170話 アルテをめぐる陰謀
帝都の最も大きな酒場の一つで、クレオンは酒を飲んでいた。
小さなテーブルに、火酒を注いだショットグラスを置く。
さすが大陸経済の中心地だけあって、酒場の賑やかさも段違いだ。
木造の建物だが、天井も高く、かなり広い空間だった。
大勢の人がいるし、クレオンは商人風の質素な服に着替えている。だから、誰もクレオンが救国騎士団団長だと気づきはしないだろう。
酒をあおると、クレオンはため息をついた。
魔王復活と、失った仲間シアの蘇生のための計画がうまくいっていないからだ。
真紅のルーシィを魔王復活の依代とし、助けに来たソロンたちを反逆者として捕らえる。
そして、利用価値のある皇女フィリアと聖女ソフィアの身柄を押さえる。
これがクレオンの考えていた計画だった。
ところが、思わぬ邪魔が入った。
一人はガポン神父だ。
ガポンは皇帝官房第三部の代理人であり、クレオンの協力者だ。
だが、ガポンはクレオンのことを警戒していた。
クレオンはネクロポリス攻略で急激に名声を高めたから、立場を奪われることを恐れたのかもしれない。
あるいは、クレオンが帝国のため以外の目的で、魔王を利用しようとしていることに勘付いていたからかもしれない。
いずれにせよ、ガポンは魔王の復活を独断で強行しようとし、ルーシィを強引な手段で捕らえた。
魔王利用の主導権をガポンに奪われれば、シアの蘇生は遠のくばかりだ。
とはいえ、公然と皇帝側近のガポンに楯突くわけにもいかない。
だから、クレオンはソロン、そして自由同盟のレティシアに情報を流し、ガポンを排除させた。
「だけど、理由はもう一つあったんだろう?」
隣の席に座る男が、微笑んだ。
クレオンは舌打ちをする。
いま、クレオンの隣に座り、麦酒をのんびりと飲んでいるのは、ソロンだった。
ソロンは普段どおりの黒い冒険者服で、態度も落ち着き払っていた。
宿敵であるはずのクレオンの前なのに、だ。
ソロンとこの酒場で出くわしたのは、偶然だった。
間が悪い、とクレオンは思う。
ソロンはクレオンの分の酒も頼み、隣に腰掛け、現在に至るわけだ。
「クレオンはクレアのことを助けようとしていた。妹だからね。違うかな?」
「言っただろう。クレアは俺の妹だが、何の利用価値もない人間だ。それに……僕よりも君のことを信頼している。そんな人間をなんで助けないといけない?」
「理由なんていらないさ。血は水よりも濃いんだから。クレオンの今回の行動はそう考えると、辻褄があうんだよ」
「好きなように想像しろ」
クレオンは渋い顔で、ソロンを見た。
腹立たしいことに、ソロンの推測はあっていた。
クレアは軍人の立場を利用して、ソロンをかばおうといろいろな策を打っていたようだった。
そのせいで、ソロンを反逆者として捕らえるというのが難しくなり、クレオンの計画の妨害にすらなっている。
なのに、ガポン神父がクレアを拷問していると聞いたとき、クレオンは平静ではいられなかった。
そして、ソロンの屋敷まで行き、ルーシィの居場所を告げた。クレアはルーシィとともに捕らえられていたから、ソロンがルーシィを救えば、必ずクレアも助け出すと踏んだのだ。
「大聖堂の警備が手薄で、大した抵抗がなくルーシィを救出できたのもクレオンの手回しかな」
「そう思うなら、感謝してくれよ」
思わずクレオンが皮肉を言うと、ソロンはくすりと笑った。
「ああ、助かったよ。クレオン」
シアの蘇生は、クレオンにとって何よりも大事なことだった。
すべてを犠牲にしてでも、クレオンにとって叶えたい願望なのだ。
だから、妹だろうが、かつての婚約者だろうが親友だろうが、すべてを切り捨てていかないといけないのに。
自分は弱い、とクレオンは思う。
戦闘力で言えば、帝国最強の騎士となった。が、心のあり方が強いとは、到底言えないだろう。
だからこそ、目の前のソロンに対していまだに劣等感を感じているのだ。
