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37話:黒帝と魔神姫のお仕置き

「その場に居る全員が動くことが出来なかった。何故なら、弁慶は主である義経を打ち据えながら……泣いていたからだ」


「くぅぅっ! 分かる! 分かりますぞベンケイ殿の苦しみがっ!」

「主を守るためとはいえ、その主を自らの手で傷つけなければならない……正に地獄の苦しみ!」


「弁慶の涙に心打たれた関所の者たちは、彼らの正体を悟りつつも、関所を通してやった。それに感謝し、弁慶は一指し舞いながら関所を通っていくんだ。その後、弁慶は義経を傷つけた事を地に伏して謝罪したが、義経は『お前は私を助けたのだ、何を謝る必要があるというのだ』と弁慶に感謝をし、旅を続けるんだ」


「おお……この忠臣にしてこの主あり!」

「何という見事な主従!」

「ボアズ殿、我らも見習わなくてはなりませんな!」

「まったく同感ですダルス殿!」


 シェリカがバートからの手紙を渡すべく城へとやってくると、いつもの客間には居なかった。

 広間の一つに案内されて入って見れば、パルフストとキドニアの近衛騎士団の面々が、ボロボロと涙を流しながら壇上の竜矢の話を聞いているではないか。

 いい歳をした男たちが涙と鼻水で顔をクシャクシャにしている光景は、色々と『来る』ものがある。


「何の騒ぎですか……? これ」

「遅かったの、シェリカ。キドニアの近衛騎士団が訪問して来ての、お前が来るまでの暇潰しで、リュウヤが自分の世界の事を色々話しておったらこうなった」


 騎士団の後ろの方で聞いていたスーニアが答えた。

 スーニアも話を聞いて感動してはいたのだが、騎士団の感動っぷりに逆に冷静になってしまっていた。


 竜矢が話しているのは、有名な源義経と弁慶たちの平泉への逃避行を描いた歌舞伎、『勧進帳』だ。たまたまネットであらすじを読んだ事があるだけでうろ覚えもいい所だが、アドリブと少々の演出を加えて語っている。

 若き主と忠臣の悲しい物語は、騎士という立場の彼らの心の琴線に触れまくりであった。

 いつ戦争が起きてもおかしくない戦乱の時代。一つ間違えれば、彼らも義経と弁慶たちと同様の逃避行をする事になるやもしれないのだから。


 なお、パルフスト近衛騎士団は謀反事件の際に竜矢の正体を見ていたが、キドニア近衛騎士団で竜矢の正体を知っていたのはボアズだけである。

 竜矢がいい加減面倒臭くなったのと、近衛騎士団なら大丈夫だろうと判断してこの機会にぶっちゃける事にしたのだった。

 この辺のアバウトさは、竜矢の現代高校生らしさと言えるかもしれない。


 もっとも、『正体を外に漏らせばどうなるか、分かっているであろうな?』とスーニアがしっかりと釘を刺し、一同顔面蒼白でカクカク頷いていたので余計な心配はいらないであろうが。


「……次回、『平泉、炎の中に』。義経一行の旅の終着点、そこで待つものは……こう御期待!」

「こ、ここで切りますか!」

「ぐぅぅ、続きが気になって気になって……」

「まぁまぁ。ちょうどシェリカさんも来た事だし、皆でお茶にしましょうや」


 全員の目が一斉にシェリカに向く。涙と鼻水まみれで。

 思わず壁際まで後ずさる彼女だった。




 騎士団は軽く一服した後、興奮冷めやらぬ様子で『ダルス殿、一つ共同訓練などどうでしょう?』『それは良いですな!』と全員訓練場へと向かって行った。

 よほど勧進帳に刺激されたようで、忠臣たらんとする心意気がみなぎっていた。


 なお、共同訓練は近衛だけでは収まらず、パルフスト騎士団から一般の兵士達にまで及んだ。ダルス達にしごかれた彼らは、数日ベッドの上で筋肉痛に悩まされる事になるのは別のことである。


「そうそう、リュウヤさん達に手紙を預かってきました。ギルドの支部長さんからです」

「ギルドの支部長? あの切れ者とかって言ってた?」

「ええ、黒帝さんと魔神姫さん宛てですけどね。何か、仕事を依頼したいみたいでしたよ?」


 テーブルに置かれた手紙を、竜矢はオーラで腕だけを作って取ると封を切った。

 中の手紙をスーニアと二人で読み始める。


「……何じゃ、頼みたい仕事があるから、一度ギルドに来てくれとしか書いておらんではないか」

「……それだけですか?」

「うん、それだけだねー。どうだスーニア、久しぶりに出歩くか?」

「良いのう! さすがに城でジッとしてるのも飽きてきた所じゃ。姫たちよ、よかろう?」


「無論だ。前にも言ったが、私たちはあなた達を拘束するつもりなど無い。国内の情勢も大分落ち着いてきた事だしな。父上は少々渋るかもしれんが、なに、私が上手く言っておこう」

