39話:ヴィーラ・グランディの真実
前半ちょっとコミカル。
後半シリアス。
「ん~と、この曲がり角を右か……」
竜矢はメリアに書いてもらった地図を見ながら、スーニアと共に道を進む。
結局ギルドで待つことはせず、直接バートの家へと向かうことにしたのだ。
バートは一人暮らしらしく、病気で倒れてたりでもしたら大変だという事で安否確認の意味もあったりする。
当然のことだが、周囲からは好奇と畏怖と憧れを秘めた幾つもの視線が二人に絡み付いている。
全身黒ずくめの男に、神の生まれ変わりのような美少女が並んで歩いているだけで目立つのに、それが噂の黒帝と魔神姫なのだから人々の目を引かぬ訳がない。
もっとも、今までの冒険者稼業の中でも同じ事が何度かあったので二人とも特に気にしてはいない。
そんな訳で、街の中をのんびり散策気味に歩いている。
「……む? リュウ、ちょっと止まれ」
「どした?」
不意に、スーニアが立ち止まった。目を瞑って周囲の匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしている。
と、道の先を睨むように目を細めた。
「……微かにじゃが……。そこの店の中からあの邪教の教主と、一緒にいた尼僧の一人の匂いがするぞ」
「なに!?」
スーニアの視線の先は、可愛いらしい内装で女性客が多く入っている喫茶店だ。
賑わっているように見えるが、店の中にいる客や店員までもが立ち上がったままふらついている。まるで夢遊病患者のようだ。
「様子が変だな……? これは……精神操作系の邪神魔術か」
竜矢は店内に残った魔力の残滓から、使われたであろう魔術を推定する。
「術を掛けた奴は、もうこの場には居ないみたいだな。……『清らかなれ、神聖なりし天宮の風』」
竜矢は穢れた場所を浄化する神聖魔術を使った。光の粒子を含んだ柔らかなそよ風が店を丸ごと包み込み、魔術の効果を消去する。
途端に、客たちは意識を取り戻して不思議そうに周りをキョロキョロ見渡している。
竜矢はまだちょっと呆けている店員に事情を聞いた。
「あー、店員さんすいません。何があったか覚えてます?」
「え? あ、いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」
「あ、今日のお勧めセットを」
「……何をしておる」
「……すまん、つい言ってみたくなった。ええとですね……」
プチ漫才を広げつつ、話を聞いてみる。
しかし、気が付いたらこの状況になっていたという。要するに何も覚えていないようだ。
「手掛かりは無しか。まあ安心せい、わしが魔力を嗅いで追跡してやる」
「そうだな、頼むスー……」
「あれ? あの赤い髪の眼鏡のお客さんが居ない……」
「……なんですと?」
気になる台詞を店員が言った。
まさかと思い、竜矢はシェリカの背の高さを手で示す。
「店員さん、その人の身長はこの位で、髪はロングで赤い石の嵌まった髪飾りしてたりしました?」
「え、ええ、その位ですね。髪も背中までありましたし、髪飾りもしてました」
竜矢とスーニアが顔を見合わせる。
この世界の眼鏡は魔術を使用して作られている為、高級品である。それを身に着けているだけで、貴族だと思われてしまうような代物だ。
当然、所有者も一国の王都と言えどその数は極端に少なく、目立つ存在となる。
「……ちぃっとばかし、嫌な予感がするな」
「わしもじゃ、急いだ方が良さそうじゃな」
スーニアを先頭に、竜矢は店を飛び出して行った。
後に残された店員がポツリと呟く。
「……食い逃げされちゃったのかしら……」
パルフスト王都は平和であった。
今のところは。
「ん……。あれ、私……」
「ウォーレンさん、気が付きましたか」
「え?」
シェリカが目覚めると、そこは広い場所だった。
大量の光魔石が照らすその場所は床一面に魔術式が描かれており、その中心に様々な色に怪しく光る水晶のような物が置いてある。
シェリカには分からない事だったが、その光は最初の頃よりも大分強く輝くようになっている。
そして、彼女の側にはギルド支部長、バート・グランディの姿があった。
「し、支部長さん? ここは……」
「私の家の地下室です。……申し訳ない、あなたを巻き込んでしまいました……」
うな垂れるバート。
シェリカは体を動かそうとしたが、身動きが出来ない。両手を後ろで縛られていて、足も同様だ。
見れば、バートも同様に縛られている。
「バート兄さんが悪いわけじゃ有りませんよ」
部屋の反対側にあるドアから、先ほどシェリカを襲った二人と、やはり見覚えのある女、そして老いた魔術師が入ってくる。
ここで漸く、彼らのことを思い出した。
「貴方たちは……、まさか、ミルファルナ様を生贄にしようとした邪教徒!?」
「やっと思い出しましたか。まあ幻影魔術で顔を少し変えていましたから無理もありませんがね」
彼らが顔を一撫ですると、その顔が変化した。それは紛れもなくあの邪教徒たちだった。
「ふぉっふぉっ、驚いとるのう。この男には監視のロストパーツを仕込んでおったのよ。ほれ」
老魔術師が何かを招くように、指をクイ、と曲げた。
すると、バートの首筋から小さな羽虫のような物が飛び出し、彼の指輪の一つに吸い込まれていった。
