愛の言葉
本編その後の二人です。読んでいただいた方々へのお礼のつもりです。
婚約者の華奢な体を抱きしめて、カルロ・ロッシはうっとりとため息をついた。
「あ~~~~~休暇はいいな……ずっとディアを抱きしめていられる」
「休暇ってそういうことじゃないと思う……」
ご満悦の彼に対して、腕の中の愛しい人…クローディアは少し迷惑そうに眉を寄せていた。
時はウェーデル国のオフシーズン。
社交シーズンが終わると、多くの貴族はそれぞれの領地に帰る。
男性陣が全員王城勤めのグリューデル伯爵家は、奥方であるアデルと令嬢であるクローディアはすぐに領地に帰り、男性陣はそれぞれ休暇をとってバラバラに領地に帰ってくることが近年だった。
今年は長兄であるアランの妻・イリーナもいるのだが、彼女は次期伯爵夫人として王都の屋敷に残り使用人達の采配をこなしてから、夫と共に領地にもどってくる運びとなっている。
先の一件で、王太子の間諜として休みなしに働き事件解決に尽力したカルロは主である王太子自身に普段よりも長い休暇を賜っていた。
今までもオフシーズンの休暇時には半分はローヴェレ伯爵領で領主としての仕事をこなし、もう半分はグリューデル伯爵領に来てクローディアと過ごしていた彼は、今年はもっと長く彼女と過ごせることを喜んでいた。
「今年はラダーにも来ないか?」
「カルロの領地?」
ローヴェレ伯爵領は、王都から馬車で半日程の距離にあるラダーという中規模地方都市を主要地として豊かな丘陵地含む一帯を任されている。牧羊が盛んで、ラダー織と呼ばれる美しい織物は王都でも人気だ。
「そう。そろそろ結婚式のドレスを用意してもいい頃だろうし、ラダー織の工房で一着注文してもいいかな、と」
「素敵!工房を見学させてもらえるかしら?」
腕の中で身じろいだクローディアが、嬉しそうにカルロを見上げる。
「予め頼んでおけば可能だと思うけど、ディア、そんなにラダー織に興味あるのか?」
ドレスのデザインではなく、織物自身の方に興味のあるらしい婚約者に彼は首を傾げる。
「この前新聞で読んだの、織物工房では女性が大勢働いているのでしょう?職業女性の働く姿を見学させてもらいたかったのだけど、理由もなく行くとお邪魔かと思って……」
王都でもお針子は圧倒的に女性が多いが、やはりオーナーは男性であることが多い。
ラダー織は元々ラダーの先住民達に伝わっていた伝統手法を元にしていて、工房主はそのまま女性であることが多かった。
最近女性の社会進出について大いに興味のあるらしいクローディアは、女性だけの職場が気になるらしい。
「本当に政治家は言い過ぎだとしても、その内実業家ぐらいにはなっちゃいそうだな」
クローディアの白い首筋に懐きながらカルロが溜息をつくと、彼女はダメ?と瞳を覗き込んでくる。
可能な限りクローディアの望みを叶えてあげたい彼には効果絶大だ。
「いいよ。あと観光用だけど織物体験の出来るところもあるから、そこも予約しておこう、織ってみたいだろ?」
「うん!ありがとう、カルロ!」
輝くような笑顔を浮かべる彼女に、カルロも微笑む。
「ディア、お礼は言葉よりも行動がいいな」
「行動?……頭を下げるとかすればいい……?」
「キスがいい」
頓珍漢なこと言うクローディアに笑って、カルロは彼女の唇に触れる。
ふに、とやわらかく形を変えたそこが、わなないた。
「……め、目を閉じてくれる……?」
「ん」
素直にカルロが目を閉じると、少しひんやりとした掌が彼の頬に触れる。それからおずおずと近づく気配がして、ちょん、と唇に柔らかいものが当たりすぐに離れていく。
それを許さず、カルロはクローディアの肩を引き寄せると口づけを深いものに変えた。唇同士をすり合わせると、彼女の唇が綻ぶ。そこを見逃さずにカルロは舌を彼女の口内に侵入させた。
にゅる、と入り込んできた他人の舌に驚いたクローディアが、咄嗟に彼のそれを噛んでしまう。
素早く逃れたので大事には至らなかったが、甘噛み程度に舌を噛まれたカルロの表情は少しシリアスだった。
「ごめんなさい、驚いて……大丈夫?」
クローディアは顔を顰めるカルロの頬を撫でて、様子を窺う。
「大丈夫だよ、ビックリさせてしまって悪かった。怖かったか?」
「……怖くはなかったけど……初めての感じだったから、本当に驚いただけよ」
ちゅっ、とカルロの唇が優しく頬や耳元に触れては離れていく。クローディアはその慣れた感触に徐々に体から強張りと解いていき、くったりと彼に身を委ねた。
「……時々ディアのこと、どうしようもなく憎たらしく感じるなぁ」
びく、と彼女は震え、カルロを見上げた。
「……き、嫌いになる……?」
「ならないよ。例えディアが俺を殺す時が来ても、ずっと愛してるよ」
「……怖いこと言わないで。そんな時は来ないから」
クローディアの方も、彼の言うことは時々理解出来ず憎たらしく思う時がある。
これは、想いの深さや大きさによるものなのだろうか、と仮定すると、それではまだまだ彼への恋慕は追いつけていないのだと焦る。
クローディアは、カルロのことを確かに大切に思い、他の男性に対して感じる気持ちとは明確に違う、とは確信しているが、ではそれが恋なのかと言われると強く肯定することが出来ない。
それでもいい、とカルロは言うが、大切に思うからこそ彼に同じ気持ちを返してあげたかった。
「……恋って難しいわ」
「大丈夫、時間はたくさんあるから。勿論、相手は俺以外は認めないけど」
「ちょっぴり重いわカルロ」
「嫌いになる?」
ふ、とカルロが笑うので、クローディアも笑った。
「ならないわ。……そうね、あなたが私を裏切る時が来ても、嫌いになんてなれないわ」
彼の言いたかったことが少しだけ分かって、嬉しくなったクローディアは微笑んだ。
「でもあなたは私を裏切らないし、私はあなたを殺したりしないわ」
「……うん、君は相変わらず最高だ、ディア」