「私もラディナ様と同じ考えです。お父様には私から伝えておきますわ」


 二人の姫が頷いた。

 明日、ギルドへと向かうことにした二人だった。






 翌日の午前中、ギルドの中ではちょっとした騒動が持ち上がっていた。

 ギルドの玄関ホールで、上も下も黒の服で固めた上、顔を黒い包帯で完全に隠した黒ずくめの男が居たからだ。


「お、おい、あいつもしかして、破撃の黒帝じゃねーのか!?」

「マジかよ! 一ヶ月で二つ名手に入れたっていう……!」

「この国に来てるって噂は本当だったのか……」


 周囲からの声と視線を浴び、男は得意気に胸を反らす。

 その視線の先では、受付の中でメリアが少し怯えたように身を縮こまらせていた。


「なぁ、いいだろう? 仕事が終わったらちょっと飲みに付き合ってくれってだけ何だからよ」

「こ、困ります……」


 どうやら朝からナンパに勤しんでいる様で、ターゲットはメリアである。

 メリアは断り続けているのだが、男は一向に引き下がらない。それどころか、だんだん語気が荒くなる始末だ。


「いいじゃねーかよ! この俺がデートに誘ってんだぜ、何の不満があるってんだよ!」

「申し訳ないが、その辺にして頂けませんか」

「あん?」

「ミュード!」


 メリアの背後から現れたのはギルドの警備員的な存在、ギルドガーディアンだ。

 時には乱闘騒ぎを起こすような屈強な連中を相手にするだけあり、並みの傭兵では歯が立たないような猛者が揃っている。


 ちなみに、メリアがミュードと呼んだ彼は彼女の恋人でもある。

 公私混同を恐れて暫く静観していたが、男のしつこいナンパに我慢が出来なくなったようだ。

 しかし、男の態度は変わらない。むしろ邪魔をされた事で不機嫌になったようだ。


「ああ……? テメェ、俺が誰だか分かって言ってんのか?」

「リュウ・サカザインさんとお見受けするが……」

「おおよ、知ってんじゃねーか。だったら俺の二つ名の事も知ってんよなぁ? この破撃の黒帝様をよぉ!」

「……っ……」


 ミュードの顔に緊張が走る。

 この二つ名は、今や傭兵や冒険者たちの尊敬と畏怖を集めつつある。大陸中に広まるのも時間の問題と思われている程だ。

 ギルドガーディアンにとってもそれは同じだ。黒帝が相手では、到底自分のかなう相手ではない。

 破撃の黒帝と自らを呼んだ男が、包帯の下で笑うのが分かった。


「おいおい……あれが黒帝かよ? ただのチンピラじゃねーか……」

「いや、黒帝なら魔神姫とコンビ組んでなかったか?」


 野次馬の声が聞こえたのか、その方向に向かって男が声を放つ。


「ああ、魔神姫の事かぁ? アイツならコンビ解消したよ。ちったあ役に立ったけどよ、俺はガキに興味ねーんだ。やっぱ女は出るとこ出てねーとな! そう思うだろ?」


「ほぉう……つまり、わしでは女とは見られんという事か」


 下卑た笑い声を上げる男の下方から、地の底から響くような少女の声が聞こえた。


「あん? ……え」


 黒を基調とした服に、フリルやレースが随所にあしらわれた、いわゆる『ゴシック・ロリータ』な格好をしている少女がいつの間にかそこにいた。


 パニエで膨らませた丈の短い黒のスカートや、髪を飾る黒い鳥の羽に白いリボンを組み合わせた髪飾りが、その容姿の美しさと相まって神々しくも退廃的な雰囲気を醸し出している。

