193話 メイド見習いアルテ
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アルテは回復した。
魔法が使えるようになったわけじゃない。
ただ、目に光を取り戻し、そして手足が動くようになった。
普通の少女として生活ができるようになっただけだ。力至上主義者のかつてのアルテからしてみれば、絶望的な状況であることに変わらないはずだ。
それでも、本人は嬉しそうだった。
気がかりなのは、フィリアが使った大魔法の治癒でも、フローラは目を覚まさなかったということだ。
フローラはアルテよりも重傷で、意識も一度も戻っていない。
それでも、ソフィアの見立てでは 少なくとも当面は命の危険はないということだった。
俺とアルテは部屋で二人きりで向き合っていた。
アルテが二人きりで話しがしたいというから、そうしたのだけれど。
正直、気まずい。
相手がかつての敵のアルテだからということもあるが、女の子の部屋で二人きり(目を覚まさないフローラもいるけれど)というのが、少し緊張する。
アルテがベッドからまだ自由には起き上がれないから仕方ないのだけれど。
アルテは白いワンピース姿だった。賢者だった頃は黒のローブで身を包んでいたが、今は年相応の少女らしさを感じさせる衣装だ。
「どうぞ」
俺はティーカップに紅茶を注ぎ、差し出した。
アルテはこくりとうなずくと、そレを受け取った。
「……ありがとうございます」
そして、アルテは一口飲むと、「おいしい」と微笑んだ。
その微笑みは自然なもので、どこか幼さすら感じさせた。
俺はほっとする。
「口にあったようで何より。これはシンラ王国産の高級茶葉をつかっていてね」
「ホントにおいしいですけど、奴隷にそんな良いお茶を出していいんですか?」
「いや、まあ。前も言ったけど、俺はアルテを奴隷とは思っていないよ」
アルテとフローラの双子の姉妹を奴隷にしたのは、二人を助けるためだった。
もし俺が二人を奴隷として購入しなければ、奴隷市で見世物のように競りにかけられるか、ガレルスのような人でなしの玩具にされていたところだったろう
けれど、アルテは首を横に振った。
「でも、あたしの身分がソロン先輩の奴隷であることには変わりません。それに、あたしを買うために、すごい金額のお金を払ったんでしょう?」
「ほんのはした金さ」
「嘘をつかないでください」
俺は肩をすくめた。たしかに俺の財産総額からしても、少なくない出費だったが。
アルテは俺を上目遣いに見つめ、言葉を重ねた。
「あたしを奴隷として扱ってください、先輩。それが本来のあり方ですから。いまのあたしには何もできないですけど、先輩に助けられるだけ助けられて、奴隷なのにお客さんみたいに扱われても、困ってしまいます」
「けど……」
「……あたしには恩返しなんてできないってわかってます。あたしはもう侯爵のお嬢様でもないですし、天才女賢者でもないんです。あたしにはもう何もないんですから、せめて先輩の奴隷という立場を与えてほしいんです」
「何もない、なんてことはないよ」
「いいえ。何も……ないんです。あたしは空っぽですから。魔力も何もかも。でも、聖女様とは一緒にいたいですし……ソロン先輩のことももっと知りたいんです」
「え?」
俺はアルテをまじまじと見つめ、アルテは頬を赤くした。
「そ、そういう意味ではありません。ただ、追放された先輩みたいに、あたしも何かを見つけることができるかもしれないと思って」
力至上主義者だったアルテは、目標を見失った。
賢者でもなくなって、魔力も失って、魔法は一切使えない。
なら、新しい目標を探す他ない。
アルテがそれを見つけることができるまで、俺は屋敷でのアルテの安全を確保しようと思っていた。
それがフローラとの約束でもある。気がかりなのはクレオンや槍術士レンたちが、アルテの身柄を奪還しにくるかもしれないことだ。
はたして俺は屋敷のみんなを危険にさらさず、アルテの身も守ることができるだろうか。
一方で、目の前の問題はアルテを奴隷として扱うかどうか、という話だった。
もちろんアルテに頼まれても俺はアルテを奴隷扱いするつもりはない。もともと俺は奴隷制のない帝国北方の出身でもある。
ただ、一方で、このままアルテを屋敷で放置しておくのも危険に思えた。
体は回復したとはいえ、アルテはネクロポリスで受けた暴行のせいで精神状態は不安定になっている。
人はなにかやることがあれば、落ち着くものだ。
俺は思案した。
「なら、アルテにはこの屋敷の家事を手伝ってもらおうかな。奴隷、というのとは少し違うけれど」
「家事、ですか?」
「そのとおり。クラリスさん一人だと、最近少し大変そうだからね。手伝ってあげてほしいんだよ。メイド見習いという感じかな」
この屋敷の生活は、俺とクラリスの二人で回している。
当初こそ、フィリアとソフィアを含めた四人での生活だったけど、今は違う。
住人が増えた現在では、厳しい状況だ。
だから、アルテにメイドになってもらおうという考えだ。
そうすることで、アルテも気が紛れるだろう。
侯爵令嬢だったことを考えると、アルテがメイドの真似をするなんて、本来であれば考えられない。
だが、奴隷となったアルテは、その提案にうなずいた。
「わかりました。あのメイドさん……」
「名前はクラリスさん」
「クラリスさんの下で働くということですね」
話が決まると、俺は早速、クラリスに話をしに行くことにした。
俺が部屋を出ると、ちょうどクラリスがぱたぱたと忙しそうに、跳ねるように廊下を歩いてきた。
「クラリスさん、今、大丈夫?」
「はい! ソロン様のご用事とあらば、たとえ火の中、水の中、二十四時間三百六十五日大丈夫ですよ!」
クラリスはきらきらとした目で俺を見つめた。
俺は照れ隠しに頭をかくと、クラリスを部屋のなかに呼び込んで事情を説明した。
クラリスは嫌がるかなと一瞬思ったけれど、そんなことはなく、微笑んだ。
「わかりました。アルテ様……いえ、アルテさんをあたしが一人前のメイドにして差し上げます!」
「お、お願いします……」
アルテが恥ずかしそうに目を伏せる。
クラリスはくすっと笑い、アルテの耳元に口を近づけた。
「それでは、まず、ソロン様へのご奉仕の方法をお教えしましょう!」
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