169話 師匠ではなく
フィリアは魔導書の使用に成功した。
髪も瞳も真紅に変化したフィリアは、魔術の杖をガポンに向けてまっすぐに向けた。
ガポンは神父であって魔術師でない。
だから、フィリアの使った魔導書の力を正確に理解できたわけではないだろう
でも、ガポンも尋常でないことが起きたのは理解できたらしい。
「無駄なあがきを……」
ガポンは忌々しゲに吐き捨てると、ふたたび青銅の杖を俺たちに向け、そして光の弾を放った。
俺は宝剣を構えてそれを防ごうとする。
だが、その必要はなかった。
フィリアが杖を一振りすると、あたり一面全てを焼き尽くすほどの勢いの炎が広がり、光の弾を飲み込んだ。
「これが……魔導書の……もうひとりの魔王の力……」
フィリアがつぶやいた。
「王の炎。そう古代アレマニアの文献では呼ばれていた魔法よ。魔王シャルヴァの炎魔法、ね」
ルーシィが言う。
七人の魔王の一人シャルヴァ。
それは古代アレマニアに封印された存在だ。ルーシィはその魔王の使っていた魔法の術式を再現することで、魔導書を作った。
だから、その魔法には大量の魔力が必要になるが、魔王の子孫であるフィリアなら、その膨大な魔力量をもって使いこなせるわけだ。
「ですが、さっきの魔導書の使用で、魔力量のかなりの部分を使ったのではないですか?」
「ううん、平気みたい。なんだか力が体中にみなぎってくるような感じがするの」
それは俺も同じだった。
俺とフィリアは魔力回路を共有している。
魔導書は、直接俺を強化するものではなかった。
とはいえ、フィリアの力の高まりの恩恵を、俺も得ているのだ。
だとすれば、だ。
「フィリア様はガポンの光の弾と神像を炎で薙ぎ払っていただけますか。そのうえで、ガポンに対して可能な限り威力の高い炎魔法を撃ってください」
「魔法障壁を破壊するんだね?」
「はい。ですが、無理のない範囲で魔法は使ってくださいね」
フィリアの魔力量も無限というわけではない。
けれど、フィリアは微笑んだ。
「大丈夫」
俺はうなずいて、魔法障壁を破壊したら、俺が直接ガポンを攻撃すると告げた。
いまのフィリアなら、ガポンの魔王の力も撃ち破れるに違いない。
俺はルーシィにクレアを託すと、前進した。
ガポンが新たに神像を二十体ほど呼び出すが、フィリアが放った炎によって、一瞬で溶かされた。
舌打ちをして、ガポンはもう一度杖を振ったが、何も出現しなかった。
想像どおり、魔力切れだ。ガポンが俺たちに降伏を勧告した理由は、きっと戦い続けることが難しかったからだろう。
俺はガポンに迫った。
宝剣テトラコルドを振りかざす。
一撃目では魔法障壁を破壊できない。
だが――。
「王の炎!」
フィリアの叫びとともに、炎のうねりが俺の頭上を超えて、ガポンに直撃する。
さすが魔王の力というべきか、凄まじい量の炎に包まれても、ガポンの魔法障壁はすぐには破壊されなかった。
だが、ルーシィの使う高度な炎魔法と比べてすら、フィリアの「王の炎」は圧倒的な威力を持っていた。
やがてガポンの魔法障壁は崩れる。
なおもガポンは諦めず、青銅の杖を振りかざそうとした。
だが、遅い。
魔法剣士である俺と、神父のガポンでは、近接戦闘の能力は段違いだ。
俺の剣はガポンを捉え、その腹部を深々と突き刺した。
ガポンはその場に崩れ落ちる。
沈黙がその場を支配した。
勝った、ということらしい。
だが、ガポンはまだ死んでいない。
油断は禁物だ。
俺はガポンを見下ろした。
重傷のガポンはうめきながらも、俺を見上げた。
「私を殺せ。魔法剣士ソロン」
「ああ」
と答えたものの、俺はためらった。
ガポンはかつては民衆のために命をかけて、帝国に抵抗したこともある。
善良な聖職者だったのだ。
だが、ガポンは帝国を変えることを諦め、帝国政府の一員として反政府組織の人間を血祭りに上げるようになった。
七月党幹部はともかく、その罪のない家族まで皆殺しにしたように。それは氷山の一角で、ガポンは多くの人間を虐殺してきた。
「だから、私も死んで当然だ。負けた以上は、な。これも神の思し召し、ということだろう」
