脱出
「……うっ」
冷たい床の感触を肌に感じながら目を覚ます。
頭に霧がかかるような違和感を覚えながらその場に立ち上がる。
「……岬」
俺は、意識が朦朧となりながら岬を探す。
周りを見渡すと、散乱した待合室の椅子に二人の人影を確認する。
俺は、その人影の元へとふらつきながら歩みよる。
そこには、見慣れた二人の姿があった。
「須賀先輩、岬……」
そこには、さっきまで対峙していた二人が長椅子に座って手を繋ぎ、お互いの頭を支えにしながらすやすやと寝息を立てながら眠っている。
本来なら微笑ましい光景に見えるが、頭には見覚えのある不釣り合いな装置が頭に装着され、もう片方の腕には特殊な手錠が長椅子のひじ掛けに繋がられていた。
「……」
俺は、言葉を失う。
そう、その装置は入れ替わりの装置だった。
二人がつないでいる手の近くに白い封筒が一枚置かれていた。
俺は、その封筒を手に取り、封筒の中に入っていた便箋を取り出し、文面を目で追う。
水野隼人くんへ――――――――――――――――
この手紙を読んでいるって事は、目を覚ましたってことだよね。
さて、この状況を見て勘のいい貴方ならわかると思うけど、チャンスを与えます。
隼人くんは、この二人の中から一人を連れ出して脱出してもらいます。
今までの状況を纏めておきます。
①隼人くんが目を覚ますのは、薬の効果で約四時間だと思います。
②その四時間の中で、私と岬ちゃんとはいろいろありました。
そういろいろとね。この頭についている装置がその証拠です。
③この入れ替わりの装置は、あと一度利用可能です。
④封筒の中に、手錠のカギを同封いたします。どちらか一方の手錠を開錠できます。
鍵はその後使用不可能となりますのでお気をつけください。
⑤最後に時間制限ですが、隼人くんの選択次第です。
選択を間違えれば、どんどん時間は無くなっていきます。
それでは、隼人さん。楽しんでくださいね。
――――――――――――――――須賀美里
「くそっ」
俺は、文面を読み終え、悪態をつく。
須賀先輩は、この状況を楽しんでいる。
「絶対に出てやる」
心に誓いながら、今の状況を確認する。
手紙にあった通り、状況は頭に入れ替わりの装置を被った須賀先輩と岬。
そして須賀先輩の近くには、少し特殊な手錠が置かれていた。
回りを確認すると床には使用済みの注射器が二本転がっていた。
その状況を確認し考察する。
「須賀先輩と岬は薬によって眠っている」
「須賀先輩と岬が入れ替わっている可能性がある」
「最終的に、岬を選ばないといけない」
この三つだろう。
俺は、まず封筒に入っていた鍵を岬の手にかけられた手錠の鍵穴に差し込む。
そして、右回りに回すと『ピー』っと音をたてて開錠された。
これは必然的な回答だ。
入れ替わっている、入れ替わってないに関わらず岬を選ばないといけないからだ。
『ゴゴゴゴゴ』
岬の手錠を開錠すると建物の中心から、何かが動く音が響き渡る。
俺は、音のなる場所へと足を運ぶ。
「そういうことか……」
建物の中心部の床がが、スライド式に動き出し、その開いた先には階段が現れた。
建物の構造を考えれば簡単なことだった。
どの階層に居た時も、建物の中心部は壁になっていた。
中心部の空間は、この階段になっていたのだ。
「もしも、これを加藤さんが見つけられていれば……」
置き去りにした加藤さんをふと思い出す。
ポケットの中に入った加藤さんからの手紙を手に取る。
「必ず出ますよ。加藤さん」
俺は、加藤さんの手紙を握りしめながら新たに決意する。
「さてと」
俺は、状況を確認したところで再び二人の元へと踵を返そうとした時だった。
「……ぉお」
俺たちが、進んできた通路の階段から声が聞こえてくる。
「何だ……」
俺は、声のする方へと足を運び、昇ってきた階段を見下ろす。
「おぉ……」
声は大きくなっている。俺は、階段降りる。
「おぉぉぉおおおぉお」
「おい、これって……」
目前の状況を確認し絶望する。そこには無数の人間が這いずりながら階段を昇っていく。
数十人いや約百人はいるだろうか。その人数が一斉4階に続く部屋に向かってくる。
「なんだ。こいつら」
俺は、迫ってくる一人一人を確認する。
一人は目がずり落ち、一人は片足が無く、皆まるでゾンビのような姿をしていた。
「これって……、まさか須賀先輩の」
俺は、確信する。須賀先輩と対峙していた時に話していた不老不死の実験。その被験者達だと。
「けど、何で今になって……。そうか。あの開錠のせいか」
岬の手首の手錠の開錠は、出口の階段の装置と連結していた。
