episode9 少年の旅立ち
いつもと変わらぬ夕焼けが魔族の集落を赤く染める。
リバスはただ一人黙々と穴を掘っていた。その傍らにはガネッツ、パライナ、ロネムの三人の遺体が寝かされている。
「随分とひどい有り様じゃねぇかよ。いったい、どうしたってんだ?」
初めて集落を訪れたベデューがリバスの姿を見つけて声をかける。
ベデューの存在に気づきつつも無言で作業を続けるリバス。その様子にベデューはため息をつく。
「しょうがねぇ。そいつを貸しな。俺が掘ってやる。その代わり、おめぇは暗くなる前に森で花でも摘んできてやれ」
ベデューは言いつつ、リバスから半ば強引にシャベルを奪い取り、穴を堀り始める。
「……」
リバスはなおも無言を貫いたまま、森へと向かった。
◎
リバスが戻ってきた時には三人分の穴が完成していた。
リバスとベデューは三人を丁寧に埋葬し、最後に花を供える。
「ほかの連中はいいのか?」
「ほっとけばいい」
ベデューに訊かれ短く答えるリバス。
「そう、か。なら、そうしよう…」
◎
日が落ちて、すっかり暗くなった。
「ん? どこへ行くんだ?」
ベデューの問いかけにも何も答えないまま、リバスは家族と暮らしていた自宅へと足を運ぶ。
ベデューも黙って後に続くことにした。
◎
暗い室内をランプの明かりだけがほのかに照らしている。
「…何があったか話してみろよ」
「父さんと母さんと妹が……殺されたんだ……」
ベデューに促され、リバスが言葉を発する。
「そうか。……さっきの三人が?」
ベデューに訊かれ、リバスは首肯した。
「いってぇ、だれがあんな酷いことをしやがったんだ?」
「ワッズと集落のやつら全員だ!」
リバスは悔しさを滲ませ、両膝を抱え込んで顔を隠す。すすり泣く声が漏れ聞こえる。
「そのワッズってなぁ、何者だ?」
「魔王……ゼンバラルの…息子さ……」
泣きじゃくりながらも答えるリバス。それを聞いた途端にベデューは立ち上がった。
「おめぇ……まさか、ゼンバラルの息子を殺ったのか?」
リバスは首肯する。
「だったら、こんな所に長居できねぇ。おい、さっさとずらかるぜ!!」
慌てた様子でリバスに手を差し伸べる。が、リバスはその手をとろうとはしなかった。
「なにしてやがる! 早くしねぇとゼンバラルが来ちまうかもしれねぇだろうがよ!!」
「それでもいいさ。父さんも母さんもロネムもいないんだ。俺は全部失くしてしまったんだ……」
リバスは膝の抱えて顔を伏せ、再び泣きじゃくる。ベデューはそんな少年の襟首を掴んで持ち上げた。
「てめぇ、いい加減にしちゃどうでぇ! いつまでも泣いてんじゃねぇ! ここでてめぇが殺されてだれが喜ぶ!? だれも喜びゃしねぇよ! なら、ワッズとかいうガキにこの集落を攻めさせたゼンバラルを殺すために強くなったほうがいいに決まってんだろうがよ!!」
「ゼンバラルが…ワッズに集落を攻めさせた?」
リバスは目を見開いてベデューの言葉を復唱する。
「ああ、間違いねぇよ」
ベデューは自信を持って答え、リバスを下ろす。
「嘘だ……。父さんはゼンバラルは立派な魔王だって……」
「表向きはそうかもな。おめぇの親父さんはガネッツっていったよな。ガネッツといやぁ、ちったぁ名の知れた武将だ。だが、そのガネッツが戦えなくなった時、ゼンバラルはどうした? こんな田舎の集落に追いやったじゃねぇかよ。そんなやつが立派な魔王だっていうのか?」
ベデューの指摘の反論できない。
「そんな……」
暫くして、絞り出すように短く呟く。そんなリバスにベデューは続ける。
「悔しいだろうが今は逃げるんだ。もっと力をつけろ。魔王ゼンバラルを倒せるほどに! いいか。この世は弱肉強食だ。力のないやつは常に奪われるばかりだ。今回みてぇに大事な物を理不尽に奪われて悔しい思いをするのが嫌なら、まずはてめぇ自身が強くなれ! てめぇが魔王になってみせろ!!」
「俺が……魔王に?……無理だ……だって、俺は落ちこぼれなんだ……」
「けっ…。てめえが落ちこぼれなんてだれが言ったよ?」
「みんなから…そう言われ続けてきたんだ……。それに、実際に攻撃系魔術は使えないし……」
「バカ野郎が! てめぇの可能性を他人に決めさせてんじゃねぇよ! まずはそれを自分で信じねぇでどうする!? おめぇに魔王ゼンバラルと戦う覚悟があるなら俺も協力してやらぁ。決めるのはおめぇ自身だ。どうする?」
ベデューはリバスに決断を迫る。
「……俺は…魔王になってみせる!」
決心を固めたリバスにベデューは口角をあげる。
「よく言った。そんじゃあ、さっさとここを離れるぜ」
「けど、どこに行くんだよ?」