「……わかりました」
「霊魂となって、君と皇女殿下が、帝国を変えることができるか……見守ることにしよう」
なおも俺は迷っていたが、次の瞬間、ガポンは血を吐いて倒れ、そして、永遠に動かなくなった。
細剣がガポンの喉元をかき切ったのだ。
「これはもともと私達の戦いだからな」
俺の隣にレティシアが立っていた。
ガポンに止めを刺したのは、レティシアだった。
レティシアは重傷を負ってはいるが、動くことは可能なようだった。
そして、レティシアは俺に丁重に礼を言った。
あたりを見ると、ルシルは起き上がって安堵のため息をついていた。
ソフィアも打撃のダメージから復帰したようだ。微笑みながら、得意とする治癒魔法をクレアにかけている。
そのクレアも意識を取り戻していた。
みんな、無事だったようだ。
俺は歩いて、フィリアとルーシィのもとに行った。
フィリアはもう、元通りの銀髪碧眼の姿に戻っていた。
「ソロン……勝ったね」
「はい。今回の勝利はフィリア様のおかげですね」
「ううん、ソロンが師匠として、わたしに魔導書の使い方を教えてくれたおかげだよ」
「フィリア様が自分のことを信じられるようになったことが、いちばん大事なことですよ。これで一人前の魔術師に、また一歩近づきましたね」
俺はフィリアの髪をくしゃくしゃっと撫でると、フィリアははにかんだように微笑んだ。
そして、俺はルーシィに向き直る。
「ソロン……今回のことはごめんなさい。私のせいで、たくさん迷惑をかけたわ」
「そんなこと気にしないでください。ルーシィ先生が無事で本当に良かった」
俺は身をかがめて、ルーシィの拘束具の鎖を解き放った。
ルーシィは立ち上がったが、どこか具合が悪いのか、ふらついた。
俺は慌ててルーシィを抱きとめた。
びっくりしたように、ルーシィは真紅の瞳で俺を見つめ、そして顔を赤くした。
「そ……ソロン」
「大丈夫ですか、先生?」
「そうね……大丈夫、あなたがいてくれる限り」
ガポンとの戦いに決着がついたとはいえ、ルーシィたちは自由同盟の構成員として、反逆の疑いがかけられたままだ。
ルーシィたちは国外に亡命せざるを得ないし、もう、俺の屋敷にいることはできない。
「これからが大変ですね」
俺は言った。
ルーシィたちのこともそうだし、俺たち自身にこれから何が待ち受けるのか、そして帝国がこの先どうなるのか。
何もかも未知数だ。
ルーシィは俺に抱きついたまま、ささやくように言う。
「アレマニアに私とレティシアたちは逃げることになると思う。けど、フィリアを皇帝にすることを諦めたわけじゃないわ。それが、帝国にとっての最善の選択だし……そして、フィリア自身にとっても、私とあなたの未来にとっても、一番良い道だと思うから」
「そうですね。俺もこれからどうするか、考えてみないといけません」
「うん。あのね……ソロン。私たちは離れ離れになるけど……たとえ遠く離れたところにいても、私たちの道はきっと同じ一つの場所につながっているから」
そして、ルーシィはそっと俺にその唇を近づけ……。
俺の唇に重ねた。
キスをされた、ということを認識するまで俺は時間がかかった。
ふわりとルーシィの甘い香りがして、しばらくして、ルーシィは俺から離れた。
俺が目を見開くと、ルーシィは恥ずかしそうに笑った。
「そういうことだから」
俺はうろたえた。
ええと?
これはルーシィが俺のことを――好き、ということなんだろうか。
「師匠としてではなくて、異性としてあなたのことを好きってこと」
ルーシィはそう言って、くすっと笑った。
俺は慌てて、周りを見回した。ソフィアとクレアが愕然とした顔をしている。
そして、フィリアが頬を真っ赤にして、青い瞳で俺たちを睨んでいた。
「ルーシィ……抜け駆けはダメなんだから!」
■お知らせ■
これで第六章は完結です。次章は、「賢者でなくなってしまった少女」アルテをめぐる話になる予定です。
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