第3話
太郎は5歳になった。太郎の父親は休日息子を連れて公園へ出かけた。息子とキャッチボールをしたい。
父親はゴムボールを太郎に渡し、自分に向かって投げて見ろと促した。太郎は言われた通り投げた。ボールは父親に向かってまっすぐとんだ。
ただ手に掴んだものを自分勝手に放り出すのではない狙って投げられたと分かる球。上手い。俺の息子は天才かもしれない。父親は上手いぞと笑ってまた太郎にボールを投げさせた。
しかし・・・と父親は思った。どこであんな投げ方を覚えたんだ?幼稚園でキャッチボールをしていたとは聞いていない。母親ともしていないはず。
であれば自分の息子はいきなりの挑戦の、その第一投からコントロールの効いた球を投げたということになる。
一時は目がよく見えていないんじゃないかと不安だったが、最近は転んだり壁にぶつかったりも少なくなった。目はちゃんと見えている。何も問題ない。
問題ないどころか息子は天才かもしれない。いや天才だ。これが親バカってやつかな?父親は喜びを爆発させて笑った。
「上手いぞ太郎!よし。今度はお父さんが投げるからな?」
父親は山なりのゆるいボールを投げた。太郎はボールを目で追い、手を前に突き出してボールを掴もうとする。しかし球は太郎の脇を通り抜け、うしろに転がっていった。キョロキョロとボールの行方を探す太郎。
「ハハハ。うしろだよ太郎。うしろ」
父親がボールの転がった先を教えるが、太郎にはその声がよく聞こえなかったらしい。太郎は顔の前で手をパタパタさせて虫でも追い払うようなしぐさをしている。
「虫か?」
「ううん。なんでもない」
父親は喜びを一瞬で失った。顔の前で手を振るのは太郎がよくする動作だ。変な癖がつくのはよくないとやめるように何度も注意したが、太郎はよくこの動作をする。
父親の心に薄っすらと不安の影が落ちた。太郎のこの癖はどういう訳だろう。何度聞いても息子は何も答えない。
母親も随分心配している。太郎と一緒にいる時間が長い分、自分よりも余計に不安を抱えているようだ。
「太郎。うしろだ。うしろ」
「うん。あっ、あった」
太郎はボールを見つけて嬉しそうに拾った。少し大人し過ぎるきらいはあるものの、素直で聞き分けのいい子。
父親は太郎とキャッチボールをしながら、今度別の病院でも見てもらうかと真剣に考え始めた。