194話 これであたしもメイド長!
「そ、ソロン先輩へのご奉仕!?」
アルテはびっくりした表情で、俺とクラリスを見比べた。
その頬は真っ赤になっていた。誤解されている気がする。
一方、クラリスは楽しそうだった。
「はい。アルテさんのメイドへの道の第一歩です。だって、ソロン様が、アルテさんのご主人さまなんですから」
「ご奉仕ってどんなことを……しているの? ううん、しているんですか?」
アルテがおずおずと尋ねる。
クラリスはきらりと目を輝かせた。
「そうですね。おはようのキスとか、お帰りなさいのハグとかでしょうか。あとはお風呂で体を洗ってさしあげたりとか! もちろんバスタオル一枚の姿で!」
「えっ……ええっ!」
アルテがうろたえ、そして俺を非難するような目で見た。
俺は肩をすくめて、クラリスに言う。
「どれも一度もしてもらったことないと思うし、させたことも無いと思うんだけど……」
「そうでしたっけ?」
「うん……」
えへへ、とクラリスは笑い、「冗談ですよー」と付け加えた。
アルテはからかわれたのだと気づき、顔をさらに赤くした。
「あっ、でも、ソロン様がしてほしいなら、あたし、やりますよ?」
「クラリスさんにそんなことさせたりしないから大丈夫だよ……」
「残念です。ちょっとやってみたいのに……」
クラリスは心底残念そうに言い、にやりと笑った。
「どちらかと言えば、あたしがソロン様に癒してもらうほうかもしれませんね。髪、撫でていただいたの嬉しかったです」
「まあ、うん、それはやったけど……」
アルテが俺たちを見比べ、恥ずかしそうに、けれど興味深そうに言う。
「二人は……仲が良いんですね」
「はい! あたしはソロン様のことが大好きですから! きっとアルテさんもそうなりますよ」
「あたしが……ソロン先輩のことを大好きに?」
それはないだろう、と俺は思った。
アルテは俺のことを昔から嫌いなわけだし。
クラリスがぽんと手を打った。
「でも、ご奉仕の話は気持ちとしては大事なことですよ? ソロン様がアルテさんのご主人さま。それは本当なわけですし」
「どうすれば……いいんですか?」
「まずは呼び方です。『ソロン先輩』じゃなくて『ソロン様』とお呼びしないと」
クラリスは微笑んだ。
一方のアルテはうろたえたようだった。元宿敵を様付けで呼ぶのは屈辱だろう。
俺は無理しなくていいと言ったが、アルテは首を横に振った。綺麗な黒髪がふわりと揺れる。
そして、潤んだ瞳で俺を上目遣いに見つめた。
「そ……ソロン様……」
消え入るような声で、でもはっきりとアルテは俺のことをそう呼んだ。
クラリスがうんうん、とうなずく。
「合格です。これからはソロン様のごとをご主人さまとして尽くし、その命令に従う必要があります」
「わかってます。それに、あたしは普通のメイドじゃなくて、ソロン先輩……ソロン様の奴隷ですし」
「そうですね。アルテさんはソロン様にエッチな命令をされても言うことを聞かないといけないんですよね」
アルテはそう言われ、さらに耳まで赤くした。目を泳がせて、すがるように俺を見る。
俺はため息をついた。
「クラリスさん……あまりアルテをからかわないでよ。俺がそんなことを命令すると思う?」
「優しいソロン様がそんな事するはずないと思いますよ」
クラリスは柔らかい笑みを浮かべてそう言うと、「でも、あたしはエッチな命令も大歓迎ですよ」と、本気なのかよくわからないことを付け加えた。
「まあ、俺の命令はともかく、クラリスさんは先輩メイドだから、その指示には従ってもらう必要があるね」
「これであたしもメイド長ですね……!」
クラリスが楽しそうに言う。
二人しかしかいないけれど、まあ、メイドのトップという意味ではそうかもしれない。
クラリスはアルテに右手を差し出した。握手をしようということだろう。
アルテは戸惑いながらも、その手を握る。
「よろしくお願いしますね。後輩メイドのアルテさん」
「はい。クラリスさん」
「では、さっそく練習しましょう」
クラリスは手を離すと、アルテになにか耳打ちした。アルテは恥ずかしそうな表情で「うう……」とつぶやいていた。
何をするつもりなんだろう?
クラリスとアルテはこちらを振り向いた。
「「お帰りなさいませ、ソロン様!」」
二人の少女メイドの声が重なって、俺の名前を呼んだ。
クラリスはクスクス笑いながら、アルテはうつむき加減に頬を染めていた。
★★★あとがき★★★
アルテのメイド生活の始まり。
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