#いいねの数だけ好きな映画を言う見た人もやりましょう拒否権はない2
4.
トレマーズ
ケビン・ベーコン主演の低予算モンスター映画。の金字塔。
ホントにね、派手なモンスターも出てこないし派手なセットもないんですよ。砂漠の真ん中にある小さな町に突然現れるグラボイズというのがモンスター。
こいつは地味な色合いで妙にデカくて、複数いる。
たったそれだけ。
でも地面を伝わってくる音には過敏に反応するので、下手なことが出来ない。
ポカーーンと晴れた空、見渡す限りの平原、屋根の上、解放感でいっぱいのはずなのに物凄い閉塞感と絶望感。このミスマッチ。
見ててぞっとするぐらいグラボイズは速くて手ごわい。
ゴジラとは反対に、小さめの化け物と市井の人々による小さな戦争、生き残りをかけた戦いが描かれている。シンプルで、それでいて飽きさせない。
心強い味方も登場する(その後名物キャラになる)し、人類側もやられっぱなしじゃない。一矢報いるシーンは快哉を叫びたくなるくらいスカっとする。
どうやって倒すかは、見てのお楽しみにしておくので見てない人は是非見てほしい。
コレを見ると、ホントにお金かけて派手なことするばかりが魅力じゃないなと思う。だけど、ケビン・ベーコンが出てくれてしっかり映画史に残るくらいの作品になる、それだけのお金は絶対かける必要があるってことも覚えとかなくちゃならない。これを上回る予算で名作は作れても、下回る予算では難しいし、するべきじゃない。この映画を超えようと思ったら予算の少なさじゃなく、アイデアの勝負になる。なんでもそうだけど、これっぽっちしかなくても出来たのなら、もっと減らせる。という考えは害毒以外の何物でもない。トレマーズは偶さか上手くいった。だけど次にやるべきことは予算を増やして出来ることを広げることであって、予算を削ってもっといいモノを作れと命令することではない。
これしか貰えないけどやるしかない、という状況と
これだけやったらそれだけの報酬がある、という状況では
モチベーションに天地の差がある。そういう意味でも教訓となる作品じゃないかな。
5.
マルサの女
伊丹映画はどれも好きだけど、マルサの女は1も2も面白いよね。
マルサのジャック・ニコルソンこと伊集院を演じる大地康雄さんのファンになること請け合いの、あれは税金を題材にした壮大なコントだ。
コント・脱税!
といった感じであの手この手の税金逃れが出てくる。お金のために、税金を払いたくないがために、そこまでやるか!と。知恵を使い、体を張って脱税をする人たち。そんな十人十色の脱税劇を楽しんでいたかと思えば、いつの間にかお金に群がる巨悪が顔をのぞかせて、やがて物語はのっぴきならないところまでいってしまう。どうなっちゃうんだろう。
山崎努さん演じる権藤は確かに悪党だが憎めない人物として描かれている。
当時の現代社会の病める側面を多分に含んだ、どこにでもいる市井の人としての権藤。一人の男としての権藤。そして脱税行為をはたらく悪人の権藤。
キャラクターの魅力というよりも、そういう人格を描き出しているかのようでとても引き付けられるものがある。
だから夕日に照らされた二人を映しながら、あの有名なテーマ曲が鳴り響くエンドロールが寂しくせつない。
この映画は何といっても主人公以外のキャラもみんな魅力的で、桜金造さんとか津川雅彦さんとか、伊東四朗さんも出ていてみんな面白い。この人たちは有名な俳優なのに、その役をやっているときはその人にしか見えないから不思議だ。
私は特に室田日出男さんの演じるラブホテル支配人が、事務員とベッドに印鑑やら通帳を持って入って喚いてるシーンが大好きだ。
でもあれも風俗史としてみると、古いラブホテルも出てきてそれも面白いけど、何より印鑑や預金通帳がモノを言う時代の証明ってことになるんだよな。文化って面白いよな。キャッシュレス社会になって、世の中から現金とか通帳、ハンコがすっかり役割を終えたあとでアレを見たら不思議な気持ちになるんだろうな。ちょうど今なら公衆電話の利用が減って家庭にも置き電話がなくなって、みんな手持ちの端末で事が済むようになったようなもんで。
昭和の日本が残る映画、昭和のラブホテル、バブルのラブホテルが見られるという意味でもこれは非常に価値が高いのではないかな。
6.
AKIRA
説明するのも野暮なくらいいい映画。もちろん好きなんだけど、それ以上にいい映画だと思う。原作と全然違うどころか、まだ原作も終わってないうちにアニメ化&映画化して、あんだけの作品になっちゃう。AKIRAという作品が持ってるポテンシャルとパワーの高さを思い知るような出来栄えなんじゃなかろうか。
個人的にはミヤコが単なる便乗カルトババアになって、アッサリ落ちて死ぬかと思いきやいったん助かりそうになって、結局死ぬっていうのが好き。
AKIRAという存在が最初は神様みたいな概念として存在してて、それが実際に現れて、一気にいろんなものが滅んで消滅する。あのカタルシス。
結局ぜんぶ失くすためにあの壮大な物語がある。
溶けたり膨れ上がったり切り裂かれたりぶっ潰されたり、容赦なく降りかかる死の描写も凄まじい。
こじらせた劣等感が最後はあんな風になる、と思うと、自我の抑制が利かなくなったり自分が自分じゃなくなったりするときってあんなふうになるのかもなーと。
実際のTOKYO2020は、あれより遥かにマシでよかったね。