あれが監視能力を持ったロストパーツだったのだろう、バートが苦々しげに老人を睨みつけている。
「最初から、私を監視していたのか……」
「お主がわしらを信用していなかったのと同じに、の。ところで……傭兵の小娘」
「誰が小娘よ!」
「これを何処で手に入れたのかの?」
老魔術師が懐から何かを取り出す。
その手には、シェリカの眼鏡と髪飾りが握られていた。
「あっ! それ私のですよ! ドロボー!」
「何を言うとる、泥棒と言うならこの眼鏡は元々わしの物じゃ」
「え?」
「質問に答えんかい。この魔道具に使われている魔術式には、わしらの理解できぬ文字が使われておる。……小娘、お主、妖精と神獣のことを知っておるな?」
「な……何の事でしょう? 妖精と神獣? それは噂でしょう? なーに言っちゃってるんですかお爺さん、耄碌しちゃいました?」
しらを切ろうとするシェリカだが、明後日の方向を見たりモゾモゾしたりと挙動不審もいい所である。
これで誤魔化せる訳がない。
「ふぉふぉ、いい度胸しとるのう。という事は、あの二人はこの国に……城に居るのか。むしろ好都合じゃの」
「う……」
楽しそうに笑う老魔術師。
苦虫を噛み潰したような顔をするしかないシェリカだった。
そんな老魔術師を睨み、バートが声を荒げた。
「協力すれば、ヴィーラを私に返すと言うのも嘘か!」
「それは嘘ではないぞ? ヴィーラの意思次第じゃがな」
「……兄さん、悪いけど、私は兄さんの所へ行くつもりはないわ。だって、私の居場所はこの御方の……大教祖様の側だもの」
ヴィーラが老魔術師の頬に、愛おしげに口付けをした。
恋をしている乙女のようにその瞳は潤み、頬は上気して赤く染まっている。
「ヴィーラ! お前はいい様に利用されているだけだ!」
「そうかも知れない。けれど、それでも構わないわ」
「何だと……!」
ヴィーラが視線をバートに向ける。
先程とは打って変わり、感情を感じさせない冷徹な瞳だ。
「私、知っているのよ兄さん。父さん母さんが、私を捨てて兄さんだけ連れてセルオノの街を出ようとしてた事」
「な……んだと……? 馬鹿な、そんな事を二人が……」
「バート兄さんは知らなかったでしょうね。夜中、偶然二人が話しているのを聞いたのよ。だから私は……両親を捨てた」
「捨てた……? どういう、意味だ……」
「そのままよ。こっそり家を抜け出して、大教祖様にお願いして、両親を疫病に罹らせてもらったの。ふふ、二人とも苦しんで死んでいった、胸がスッとしたわ」
「…………な…………」
バートの顔が驚愕に歪む。
両親が疫病に罹って死んだのは、ヴィーラが罹る前だった。
その時には既に、ヴィーラと老魔術師との間に面識があったという事だ。
両親を、殺すために。
「ヴィーラ……お前、なんて事を……!」
「バート兄さんは私を助けようとしてくれた、だから助けたの。大教祖様に私を捧げることで、疫病を親に罹らせて、兄さんには罹らないようにしてもらったのよ」
バートは全てを理解した。
疫病に罹らぬよう、細心の注意を払っていた両親が真っ先に倒れた理由。
家族の中で自分だけが疫病に罹らなかった理由。
妹が自分を捨てて老魔術師と共に消えた理由。
何より、セルオノの街に疫病が蔓延した理由を。
「やはりそうか……! 疫病を街に広めたのも貴様だったのだな!?」
「ふぉっふぉっ、ご名答じゃ。あの時は稼がせてもらったわい」
バートの瞳が老魔術師を射抜いた。
苦しんで死んだ両親、知り合いや幼い友人たち。彼らを想い、悔しさに知らず涙が零れていく。
その顔を、この上もなく楽しそうに老魔術師たちは見つめている。
彼らを見ていたシェリカは、妙に冷めた声で言った。
「……ヴィーラっていったわね、あなた。……最低に可愛そうな人ね」
「何ですって……?」
ヴィーラの氷のような瞳がシェリカを射抜く。
だが、シェリカは怯むそぶりすら見せない。それどころか、負けじとその視線を撥ね返すように彼女を見据える。
その瞳の奥には、静かに怒りという炎が燃えていた。
「可哀そうって言ったのよ。聞いてれば何? 病気で弱い自分じゃなくて、元気なお兄さんのバートさんを両親が選んだ? ええ、ええ、そりゃ悔しいでしょうよ、悲しいでしょうよ。それで、ああ、私って可哀そうだわーとか自分に浸ってる訳?」
「……何が言いたいの」
「あなたの両親が、それをどんな思いで選んだと思ってるのよ!! 私はあなたの親を知らない、だからその本心は分からない。だけど! 私は親ってものを、父と母を信じたい! 自分たちの命を捨てて、私を助けてくれた家族ってものを信じたい! 私はね、あなたと同じ、疫病を生き延びたセルオノの街の出身よ!」
「……そうだったわね。けれど、あなたは親に助けて貰ったのでしょう? 私の気持ちは分からないわ、捨てられた私の……」
「分かるわよ!!」
シェリカが叫んだ。
その瞳には、いつしか涙が溢れ、流れ落ちていた。
「私だって……、私だってね……! 一度は親に捨てられたんだから!」
「っ……!?」
「私には姉がいた……病気がちで、成人まで生きられないだろうっていう、病弱な姉さんがいた。両親は赤ん坊だった私を捨てて、その姉さんを選んだのよ!」
シェリカ・ウォーレンには姉がいた。
妹のために自ら命を絶った、姉が。
次回はシェリカの過去話の予定。