ソロンは満足そうな笑みを浮かべると、ぽんとクレオンの肩を叩いた。そして、「久しぶりに話せて良かったよ」と言い、颯爽とした足取りで酒場から出て行った。
クレオンたちと敵対する軍情報局の策動もあり、すでにルーシィの身柄を押さえることはできない。
彼女はアレマニアへと亡命してしまった。
なら、魔王の依代として犠牲になる人物を、新たに探さなければならない。
が、それはかなり高位の魔術師である必要があった。
天才と呼ばれるような魔術師でなければ、魔王の力を発揮させる器に耐えないのだ。
そう簡単には見つからない。
例えば、聖女ソフィアであれば務まるかもしれない。
が、ソフィアは教会の聖女だし、ルーシィと違って反逆の疑いをかけられているわけではない。
帝国五大魔術師の一人として、アレマニアとの戦争に投入される予定でもある。
魔王の依代になるのは廃人になるということだし、そうして良い理由がつけられない。
(それに……)
ソフィアはクレオンの仲間で、形だけとはいえ婚約者だった。
魔法学校時代からの友人でもある。
ソフィアが明らかにソロンに好意を持っていて、クレオンのことはなんとも思っていなかった。
それはクレオンの自尊心を傷つけたが、だからといってソフィア個人に対する憎しみがあるわけでもない。
ソロンとソフィアを引き離したいのは確かだが、ソフィアを傷つけたいわけではないのだ。
とすれば誰か別の犠牲者が必要だ。
そのとき、クレオンは肩を叩かれた。
ソロンが戻ってきたかと思い、クレオンは慌てたが、そこにいたのは別の人物だった。 騎士団幹部の槍術士レンだった。
青色の短髪が印象的な、小柄な少女だ。
中性的な見た目で、美少年に間違われることも多いと聞く。
にやりとレンは笑い、クレオンの隣に座った。
「団長ともあろう方がお一人で酒ですか?」
「そういう君こそ、十六歳未満の飲酒は禁止のはずだよ」
「年下扱いしないでください」
「実際年下じゃないか」
レンは騎士団幹部最年少の十五歳だ。
幹部になれたのは、魔槍ルーンを使いこなす実力もさることながら、賢者アルテの引き立ても大きかった。
男嫌いのアルテは美少女が大好きだった。
だからレンは気に入られ、その側近となっていたのだ。
「新たな魔王復活の依代の件、お困りじゃないですか?」
「ああ、君には何か名案があるか?」
よくぞ聞いてくれました、とでもいうふうにレンはぽんと膝を打った。
「はい。賢者アルテを、魔王復活の依代にしましょう」
「アルテを? だが、アルテは魔術回路を破壊されているし、もう魔術師ですらないが」
「なら、元に戻せばいいんです。その方法をボクは知っています」
クレオンはレンを凝視した。
たしかに、それができるのであれば、天才女賢者だったアルテは魔王復活の依代にもってこいだ。
シアを侮辱したアルテを、クレオンは許していないから、どうなろうとかまわない。
「だが、君はアルテの側近だったろう?」
「そうですね。でも、ボクはあの人のこと、嫌いでしたから」
「ああ……なるほど」
「素敵だと思いませんか? 一度はアルテに魔力を取り戻させ、以前みたいに賢者に戻してあげるんです。それから――アルテを魔王の依代として、廃人にします」
「希望をもたせておいて、地獄へ突き落とすわけか。君も酷なことを考えるな」
「あの人が泣き叫ぶ顔を、また見ることができます。いいえ、きっと以前よりも深い絶望に、その顔は彩られていることでしょう」
可愛い顔をしているが、レンは危険な嗜虐嗜好の持ち主のようだった。
だが、計画そのものは悪くない。
成功すれば魔王の完全復活が実現し、そしてシアの蘇生への道筋がつく。
「よし。いいだろう。やり方は君に任せた」
レンは端正な顔に、満足そうな微笑を浮かべた。
☆あとがき☆
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