「なにせ魔王を殺ろうってんだ。いろいろ準備がいらぁな。とにかくゼンバラルの領内にいちゃ危ねぇ。まずは魔王グリュアの領内に行こうじゃねぇか」
「わかった!」
こうして、二人はグリュア領を目指し、集落をあとにした。
◎
「こいつぁ、まいったな……」
岩場の陰からルワーナ砦を覗き、ベデューは顔をしかめた。集落から森と草原と岩場を抜けてたどり着く頃には東の空から太陽が登ってきてきていた。
「どうしたんだ?」
隣でリバスが訊く。
「俺の計算だとルワーナ砦はグリュア軍が占領しているはずだったんだが……」
ルワーナ砦に掲げられているのは間違いなくゼンバラル軍の軍旗である。
「どうするのさ?」
リバスが不安げに訊いてくる。
「そうさなぁ……」
「《飛行》で空を飛んで越えられないか?」
思案するベデューにリバスが提案する。
「……それしかねぇか。だが、その方法でルワーナ砦を越えるのはリバスだけだ」
「ベデューはどうやって越えるのさ?」
リバスの疑問にベデューは顎に手をあてながら答える。
「俺は地上から越える」
「地上からだって!? 隠れられそうな場所はないじゃないか!」
ルワーナ砦周辺の荒野を見ながらリバスは言う。
「おう。俺が地上から砦に接近すれば、当然、やつらの注意は俺に向く。その隙にリバスは砦を越えていけばいい」
「だめだ! いくらベデューでも一人で砦を落とすなんて無茶だ!」
リバスは猛反対だ。
「俺だって一人で砦を落とそうなんて思っちゃいねぇよ。おめぇがグリュア領へ抜けるまでの時間を稼げりゃそれでいい。俺一人ならなんとでもなるさ。んなことより、グリュア領に抜けたらパルテーサって町を目指しな」
「パルテーサ?」
リバスが聞き返す。
「ああ。こいつを持っていけ」
ベデューは懐から地図を取り出してリバスに渡す。それから、パルテーサの位置を指し示す。
「ここがパルテーサだ。今、俺たちがいる所からはそんなに離れちゃいねぇ」
「ここで待ち合わせるんだな」
確認するリバスに頷き返し、ベデューはさらに続ける。
「ただし、パルテーサについたからといって油断するんじゃねぇぜ。最悪、ゼンバラル軍に占領されてる可能性もある」
「それじゃ、どうするのさ!?」
「そん時ゃ、町の近くで隠れてな」
「……わかった!」
「よぉし、いい子だ。そうと決まりゃ、暗くなるまで体力を少しでも回復させておくぞ。作戦決行は今夜だ。こんな明るいうちに動けばばれちまうリスクが高いからな」
ベデューの指示に従ってリバスは横になり、その横でベデューも腰を落ち着かせる。
◎
再び夜を迎え、ベデューとリバスは行動を開始する。
「いいか。まずは俺が砦の近付いて連中の注意を引く。リバスはそれを確認してから《飛行》を使って一気にグリュア領を目指せ。ただし、油断はするんじゃねぇぞ。いつ、攻撃魔術やら矢が飛んでくるかわからねぇからな」
「うん、わかってる」
「よぉし、パルテーサで会おうぜ!」
言い残し、ベデューはルワーナ砦に向かって駆け出していった。
◎
カンカンカンカンカン!!
不審者の接近を告げるけたたましい鐘の音がルワーナ砦に響く。
「けっ、もう気付きやがったか!」
顔をしかめながら腰のロングソードを抜く。
程なく砦から大勢の人影が向かってくる。
「うし! いっちょ暴れてやるかよ!!」
◎
ベデューは群がる雑兵を一撃のもとに切り伏せていく。遠距離から放たれる攻撃魔術には対魔術盾を張って対応し、攻撃の合間を狙って《俊足》で間合いを詰めて切り捨てる。
「こ、こいつ! この間、砦の門を破壊したやつじゃないか!!」
ベデューの顔を覚えていた兵士が声高に叫ぶ。
「へっ、色男はすぐに顔を覚えられていけねぇや!」
冗談めかして言いながらもベデューは攻撃の手を緩めることはなかった。次第にゼンバラル軍は砦へと後退し始める。
◎
「よし、今のうちだ!」
岩影に隠れて様子を伺っていたリバスは意を決して《飛行》を使って夜空へと飛び立つ。計算どおり、雑兵たちはベデューに気をとられ、リバスの存在に気付く者はほとんどいなかった。
さらに高度を上げてグリュア領を目指す。だが、そんなリバスを見据える男がいた。ルワーナ砦の守りを任されているヤグマク将軍だ。
「あの小僧、何者だ?」
望遠鏡を覗きながら呟く。どこかで会ったことがある気もするが定かではない。
「雷撃系下位魔術」
ヤグマクが放った雷の球は上空を滑空するリバスに向かって一直線に飛んでいく。
「うわっ!」
下方から放たれた雷の球が、身をかわすリバスの脇をすり抜けていく。
「うわわっ!!」
安心したのも束の間。すぐに火炎系下位魔術やら雷撃系下位魔術やら氷塊系中位魔術などが一斉に放たれた。
