中華街タピオカ作戦’91
西暦の下二桁だけ見ると三沢光晴さんの投げ技みてえだな。と思う。
91っていちばん危ないやつじゃん。
全日プロレスが今日も好き。
誰がタイガードライバー’91を理解ってくれてるかはサテオキ。
タピオカである。
今更だけどまあ、こんな世の中にビッチリ定着するとも思わなかったね。
それもあの粒のデカい黒いほうが。
私がガキの頃、横浜の中華街で食べたタピオカは白くて小さな粒々だった。
白くてトロっとしたココナツミルクに入ってて、コイツがひっくり返るぐらい美味かった。横浜には母ミワコの親友ケイコちゃんが住んでいて。
背が高くて顔はキリっとしてて横文字の仕事しててパンツスーツで颯爽としていて
「カズヤ!中華街、いこ!」
とか、いつも元気に連れ出してくれていた。
舶来館とかランドマークタワーにも連れてってくれたし、伊勢崎町や長者町も行った。
冷たい石の上で食べるアイスとか、キャラメルマキアートとか、豊橋じゃ見たことも聞いたこともないものを沢山飲み食いさせてくれたし、見せてくれた。
当時まだ桜木町の駅前も古くて、みなとみらいも出来てたかどうか。
数年後のゴジラVSモスラで木っ端みじんにされていたから、もうそろそろ完成する頃だったかもしれない。
でタピオカだよ。
元読売巨人軍のピッチャーで、とんねるずのテレビによく出てた人?
そりゃサダオカだ。
というわけで、中華街の路地を幾つか曲がって辿り着いた名前も場所もわからない小さなお店で食べさせてもらったタピオカの美味かったこと。
例によってケイコちゃんが「カズヤ!トーショーメンたべよ!」と聞いたこともない食い物をご馳走してくれて、それが後で刀削麺というものだと知って。
お店の人がデッカイ生地のかたまりを肩に担いで包丁でリズミカルに切ってお湯の中にポチャンポチャンと放り込んで茹でてゆくのが面白かった。
最近、刀削麺のお店が近所に出来ると言うので見たら機械で切っていた。
そうじゃ、ねえんだよなあ…と思った。
それと同じことがタピオカにもあった。
あのとき、あのお店で食べた白いタピオカが忘れられず、やがて豊橋の田舎にもタピオカが並ぶようになった。前田南のジャスコ(一部の豊橋市民にしか分からないお店だし、今はバローになってるし)の食品コーナーの牛乳とかプリンとかある冷蔵の棚に見つけたときは嬉しかった。
しょっちゅう買ってたらちょっと陳列が増えて。
そのうちにずっとあるようになって、いつの間にか消えてしまった。
それから長いことタピオカというものを食べなかった。サダオカさんは相変わらずよくテレビで見ていた。
十数年後に再会したタピオカは真っ黒で、汁はミルクティーだった。
???
だった。よく引用とかリプライで「?」だけ送って来るバカ居るけど、あの時の私は同じようなバカみてえな顔してたと思う。
タピオカ、なんだよな、これは。
黒い粒はデカくて、噛むとジャクっとして、なんか違った。
あれからタピオカというと黒い粒入りのミルクティーになってしまった。
そうじゃ、ねえんだけどなあ。
と思いつつ、まあ好き好きだしなあ、と。
定岡正二さんは元気かな。




