になったのではないかと噂されてもいる。
本当の理由はリーフたちパーティー皆この場では話すつもりはない。
家に帰り、オリビアの作ったご飯を食べると、今日は疲れただろうからと、話すのは明日にして、皆が眠りについた。
翌日。
オリビア自身も気づかなかったが、予想以上に疲れていたので、目が覚めたのがお昼すぎてからになった。
(リーフたちと今さらどんな顔して、会えばいいんだよ)
オリビアは頭を抱える。
昨日は戦って、気分がハイになっていたし、モンスターを倒すのに夢中で他のことを考える余裕もなかった。
一日経って、冷静になると、オリバーとして顔を合わせるのは大変気まずい。
どうしたものかと考えていると、足に重さを感じる。
起き上がり、見てみる。
「リーフ?」
オリビアの膝を枕にリーフが眠っていた。
「あ、オリバーおはよう」
寝起きで少しぽやぽやした顔で言う。
「お前、昨日からここで寝ていたのかよ」
「違う。今朝起きて、用事があって外出した後、オリバーが起きるところ見たいなと思って待っていたら、また寝ちゃってた」
「何で俺が起きるのが見たいなんて」
「ここにいるのがオリバーだって感じたかったから」
リーフはオリビアの目をまっすぐに見つめる。
(もう、逃げられないよな)
オリビアはその視線に悟ってしまう。
「まあ、今さらだけど、俺はオリバー・ナイジェルです」
「うん、知ってる」
リーフは優しい笑顔で頷く。
「何で言ってくれなかったの?」
「言って、素直に信じたか?」
「…最初の頃は何ふざけたこと言ってるんだって、責めたと思う」
気まずそうに、視線をそらす。
「ごめん。ひどい態度取っていて」
「いや、まあそれはいいんだけど。…どうして、リーフは普通に接してくれるんだよ。俺はお前を追放したのに。嫌われているんだろうなって思ったから、言い出すことができなかったし」
「僕がオリバーを嫌うことなんて、絶対にない」
リーフはオリビアの手を取る。
「追放されたときは、ショックを受けた。でも、僕の力不足は常々感じていたし」
「お前が力不足だなんてことはなかったよ。いつも頼りにしてた」
「うん。ボルドーから聞いた」
「あいつからか」
別人に取り憑いてしまい、追放した理由や、追放したことを謝ることができないのがつらかったから、今話すより前にリーフがそのことを聞かされてよかったと思う。
リーフは本当に強いから、自分が何と言おうと、いつかはその強さを自覚してくれるとは思った。
それでも自分の言葉で落ち込ませたことには変わりないので、本当の言葉を知れば、自信が回復してくれるのではないかと考えた。
「まあ、オリバーに言われたみたいに魔法慣れていないうちの疲労感が難点ではあったから、そのあたりとか鍛えたりしたけど」
「今までよく頑張ったよな」
オリビアはリーフの頭を撫でる。
リーフの目から涙が溢れ出す。
「あ、悪い。側が美少女とはいえ、男に撫でられたくなかったよな。でも、泣くほどじゃねえじゃん」
「違う!」
大きく頭を横に振る。
「僕が今まで頑張ってきたのは、オリバーの隣にいたかったからだ!それなのに、オリバーが死んだら意味がないんだよ!」
リーフはオリビアにすがって、泣きつく。
「リーフ…」
「自分だって危険な状態だって分かっていたのに、何であのときモンスターに立ち向かったの!何でこの女をかばって、死んだんだよ!」
「それであんなつんけんした態度を取っていたのか」
思った以上に自分が好かれていたんだと気づき、苦笑する。
「俺は逃げたりなんかしねえよ。だって、俺は勇者だからな」
にっと笑いかける。
今さら自分が本物の勇者だなんて思えないけど、もしかしたら魔王なんて出てこないかもしれないけど。
勇者になって、誰かを助けるために手を伸ばしたい。
そんな思いだけは嘘じゃない。
「そうだね。それが僕の好きな、勇者オリバーだ」
リーフは涙を手でぬぐう。
「一応言っておくけど、好きは友愛だけじゃないよ。僕はずっと恋愛的な意味でオリバーのことがずっと好き」
「え?」
「あー、ようやく言えた」
リーフの発言にオリビアは固まる。
「最初、俺このパーティーはリーフのハーレムかと思って…」
「愛の形は人それぞれで否定はしないけど、僕はオリバーに一途だよ」
「カナリーに叶わぬ恋でもしているのかなと」
「略奪しようなんて、考えてないって」
「カメリアとセレストは…」
「あの2人付き合っているし」
「え!?」
一番大きな声が出た。
「ちょっと!勝手に人の恋愛暴露しないでくださいます?」
カメリア、セレスト、カナリーもやってきた。
「僕がオリバーを好きなことを説明するのに必要かなって」
「だからって…」
「まあ、いいじゃん」
セレストがカメリアにぎゅっと抱きつく。
「これで思う存分いちゃいちゃできるしね」
「カメリア、オリビアが同性愛に関して偏見ないか分からないから、しばらくはむやみにセレストにくっつかないように言っていたしね」
「ギルドでも見かけたりするから、俺は別に気にしないけど」
「やった。私、カメリア不足で寂しかったんだから」
早速いちゃつき始め、カナリーは呆れながら見ている。
あまりの展開の早さにオリビアは呆然としていた。
「オリバー」
「何…」
オリビアがリーフの声に振り返ると、リーフが唇を合わせる。
セレストがきゃーと黄色い歓声を上げた。
「おま、いき、なに」
リーフを突き放して、何かを言おうとするが、顔中が真っ赤になり、言葉が上手く出てこない。
「言ったでしょ。オリバーが好きだって」
リーフはオリバーの顎をくいっと上げる。
「告白できなくて、ずっと後悔していた。男同士だからってブレーキもかかったしね。でも、それで失って後悔したから、今度は愛を余すことなく伝えるって決めたんだ」
耳元でささやく。
「もう離したりなんかしない。成仏なんてさせないくらい、僕に夢中にさせるから、覚悟していてね」
耳がぞくぞくとしたので、思わず手で抑える。
顔はさらに赤くなる。
「俺、リーフに堕とされたりなんかしないからなー!」
オリビアの叫び声が家中に響いた。
リビングのテーブルに5つのマグカップが並んでいる。
赤い椿、青空、カナリア。
葉っぱのついたオリーブが描かれたものが2つ。
オリビアの新しい人生はまだ始まったばかりだ。