32
捕らえた誘拐犯は人族だった。
「人族だ」
「うん、」
ソウタとユリは思わずワンダフルさんの後ろから首を巡らせて眺める。怖い。でも、気になる。そんなふたりの様子に、自分の左右からそれぞれ顔を出すふたりを見下ろして笑いをかみ殺す。
「ソウタとユリは人族を見るのは初めてか?」
「ううん、でも、何回かだけ」
「仁楊村にはほとんど来ないもの」
さて、気を失った誘拐犯をクッシィが背に乗せるのを嫌がったため、ケッティが魔法で浮かせて運んだ。代わりにではないだろうが、クッシィは誘拐された迷子を背に乗せた。
また根の中を進んで、一番近くの出口から地上に出た。外はすっかり夜だ。
クッシィが遠吠えした。すると、すぐさま、二頭のクー・シーが現れた。クッシィが事情を説明し、誘拐犯を引き渡した。
「身柄は預かる」
「必ずや、国王陛下の元、詮議する」
その傍らで、ケッティが虫にお礼を言って放してやっていた。みなの頭上を大きく弧を描いて旋回し、飛んでいった。
広場はあちこちに明かりが灯され、まだ多くの妖精たちが残っていた。その中で保護者の姿を見つけた少女が、「お父さん!」と声を上げる。こんなに小さい子がお父さんから離れてしまって不安だっただろう。そのままクッシィの背から下りようとするものだから、妖精犬の方が慌てたのはご愛敬だ。広場に集まった者たちから笑いが漏れる。事態は収束したのだという安堵の空気が流れる。
少女を抱きかかえた妖精がこちらにやって来た。
「ありがとうございます。見ず知らずのわたしたちのために」
「こんなに短時間で見つけることができたのはソウタとユリがランプ茸のことを教えてくれたからだ」
クッシィが広場で言ったものだから、迷子の保護者だけでなく、妖精たちが代わる代わるソウタとユリにお礼を言う。
「ううん、みんなで助けたんだよ。ワンダフルさんもケッティもいてくれたから。ぼくたちふたりじゃ、できなかったよ」
「もちろん、クッシィもね。妖精犬ってすごいね」
探索網を狭めてくれたクー・シーたちにも感謝する。彼らがいてくれて、本当に良かった。
ソウタとユリの言葉に、妖精たちは微笑まし気に、あるいは誇らし気になった。
クッシィは広場の妖精たちに誘拐犯のことについては話さなかった。その件に関しては妖精の国の方から詳細を告げるのだろう。
広場ではソウタとユリたちを大勢の妖精が囲んでいたが、入り口付近でどよめきが起こり、そちらからざあと二列に分かれ、垣根ができる。できた道の向こうから悠然と歩み寄って来る者がいた。
「あれは、」
「まさか、」
「女王陛下」
その場にいた者は一斉に腰をかがめ、頭を低くした。ワンダフルさんに促されて、ソウタとユリも同じような格好をする。
「「「「「女王陛下、万歳!」」」」」
「妖精犬たちから迷子の妖精が無事保護されたと聞いた。今、陛下が詳細を詮議しておる」
しっとりと深く、どこか艶を含んだ声がして、ユリは反射的に顔を上げそうになって慌てて戻す。
「みな、直ると良い」
女王さまの言葉によって、妖精たちは姿勢を正した。
女王さまはとてもうつくしかった。黒く豊かに波打つ髪、半月のような弧を描く眉、大きな宝石のような瞳をしている。なにより、全身から発せられる圧倒される雰囲気に、目を奪われる。生気が体中から溢れ、肌も髪も艶やかな美女は、面白いとばかりに赤い唇の両端を吊り上げてソウタたちを眺めている。
「そなたたちの尽力があってのことじゃな?」
ソウタもユリも、圧倒されて声を出そうとして喉がもたつく。軽く喉の奥を鳴らして声を整える。
「さようにございます、陛下。これなる者たちは、農場妖精トムテの病を癒す薬のレシピを求めるため、はるばる参ったのでございます」
「ほう、そもそも、我らが同胞のために労を取ったのか。その上、幼子を探して連れ戻った。ならば、礼を言わねばなるまいの」
クッシィの恭しい言上に、女王さまは豊かな胸に片手を当て、ドレスのスカートをつまんで軽く腰を落とす。