しかしそれは出口の開錠と連結し何処かの場所の開錠も含まれていたのだ。
実験体の収容所のカギも一緒に。
「くそ」
俺は、4階の階段を駆け上がる。
「どうしたらいい」
4階のフロアを隈なく探す。
「……これしかないか」
周りに散乱している待合室の椅子に手をかけ引きずりながら戻ってきた入口に重ね合わせる。
四階に入り込まれたらそこで終わりだ。
「はぁはぁ、これぐらいで十分だろう」
俺は、四階へ響いてくる声を後ろに感じながら二人の元へと歩みを向ける。
時間制限を考える。多分被験者が到着するまでの時間は十分少々。
そこから、バリケードを破壊されるまでに約五分と考えて残りは十五分。
「時間がない」
それだけだった。
どうしようかと二人を眺めているとぴくっと一人が体を震わせる。
それは、手錠を外した主、岬だった。
「岬!!」
俺は、岬の体を揺さぶる。
「うう……ん」
少しづつ、岬の目が開く。
「岬……」
「……隼……人」
俺は、岬の体を抱きしめる。
「よかった。よかったよ。岬」
「隼人……痛い」
咄嗟に抱きついた岬の体から離れる。
「ごめん。岬」
「ううん。大丈夫だよ。隼人」
俺は、岬のにこっとした表情に安堵する。
岬は、座っている隣に目を向ける。
「須賀先輩!!」
岬は、須賀先輩を認識すると、椅子から離れる。
「ううん……」
離れた後、その避けられた主が目を覚ます。
「隼……人」
須賀先輩が、俺の名前を囁く。
「隼人!!」
『ガチャ、ガチャ』
椅子の手すりにかけられた手錠で身動きがとれない。
「ちょっと、隼人。これ……何。姿が変わってるし。助けてよ隼人」
座っている須賀先輩が俺に助けを求める。
「隼人。騙されないで。須賀先輩は私達を惑わせそうとしている」
俺の後ろの岬が須賀先輩に向けて言葉を放つ。
まただ。また、どちらかが嘘をついている。
しかし、
「考えるまでもないな」
俺は、その場で回答をする。
「須賀先輩は、あなたです」
手錠を掛けられた須賀先輩に指をさす。
「どうして……隼人。何でそんな事言うの……」
「やめてくださいよ。須賀先輩。それは、目覚める順番ですよ」
「目覚める……順番」
「えぇ、薬を打つならまずは岬に打つでしょう。その後、須賀先輩」
「それが、なんで理由になるの……隼人……」
まだ、須賀先輩は岬の真似をする。
「それだけじゃない。その起きるタイミングも重要なんだ」
「タイミング……」
「タイミングとして岬も須賀先輩も時間としてあまり差がなかった。それは装置を使うタイミングがないって事」
「……」
須賀先輩は黙り込む。
「つまり、ほぼ同時に起きた段階で結論はこうなる」
『薬は岬から須賀先輩の順番に利用された』
『起きるタイミングが同時なので装置の利用がない』
「だから、須賀先輩。あなたが須賀先輩本人だ」
俺は、結論を須賀先輩に突きつける。
「……う」
「えっ……」
俺は、須賀先輩のその言葉の続きを聴こうとしたときだった。
『ドン』
大きな音が、4階入口からする。
そこには、3階から這い上がっていた被験者達が俺の作ったバリケードを突破していた。
「くっ、もうこんな所まで」
俺が、被験者達を見た直後だった。
『緊急事態発生。現在、被験者達が脱走いたしました。緊急ハッチを閉じます』
そう、アナウンスが鳴ると、中心に空いた階段の扉が閉まっていく。
「まずい。階段が……」
「早く逃げよう。隼人」
岬は、俺の腕を引き、階段に引っ張る。
「あは……」
俺は、後ろを振り返る。
「あはははははははは」
4階の部屋に、須賀先輩の声が響き渡る。
「須賀先輩……」
俺は、須賀先輩の笑い声に戸惑う。須賀先輩はその後続ける。
「あーあ。負けちゃった。仕方ないな。私の負け。隼人くん。脱出おめでとう」
「今更、負け惜しみか」
「……岬さん。隼人くんと……お幸せに」
「……行こう。隼人」
「……ね。……と」
何か、最後に須賀先輩が聞き取れない。
俺は、閉じかかる階段に岬と一緒に入り込む。
ぎりぎりの所で間に合い、その扉はバタンと閉まる。
※※※
階段を降りていく。一段一段足を踏みしめる度に俺の視界が霞んでいく。
静かだ。さっきまでの事が嘘な位に……。
「大丈夫?隼人」
岬が俺を心配してくる。
「あぁ、少し疲れたみたいだ」
「一番動いていたからね。お疲れ様。隼人」
「いや、脱出できるまでは安心できない」
「!! 隼人。あれ」
そこには、一筋の光が差し込んでいた。
「出口……」
「そうだよ。隼人。もう少しだよ」
「あ……あぁ」
俺は歩みを進め、光に飛び込むとそこで意識を失った。