 その顔は笑っているが、怒りのあまりに溢れ出している魔力が男を金縛りにする。


「え……あの、あれ? もしかして……」

「我が主の姿を真似、あまつさえ品性下劣な行いで貶めようとは……。これはお仕置きせねばならんのう」


 少女が軽く床を蹴る。

 すると、無重力で浮かぶ宇宙飛行士のように少女の体が宙に浮かんだ。

 男の目の前に、少女の顔が近づいて妖しげに笑った。淫靡ささえ感じさせるそれに、男は視線を逸らすことが出来ない。

 優しく、少女の右手が男の包帯で覆われた顔を撫ぜる。

 そして急に男の喉笛を鷲掴みにすると、片手で軽々と持ち上げてしまった。


「お主、命の予備は持っているのであろうな……?」


 少女とは思えぬ力で首を掴まれ、男は外そうともがくがビクともしない。

 涙混じりの目を開けて少女を見た時、男は声に出ない悲鳴を上げた。

 金と銀に淡く輝く、怒りに燃える獣の瞳が自分を睨み付けていたからだ。


「これはお主に貶されたわしの分」

「へべべべべっ!?」


 男の全身に、電撃が走った。

 死なない程度に弱いものの、全身が痙攣して激痛が走る。

 それが止まって安心したのも束の間。


「そして、これは我が主の分じゃ!」

「ほべがげががぎごはぎゃーーーっ!」


 今度は全身に純粋な痛みが襲った。

 まるで、獰猛な獣に寄ってたかって噛み付かれているようだ。

 だが、体には傷一つ付いていない。痛覚神経を直接切り刻まれているような、筆舌につくし難い強烈な痛みだ。


「スーニア、次は俺だ、こっちに寄越せ」


 ギルドの入り口に立った人物が少女に声を掛けた。

 その姿は、全身に黒の服装を纏い、顔にも黒い包帯を巻いて素顔を隠している。


「は、破撃の黒帝!?」

「こっちが本物かよ!?」

「じゃあ、あのお嬢ちゃんが……金色の魔神姫か!」


 野次馬たちの視線が、本物の黒帝と魔神姫に注がれた。


「ふむ、まだ痛めつけ足りないが……それ」


 魔神姫が男を掴む手を軽く振った。男の体がおもちゃの人形の様に回転しながら宙を舞う。

 野次馬たちの視線が追う中、男の体を黒帝が片手で無造作に掴まえて宙ぶらりんにする。


「まったく、久し振りにギルドに来てみりゃ、まさか偽者に出くわすとはなぁ」

「ちょ、ま、待っへくれ、いひゃ、待っへくらはい、ゆ、許ひてくらひゃ……」


 息も絶え絶えに男が懇願してきた。

 黒帝は男の体を持ったままギルドの外に出ると、少し離れたところにある、広場の噴水の方を向いた。

 道行く人々が何事かと目を向ける。


「だが許さん。俺の事はともかく、スーニアの事をグチャグチャ抜かしたのが運の尽きだ」


 黒帝が男の体を天高く放り投げる。

 涙が尾を引いて宙を舞い、太陽の光を反射して煌いた。


「ひょえぇぇぇぇぇぇ~~~っ!!」

「奥義・黒斗閃掌覇こくとせんしょうは!」


 黒帝の正面に落下してきた男の腹に、その拳が突き刺さる。

 瞬間、拳の前面に小さな赤い魔術式が現れて光り輝く。

 赤い光の奔流が魔術式から放たれて男を押し包み、その体を勢い良く弾き飛ばした。


「ぼへーーーーっ!」

「どれ、おまけじゃ」


 外に出てそれを眺めていた魔神姫が軽く手を振るう。

 男の服が金色の小さな無数の刃に切り刻まれ、すべて千切れ飛んだ。

 もちろん、下着もである。


 全裸の男が爽やかな青空の下、泣きながら空を飛んで行く。

 太陽光が逆光となり、危ない部分が見えにくくなっていたのが不幸中の幸いであろう。


 若い女性の通行人が悲鳴を上げて手で赤くなった顔を覆う。

 もっとも、指の隙間からしっかり見ていたりするのだが。

 空飛ぶ変態と化した男は噴水へと突っ込み、気絶して水面に浮かび上がった。


「あ、すいませーん、ギルドガーディアンの方ー」


 黒帝がギルドの中へと声を掛ける。

 メリアと一緒に呆然としていたミュードが我に返って駆け寄った。


「はっはい! 何でしょう!」

「あの偽者の処分、任せても良いかな?」

「はい! ギルド登録者の身分詐称は立派な犯罪です。当分の間、あの男は牢に放り込まれる事になるでしょう。ご協力、感謝します!」


 ミュードと数人のガーディアンが噴水へと向かって行く。

 それを見届けると、黒帝こと竜矢と、魔神姫ことスーニアは改めてギルドの中へと入って行った。




 余談だが、偽者は街の子供たちに色んな所に落書きされたり、棒で突っつかれたり突っ込まれたりしていた。ミュードたちはほんの少しだけ、偽者に同情したとかしないとか。



黒斗閃掌覇は、某拳の王の剛掌波みたいなもんとイメージしてくださいw


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