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「なるほど、ひと口に栄養剤といっても色々あるんですね」

 トムさんに畑の栄養剤を作ってほしいと言われたカントさんが詳細を聞いてしみじみと感じ入るようにうなずいた。


 トムさんが言うには、植物によって必要な要素が変わってくるだけでなく、栄養剤によっては季節に関わらず実をつけたり、ごく短時間で育つのだという。

 トムさんが差し出したレシピを、カントさんは食い入るように見つめた。カントさんとしても、初めてのレシピを知り、妖精の素材で薬を作成できるとあって意欲的に取り組んだ。


「ふむふむ。こちらは野菜用で、そちらは果実用なんですね。小型の実をつけるものか」

「ソウタとユリも、フェレット族兄弟もベリー集めをよくやっていたというから、いろんな種類をちょっとずつ育てさせてみたんだ。実がなるのが待ちきれない様子だ」

 それで、トムさんは栄養剤のことを思い出したのだという。

 カントさんは半ばひとり言のようにつぶやいていたが、トムさんの言葉に顔を上げる。トムさんのちょっと照れくさそうな表情を見て、カントさんはにっこりする。早く実がならないかと心待ちにしている子供たちのために、この栄養剤のレシピを引っ張り出してきたのだ。

 トムさんにとっても、レシピはあっても作れなかったが、カントさんという妖精の素材やレシピに並々ならぬ関心を持つ薬師がいてくれるのは絶好の機会である。


「ベリーの栄養剤!」

「やった!」

 毎日のようにベリーの生長を気にする子供たちは、甘酸っぱくて美味しい味を思い出して喜んだ。

「キキュ!」

 フェロとフェンに挟まれた妖精の至宝という呼び名があるというアーミィも声を上げる。


「アーミィはベリー集めをしたことがある?」

「キューキュ」

「よし、じゃあ、教えてやるよ。あのな、ベリーは実が熟すとひとりでに落ちるものもあれば、そうじゃないのもあるんだ」

「わたしたちはね、布を地面に敷いて、誰かが木に登って枝を揺らして落としたりもするんだよ」

「瑠璃色ベリーはひとつずつ実を摘むんだ」

「キュ!」


 さっそくベリー集めをする気になっている子供たちに、カントさんは「これは早々に栄養剤を作らなくては!」とすぐさま取り組んだ。

 トムさんが引っ張り出してきたレシピは妖精のレシピで、必要な素材も妖精の素材だ。できあがった栄養剤で、ベリーたちはぐんぐん育った。日増しにどころか、朝昼夕のうちにどんどん大きくなる。


「まだかな、まだかな」

「まだかな、まだかな」

「キュ、キュ、キュ」

 そんな風にして畑でベリーの様子を見ていたフェロとフェン、アーミィの三人は、旅から帰ってきたばかりで、昼食後に日向ぼっこしているうち眠り込んでしまったニャントロフさんを見つけた。木陰のベンチで仰向けになる大柄な猫族のニャントロフさんのお腹は山のようで、それが呼吸に合わせてふくらんだりしぼんだりする。三人は誰からともなく、誘惑に負けて乗りあがってみる。


「おもしろーい」

 お腹が上下すると、当然のことながらその上に乗った三人も揺れ動く。

「ふかふかだね」

「キュー」

 その振動は他者をも眠りに誘う。ぽかぽか陽気と相まって三人も眠ってしまった。


 さて、目が覚めたニャントロフさんは起きるに起き上がれなくなった。腹には安らかに寝息をたてるフェレット族の子供と妖精の至宝とやらがいたのだ。

「こ、これは、」

 ニャントロフさんは仕方がないからそのまま寝た。ソウタとユリはトムさんといっしょに畑仕事をしながらそれを見ていた。

「また寝ちゃうんだ」

「猫だからなあ」

 妖精の至宝が幸せそうだから、トムさんとしてもそれでよしとした。


 さて、これには余談がある。

 ニャントロフがふたたび目が覚めたときもまだ闖入者たちは腹に乗っかったままだった。しかし、のっぴきならない事態が予想された。そこでそうっと腹を上下させてみた。


 そうすると、ひとりがくあ、と大口を開けて置きだしたとたん、ほかのもうひとりはぐぐぐっと両前足を伸ばし、のこるひとりはいったん顔を上げたものの、またぺたんと顎をふかふかのふとん(ニャントロフの毛)につけた。