「「「「「っ!!」」」」」
言わせた妖精たちは息を呑んだ。
比類なき貴き存在が、懇篤に礼をしたのだ。
「いや、役に立てて良かった」
驚くべきことは、ワンダフルさんだ。いつもの調子と変わらず、軽くそう返しただけだ。
ソウタとユリは顔を見あわせて、女王に向き直るとおずおずと言った。
「あの、トムさんの薬のレシピを見つけた樹の中の受付の方は妖精のためだからってお金を取らないでくれたんです」
「それに、薬の素材をくれた妖精たちも、後でトムさんが元気になったら農作物で返してくれたら良いって言ってくれました」
さらに言えば、クッシィを初めとする妖精犬たちが大勢探すのを手伝った。
「だから、ぼくたちだけの手柄ではないというか、」
「みんな、助けようとしてくれました」
ソウタとユリはいっしょうけんめいに説明した。威厳たっぷりだから、いつもよりも上手く話すことができない。
いつの間にか、広場にいる妖精たちが温かいまなざしで、うんうんと二度三度頷いている。女王陛下に自分たちだけの功績ではなく、みなで頑張ったのだと懸命に伝える様子に、温かくもほのぼのした気持ちになっていた。
「そうか、そうか。おぬしたちは多くの者たちを味方につける良い性質をしておるのじゃな。そなたらは妖精の友じゃ。これからは自由にこの国へやって来るが良い」
「「ありがとうございます!」」
ソウタもユリも女王さまが認めてくれたような気がして頬を染めて礼を言った。
ふたりは気づいていないが、そこに集まった大方の者は女王が言った言葉の意味を知っていた。妖精たちは同胞が困窮していれば助けようとする。それこそ、ソウタやユリが言ったように。そして、ソウタとユリ、ワンダフルもその範囲に組み込まれたのだ。つまり、彼らが困ったとき、妖精が助けるということだ。それは滅多にないすごいことだ。ワンダフルは驚きと同時に、ソウタとユリといっしょに行動したらこうなるのは当然のことかもしれないと納得する気にもなるのだった。
さて、一行はどうにもトムさんの病状が気になるので、すぐに戻ることにした。
「大丈夫か、ふたりとも」
「「うん!」」
念願のケット・シーの村に入れたこと、妖精の国へやって来たことから、迷子捜しなど様々なことがあって、興奮冷めやらぬふたりだ。まだまだ元気いっぱいで多くのクー・シーや妖精たちに見守られながらケット・シーの作った妖精の環を踏んだ。その直前に、クッシィが「俺も近いうちに、トムテの農場牧場を訪ねる」と言っていた。
妖精の環によって白濁する最中、「クッシィが来るときにはトムさん、元気になっていると良いね」とソウタが漏らした。
ユリがその片前足をきゅっと握る。
「大丈夫だよ。きっと、カントさんが薬を作ってくれる」
「そうだね。カントさん、妖精の丹精した素材を扱えるって喜んでいたくらいだから、うまく作ってくれるよね」
そんなしんみりした心境は長くは続かなかった。
彼らは間違ってトムテの農場牧場に通じる妖精の環を踏まず、ケット・シーの村へ続くものに足を踏み入れていたのだ。
「ソウにゃん、ユリにゃん、ワンにゃん、妖精の友の称号を受けたって?!」
「おめでとうにゃ!」
「すごいにゃね!」
「まあにゃ。我らがケット・シーをびっくりさせるふたりにゃ。当然にゃよ」
「そのふたりの保護者のワンにゃんも順当にゃ!」
「ケッティ、大丈夫かにゃ。みんなについて行けるのかにゃ」
ケット・シーたちがわっとばかりに一行を取り囲む。
「ちょ、ちょっと、なんでもう知っているの?」
「称号ってそんなにすごいものだったの?」
「ワンにゃんってなんだ」
「心配しなくても大丈夫だ」
一行は早々に農場牧場に通じる妖精の環へ向かうのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。
よろしければ、ブクマや☆☆☆☆☆で評価してくださると、嬉しいです。