「うぁっ…」
懸命に回避を試みるも氷塊系中位魔術による氷の針が右足に刺さる。激しい痛みにコントロールが乱れる。だが、ここで墜落するわけにはいかない。地上ではベデューが命懸けでリバスのために時間を稼いでいる。それを無駄にするわけにはいかない。
痛みを堪えてグリュア領へと急ぐ。
「ちっ、なかなかしぶとい小僧め」
ヤグマクは魔力を練り始める。
「させるかよ!」
リバスのピンチを救うべく、《飛行》を使って急接近してきたベデューがヤグマクに斬りかかる。
「くっ!」
ヤグマクは槍でロングソードを受け、自らも後退する。
「貴様はこの前の!?」
ヤグマクは驚きの表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべる。
「まさか、これほど早く貴様との決着をつける時がこようとはな! 正直なところ、嬉しく思うぞ!!」
言い放ち、ヤグマクは槍で連続的に突いてくる。ベデューはロングソードでそれらを受け流し、隙をついて反撃にでる。できるなら、隙を見つけて反撃に転じたいところではあるが、無理には攻めないでいた。なぜならば、勝利することが目的ではなく、リバスがグリュア領へ抜けるまでの時間を稼ぐだけでよかったからだ。
(こいつ……そういうことか)
ベデューの考えに気付いたヤグマクは周りの兵士に指示を飛ばす。
「こいつとの戦いに手出しは無用。ただし、こいつが逃走をする素振りを僅にでも見せた時は全力で阻止せよ!」
(野郎……。俺の考えに気付きやがったな。まっ、しょうがねぇだろ。今、リバスを失うわけにはいかねぇからな!)
ベデューは覚悟を決めて、ロングソードを構え直す。ヤグマクを倒し、その騒ぎに乗じてルワーナ砦を脱出するしか方法はなかった。
ガキィン! キィン! キン! ガキィン!!
ベデューの剣術とヤグマクの槍術が火花を散らす。長剣と槍は何度も激しくぶつかり、高い金属音を砦に響かせる。
「火炎系下位魔術!!」
ヤグマクは数歩さがって魔術を放つ。ベデューは《俊足》で火炎の球をかわして即座に反撃する。
それを素早く避けたヤグマクは槍の穂先を突きだす。
「うぉっと!」
槍が肩を掠めてもベデューは気にする様子もなく、ロングソードを構え、眼光を鋭くした瞬間だった。ベデューが放った電光石火の一撃がヤグマクの胴を深く傷つける。
「ぬぐぅぅ……」
痛みに声を洩らしながらヨロヨロと数歩後退するヤグマク。
「今のはスキル《瞬攻》か…」
「へぇ。こいつを知ってるとはなかなか物識りじゃねぇかよ」
「使い手はそれほど多くないと聞いていたが。まさか、そのような相手と対峙することになるとはな」
互いに相手の出方をうかがいながら会話を交わす。
「濃霧魔術」
ヤグマクは魔術によって霧を発生させてベデューの視界を遮る。放出系の魔術を不得手としているベデューには即座に霧を晴らすことはできない。代わりに全神経を集中させてヤグマクの動向に注意を払う。
ヤグマクの槍による激しい攻撃をベデューは捌き続ける。
(霧が晴れてきたか)
視界が確保されてきたタイミングでベデューが攻勢に転じる。《瞬攻》と通常の斬撃に加え、格闘を織り混ぜた多彩な攻撃はヤグマクを大いに苦しませる。
ヤグマクは接近戦を避けるべく、後方へと飛び退くと同時に左手をかざす。
「雷撃系下位魔術」
発生した幾つもの雷の球がベデューに向けて放たれた。
(これで決める!)
ベデューは雷撃系下位魔術をものともせず、ロングソードを構えると《俊足》で一気に間合いを詰める。
(なんだと! 捨て身か!?)
予想もしないベデューの行動にヤグマクは焦った。それが判断を僅に遅らせる。
「終わりだ!!」
《俊足》と《剛力》によるスキルの会わせ技により、ベデューのロングソードがヤグマクの体を貫いた。ヤグマクは吐血し、その場に崩れ落ち、二度と動かなくなった。
(殺ったか。だが、モタモタしているわけにゃいかねぇな!)
ベデューは、指揮官を失ったことで動揺している兵士たちを睨む。
「ひぃ…」
兵士たちは一様に恐怖に染まった表情をして後退りする。
「うぉぉぉぉぉっ」
咆哮をあげ、近くにいた数人を斬り、砦からの脱出する。ベデュー自身も限界である。このまま取り囲まれてしまっては逃走することは不可能だ。ゆえに、そうなる前に脱出を成功させなければならないのだ。
(このまま一気に抜ける!)
あと少しでルワーナ砦を脱け出すという所で数人の兵士が行く手に立ちはだかる。
(ちぃっ、雑魚が!!)
兵士が射った矢を打ち払う。
「き、来たぞ!」
顔をひきつらせる兵士たちを手早く斬り倒し、ルワーナ砦を脱出していった。