 そんな風にして寝起きにうにゃうにゃとしてから、行動しだした。ニャントロフはほっとしたのもつかの間、その小さな足についた細長い指の感触にくすぐったくて笑いだしそうになるのをこらえるのに必死だった。


 とにかく、腹の上をちょこまかちょこまか、うろちょろするのだ。自前のふかふかの毛とたっぷり蓄えた腹肉のおかげで痛くはない。可愛い感触になんだか幸せすら感じてしまいそうである。しかし。


「ね、ねえ、あたし、そろそろ起きても良いかなあ」

 のっぴきならない事情であるトイレに行きたいという欲求が強くなってそう言うと、三人は揃ってぴゃっと跳ねてあっという間にどこかに駆けて行った。

「えぇー、なんでぇ、それはそれで傷つくよお」

 差し迫った事情を解消するために起き上がりながら、ニャントロフはそっと眦を拭った。




 フェレット母さんは妖精たちからその腕を認められ、対価として調理器具をもらうこともある。それは実にフェレット族の特徴的な身体つきに見合う使い勝手が良いものだった。

「このフライパンはね、大きく見えるけれど軽量化の魔法が掛かっているから、店長さんでも扱いやすいよ」

 妖精たちの中には、魔石が使われていないタイプの、魔法がかけられた魔道具を作り出すことを得意とする者がいる。

 そうやって妖精たちが食事代として置いて行く物品に寄って、フェレット母さんの料理スピードは上がった。


 フェレット母さんはトムさんの育てた野菜の中でも、特別な効果をもたらす野菜を使うことを試みていた。

 フェレット母さんの得意料理のひとつに「スタミナたっぷりのチリコンカン」がある。

 この地域でときおり出没する魔獣スタミナカウの肉をワインと塩コショウとで味付けする。フライパンでニンニクを炒め、そこにみじん切りした玉ねぎを投入する。蓋をして加熱する間、ぽこぽこマッシュルームとパプリカをみじん切りする。玉ねぎが入ったフライパンに加え、さらにバターを入れる。もうこれだけで食欲をそそる香りがする。しかし、ここからが本番だ。


 野菜を端に寄せてスタミナカウの肉を入れて炒める。水煮したトマトにひょこひょこうずら豆を入れて煮て、ときおりアクをすくう。その間にスパイスだ。牛肉にひよこ豆、そしてスパイスを加えるのだが、ここで特別な素材を使うことにした。小鍋に粉末状のトウガラシ、クミン、クローブを入れる。本来であれば、コリアンダーとオレガノもそこに加わるのだが、トムさんからもらった【にやけたコリアンダー】と【隠れた苦味のオレガノ】で作ってみた。ちなみに、このオレガノは隠し味程度の苦みである。決してびっくりシリーズのような苦みではない。


 たくさんのスパイスを入れて炒める。スパイスの香りが立ったらフライパンに加える。バターを加え、塩で味を調えてさらにもう少し煮詰める。

 フェレット母さんはくつくつと音をたてる料理を前にごくりと喉を鳴らす。香りはとても良い。妙な色あいでもない。意を決して味見をしてみる。


「はじめはやさしい辛さ、徐々に刺激的な味わいになるわね」

 そして、なんだか身体がぽかぽかしてきて元気が湧いてくる感じがした。


 このメニューは「味の変化が楽しめるスタミナたっぷりのチリコンカン」とした。

 試食したトムさんが「これは体力が回復する効果がついている」と言っていた。


 トムさんは食後にさっぱりした茶が飲みたいといって、【洒脱なレモングラス】というハーブをくれた。こちらも特別製であり、このハーブで淹れたお茶はレモンとショウガを合わせたようなさわやかな香りがする。

「うん、このお茶葉疲労回復や美肌効果もある」

 女性客から好評のメニューとなった。


 こうして、妖精素材を用いた特別な効果がある料理を出す店として、フェレット母さんの料理店は繁盛した。




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