190話 翼ある杖
俺とフィリアは無事にネクロポリスの第四層に到着した。
そして、大きな障害なく進んでいく。
前回の攻略成功の影響で、危険な魔族の数は大きく減っている。
「このあたりが『死の影の谷』への分岐点ですね」
「奥へ進むのとは別に、こんな道があったんだ」
フィリアが興味深そうに周りを眺めて言う。
前回の攻略作戦は、最下層へと続く道のみを攻略した。
ただ、それ以外にもネクロポリスには多くのエリアがあると推測されている。
その一つが、死の影の谷。アルテたちを救う方法が眠る場所だ。
「死の影の谷って、どういう意味?」
「聖典の詩が由来ですね。『たとえ死の影の谷を歩むこととなっても、私はわざわいを恐れることはありません。神が私とともにあるのですから』という句から、比喩的にとってきているわけです」
「わたしたちが攻略するときも、神様が守ってくれるかな?」
「どうでしょうね。とはいえ、ヘスティア聖下のお言葉もあったわけで、神の加護があると信じたいところですけれど」
帝国教会総大司教のヘスティア聖下が、ここに来るように俺たちに勧めた。
神の代理人の意を受けているのだから、神が味方してくれてもいい気もする。
もっとも、俺もフィリアも、なんならヘスティア聖下もそれほど信心深いほうではなかった。
「でも、神様が守ってくれなくても、わたしのことはソロンが守ってくれるものね?」
「もちろんです。フィリア様はわたしの主であり……」
「弟子だものね」
俺は微笑んでうなずいた。
未攻略エリア、死の影の谷に踏み込む。
不気味な形をした石の門に出迎えられる。
ここをくぐれるのは、一度に二人だけだ。
だから、俺とフィリアは二人きりで、今までよりも強力な魔族と戦わなければならない。
俺が先頭に立ち、フィリアが後に続く。
飛び出す敵を俺が剣で斬り伏せ、フィリアが炎魔法で薙ぎ払う。
驚くほど順調に俺たちは進んで行った。
「やっぱり神様が守ってくれているのかも」
「フィリア様が成長したおかげでもありますよ」
そう言うと、フィリアは照れたように微笑んだ。
死の影の谷、という恐ろしい名前の割には、大したことがない。
俺のそんな感想は、すぐに吹き飛ぶことになった。
曲がり角を曲がると、そこには大きな広間があり、祭壇のようなものが奥にあった。
その上に、台座があり、杖が刺さっている。
「あれが目的の秘宝の杖……翼ある杖、カドゥケウスです」
杖には金色の二匹の蛇の装飾がかたどられている。
そして、その先端には白い翼があり、古代王国の女神のものだと言い伝えられている。
この古代王国の秘宝と、ヘスティア聖下の大魔法、そして魔王の子孫であるフィリア。
三つが揃えばアルテを救うこともできる。
俺たちはそのまま進もうとし、上から石が落ちてくるのに気づいた。
俺とフィリアは顔を見合わせ、そして天井を見上げた。
その天井には妙に巨大な生き物がいた。
黒と黄の縞模様の身体を誇り、威厳に満ちた金褐色の瞳で俺たちを睨んでくる。
鏡を見たら、きっと俺は自分の顔が青くなっていることに気づいただろう。
そこにいたのは翼虎だった。
かつて第七層で、俺たちが苦戦して倒したボスだった。
☆あとがき☆
フィリア「書籍版一巻は明々後日、今週10日木曜日の発売だからよろしくね!」






