20:建国祭の会場に来ました
メーテルとアルシオは、建国祭の会場である大広間に入った。
高い天井には巨大なシャンデリアがたくさん飾られ、大広間全体に弦楽の四重奏が響き渡っている。
全部、メーテルが初めて見聞きするものばかりだ。
大理石の床は磨き込まれて景色を反射し、その上に立つ人々は早くも会話に花を咲かせていた。
(すごく、華やかです……)
そんな会場の中を、建国祭仕様の普段より少し立派な制服を着た給仕係が、ドリンクを持って優雅に移動している。
テーブルに整然と並ぶ金縁の食器は、先ほどカートに乗せられていたものだ。
あのあと、無事に運ばれたらしい。
(さっきの怪しい人はいませんね……)
あのまま逃亡してしまったのだろうか。
出来れば捕らえておきたかった。
「ベツィリア王女のご入場です」
まずは、王族への挨拶回りだ。
すぐ正面に、国王と、ハインリーの実母の第一王妃がいる。
国王については、メーテルも肖像画などで顔を知っていた。
四十代後半の、髭の立派ないかにもな見た目の人物だ。
対する第一妃も四十前後の年齢で、格式を感じさせる伝統的な服装に、きちんと結い上げた髪の仕事が出来そうな雰囲気の女性だった。少し、ハインリーに似ている。
まずは彼らに挨拶しなければならない。
「よく着たな、ベツィリア」
メーテルはアルシオから教わったとおり、上品に膝を折った。
「お父様、このたびはお呼びくださりありがとうございます。第一妃様も、ご無沙汰しております」
国王と第一妃が微笑んだ。無難な笑顔は仕事用の表面的な表情に見える。
(ハインリー様が、よくこういう笑顔を作るので……わかるようになってしまいましたね……)
明らかに、「久しぶりに娘に会えて感激している!」といった感じではない。
声も淡々としている。
「うむ。顔を見られて良かった」
国王の言葉に、第一王妃も頷く。
「わたくしも、そう思います」
「ベツィリアよ。体調のことがあるかもしれんが、妃たちや兄弟や婚約者だけでも挨拶をしておくのだぞ。彼らは家族だ」
言われて、メーテルはおしとやかに頷いた。
「はい……」
実際には、家族で憎み合い殺し合っているのだけれど……と思いつつも素直に返事をする。
強引にベツィリアの参加を促した割に、親子の会話はあっさりしていた。
建国祭の王族全員の出席(もちろん、ベツィリアの出席も含む)ということに、意味があったのだろう。
(対外的な印象を取り繕ったという感じでしょうか……?)
国王は忙しいらしく、挨拶だけ済ませて去って行く。
(何年かぶりに顔を合わせた娘でしょうに……なんだか切ないですね)
仕事に関すること以外での家族への無関心ぶりは、メーテルの父親といい勝負かもしれない。
(ハインリー様も、アルシオさんも、平気なのでしょうか……?)
王族と、平民に毛が生えた程度の自分を一緒に考えてはいけないが、それでもなんとなく気になる。
「ベツィリア王女、次、行くぞ」
アルシオの声にハッとして、メーテルは前を向く。
近くには他の王族も集まっていた。彼らにも挨拶をしなければならない。
(あ、ハインリー様……)
白い正装に身を包んだハインリーが、きらきらした仕事用の笑みを浮かべ、会場に集まった貴族たちと会話している。着飾った彼はいつもに輪をかけて素敵だ。
ハインリーはメーテルが扮したベツィリアを見つけ、優しい笑みを浮かべた。
仕事用の笑みではないけれど、心からの笑みでもないようにも思える。
ただ、国王や第一妃よりは、表情に柔らかさを感じた。
妹に対して、完全に無関心というわけでもなさそうだ。
「やあ、ベツィリア」
「ご、ご無沙汰しております、ハインリーお兄様」
ベツィリアの話し方はこんな感じらしいので、忠実に真似をしている。
「大きくなったね」
「はい」
病弱な王女様の設定なので、努めて口数は少なく、おしとやかな会話を心がける。
近くに立って待機しているアルシオからは、今のところなんの指摘もない。
(上手くできているようです)
メーテルは、ちょっとだけ安心した。
にこやかに話していたハインリーだけれど、彼はふと会話を止め、じっとメーテルを見つめる。メーテルは少し不安になった。
「な、何か……?」
「いや、大したことじゃないんだけど……ベツィリア、建国祭に参加する前に、どこかで会ったかな?」
(いっ……!)
表情を崩さないよう、顔の筋肉に力を入れる。
(鋭すぎます、ハインリー様)
そうして、努めて平坦な声で答えた。
「いいえ。私は、ここへ参加する以外は……いつも離宮にいましたので……」
「そうだよね、変なことを聞いてごめん」
ハインリーはそれ以上追求しなかった。
メーテルは心の中でホッとする。
(心臓に悪すぎるお役目です)
早めにしっかり用を済ませ、元の生活に戻りたいところだ。
「この催しでは君にも役目があるのだろうけれど、無理はしないようにね」
「はい、ありがとうございます」
メーテルはぺこりと頭を下げた。
(ハインリー様、ベツィリア王女にもお優しい。兄の鑑です)
メーテルは密かに感動し、アルシオに導かれるまま次の相手に挨拶に行く。
「次は第二妃と第三王子のところだな……」
王子のことは、一通り学習していた。
「第三王子のソワレ様には、この間お目にかかりましたね」
「ああ、王子は無害。王妃も計算高い女だから、この場で直接手を出してくることはない。ベツィリアに対してはほぼ無害だ」
「……わかりました」
メーテルはまっすぐ、第二妃と第三王子ソワレがいる場所へ向かった。




