19:モサモサ眼鏡と怪しい使用人
建国祭の当日がやって来た。
午後一番、ベツィリアの姿になったメーテルは、専用の王族控え室で建国祭の開始時刻を待っていた。
これから王族は、王宮で開かれる建国を記念するパーティーに出席しなければならないのだ。
そのあとは、王族だけでの晩餐会となる。
(ちょっとだけ緊張します。偽物だとバレないように頑張らなければ)
アルシオは他の王族の偵察をしてくると告げて、今はこの場を離れている。
(まだ、ちょっと時間があります)
じっとしているのも退屈なので、メーテルは控え室の外に出てみることにした。
会場に運び込まれる食事などが、カートに乗って廊下に並んでいる。
手で摘まむタイプの、おしゃれなサンドウィッチなどの軽食や、グラスに入った様々なドリンク類などが所狭しと置かれている。
(王宮でのパーティー用ですね。美味しそうです……)
今からメイドたちが運び込むのだろう。
(昨日頑張って運んだ食材が、素敵なお料理になっているのは感動しますね)
仕事をした甲斐があるというものだ。
そこでメーテルはふと、カートの近くに立つ使用人に目を向けた。
どうにも見覚えのある顔だ。
「あれ、あの人……昨日のワイン泥棒未遂犯ではないでしょうか……?」
メーテルには確信があった。確実に「そうだ」と言える。
昨日、あの不審な男性の顔をしっかり覚えていたからだ。
特徴的な、おどおどした不審な動きも共通している。
(あの人は何をしたいのでしょう?)
メーテルは廊下の角に身を隠し、そっと男性使用人の様子を窺う。
ふと、男性が使用人の服のポケットから小瓶を取り出し、カートの上に置かれていたドリンクに手を伸ばした。
(瓶の中身を、ドリンクに入れようとしています……!)
あの中身が何だか知らないが、このままにしておくと、きっと碌なことにはならない。
メーテルは廊下の角から勢いよく飛び出した。
「あなた! 何をやっているんですか!」
「……!」
昨日と同じように、男性は驚いてびくっと飛び上がる。
そうして、一目散にその場から逃げだそうとした。
「……ちょ、ちょっと、待っ……」
メーテルは慌てて、彼を追いかけようとする。
しかし、走り出した瞬間、後ろからアルシオに呼び止められた。他の王族たちの偵察を終えて戻ってきたようだ。
彼は少し、慌てていた。
「ベツィリア王女、そんなところで何をしているんだ? 勝手に外へ出て……」
「……!」
今度はメーテルが、びくっと飛び上がりたい気持ちになった。
(ひぃぃ……部屋で待っているように言われたのに、勝手に外に出たのを見つかってしまいました)
アルシオに呼び止められているうちに、男は廊下を走り去って行ってしまった。
(逃げ足の速い……)
もう追えそうにない。
(昨日も単にワインを狙っていたのではなく、持ち去った上で、何かを混入しようとしていたのかもしれませんね)
混入を防げたのはいいが、あの様子ではまた何か飲み物に手を出そうとしてくるかもしれない。
アルシオに告げておくべきだろう。
「アルシオさん、実は……」
メーテルは昨日から続く一連の状況を彼に説明した。
すると、彼は表情一つ数に告げる。
「妃か王子のうちの、誰かの差し金かもしれないな。誰が誰を狙ったのか知らないが、建国祭でやらかすなんて迷惑なことだ……衛兵に知らせてくる」
「ありがとうございます」
「メー……ベツィリア王女。時間まで、今度こそ部屋の中にいてくれ。不審な男がいたのなら尚更だ」
「はい……」
アルシオの言うことはもっともだ。
こうしてメーテルは、彼が戻ってくるまで控え室で大人しくする羽目になった。
しばらくして、アルシオが戻ってくる。
「メーテル、そろそろ行くぞ」
「は、はい!」
気心の知れた彼にエスコートされ、メーテルはベツィリアっぽい、堂々としつつもおしとやかな動作を意識しながら歩き始める。
本来は婚約者に当たる人がエスコートをするようだが、長年会っていない上にベツィリアは病弱ということで、「王女のお世話に慣れている騎士がエスコートする」という流れになった。
アルシオの計算通りだ。
これなら、間近で彼の指示を受けながらベツィリアとして振る舞える。
「いいか、メーテル。これから王宮の大広間でのパーティーに参加する。そこで、最低限の挨拶回りをしなければならない。国王にも挨拶が必要だ」
「はい……」
「だが、無理はしなくていい。国王への挨拶以外は体調を理由にして、俺が適当なところで切り上げる」
「わかりました」
メーテルは大きく頷く。
そうして、二人で一緒に大広間まで移動し、王族入場用の大きく開かれた巨大な扉から会場に入った。




