10:荷物の点検とゴミ捨てをします
(騎士の格好をしていらっしゃるからでしょうか……アルシオさんとは話しやすいです)
メーテルも歩き出し、執務室へと移動する。
執務室に侍女たちはおらず、先に箒で掃き掃除を始めていると、しばらくしてぞろぞろと揃ってやってきた。
侍女たちが、侍女長を取り巻いて何やら騒いでいる。
「まあ、侍女長様、あのお店のドレスを二着もご購入されたなんてすごいですわ! 人気がありすぎて貴族でもなかなか予約できませんのに……!」
「オホホホ、伝手があるのよ。今度紹介して差し上げるわ。あなたは伯爵家のご令嬢だし、あのお店の服を着るのに相応しい身分だから」
「なんてお優しい! さすが侍女長様ですわ」
素晴らしいですわという声が、一緒にいた侍女たちの間から上がる。
ここでは彼女が一番身分が高い上に、侍女長という立場だから、他の侍女は気に入られようと必死なのだろう。
「オーホホホ! あ、そうだわ。今度、皆さんでブラック・クラウンで食事でもどうかしら~?」
「まあ、いいですわね。でも、そちらも予約が難しいと聞きましたわ」
「大丈夫よ~。私に任せて」
「なんて頼もしい、侍女長様について行きますわ~!」
侍女たちは仕事も始めず、勝手にその辺の椅子に座ってお喋りを始めている。
(ハインリー様がいらっしゃらないときは、いつもですけど……それにしても、ブラック・クラウンですか)
その名前は聞いたことがある。会員制の、王都の超高級レストランだ。
一回行くだけで、メーテルの実家の生活費半年分くらいの値段がする、恐ろしい場所である。
もちろん、メーテルは誘われない。令嬢仲間だとも思われていない。
(誘われても行けませんけど)
彼女たちはメーテルの懐事情をある程度知っているし、超高級レストランに着ていけるような服を持っていないのも知っている。
(……あんな場所に着ていけるような服、侍女のお給金だけでは買えません)
他の侍女たちも給金は似たような額なので、実家から渡されているお金で行くのだろう。
最初の頃は、侍女たちと仲良くしたい気持ちがあったが、今ではもう諦め始めている。
(本当に……会話に入っていけません……)
もともと女性とのコミュニケーションに慣れていないし、難易度が高すぎる。
「そういえば、あなたはもうすぐ結婚退職するのよね」
侍女長は、先ほどの伯爵令嬢とお喋りを続けている。
「はい。別の伯爵家に嫁いで、そちらで暮らすことになりますわ」
「おめでとう。羨ましいわ。私も素敵な旦那様が欲しいわね」
「侍女長様はハインリー様とお似合いだと思いますわぁ」
侍女の一人が告げると、他の侍女たちも口々に「そうですわ!」と同意する。
「まあ、そんな……恐れ多いですわ」
そう言いつつも、侍女長本人も満更でもなさそうな顔をしていた。
内心、自分ならハインリーに相応しいと思っているのだろう。
「あ、ちょっと。モサモサ眼鏡~。今日はもう上がっていいわよ~」
聞き耳を立てていたら、侍女長に声をかけられた。
「えっ……?」
「私たち、これから王都のサロンでお茶会ですの。どうせあなた、掃除するだけでしょう? そういうわけだから、行ってくるわね~」
一方的に告げ、メーテル以外の侍女たちはゾロゾロと執務室を出て行く。
(本当に、行ってしまいました……)
ハインリーがいないからといって、やりたい放題だ。
事実、彼女たちは仕事をするためではなく、第一王子に取り入るためだけにここへ来ているのだろう。
メーテルは呆気にとられたまま、黙って彼女たちを見送る。
「本当に行ってしまいました……とりあえず、私は掃除を続けましょうか」
いつハインリーが帰ってくるかもわからない。
帰ってきたときに、侍女が誰もいなければ困ってしまうだろう。
掃除のついでに、メーテルがいない間に届けられた荷物や書類を確認していく。
侍女たちがサボっていたせいで、荷物が溜まっていた。
本来、こういったものの確認はメーテルの仕事ではないが、最近不穏な出来事が多いため、ハインリーのことが少々心配なのだ。
「まずは荷物の確認です……あ、さっそく備品の箱の中に毒蛇。しかも凶暴な種類ですね」
咄嗟に近くに置かれていた羽ペンを手に取り、牙をむき出しにして飛びかかってきた毒蛇の頭にぶすっと突き刺す。
毒蛇はしばらく暴れていたが、やがてその動きを止めた。
ぷらーんと垂れ下がった蛇を見つめ、メーテルは呟く。
「……はあ、やってしまいました。あとでペンを洗わなければ」
他の荷物の中にも毒草が入っていたり、脅迫文が入っていたり、女性の髪の毛が入っていたり、薬の香りがするお菓子が入っていたり、ラブレターが入っていたりした。
(怖いですね、第一王子という身分は大変です)
書類のほうにも、カミソリが仕込まれていた。
(地味な嫌がらせです。あんないい方に、こんな酷い真似をするなんて許せません)
メーテルはぷんぷん怒りながら、毒蛇やら何やらをゴミ箱に捨てていく。
他のゴミとまとめて、焼却場所へ持っていくつもりだ。
危険物を片付けていると、廊下のほうから複数人が歩いてくる気配がした。
大きな籠に室内のゴミをまとめていたメーテルは、ハッと顔を上げて姿勢を正す。
(他の侍女が戻ってきたのでしょうか。それにしては、いつもと足音が異なるような……)
不思議に思っていると、ノックもなく部屋の扉が開かれた。
現れたのは、四人の侍女を引き連れた、赤髪の堂々とした態度の青年だった。
知らない相手だが、ハインリーと同じくらいの年齢に見える。




