165話 人は変われるもの!
最初の方の階で大聖堂の騎士団に襲われた以外、大きな抵抗はなかった。追手を倒し、俺たちは最上階へとたどり着く。
最上階の部屋は、大きな石でできた扉で閉ざされていた。
ルーシィを魔王の依代とする儀式場だった。
ここが天に最も近い場所であるからだという。
この中には秘密警察のガポン神父と、ルーシィがいる。
隣のフィリアが緊張した顔で俺を見上げた。
「いよいよだね……ソロン」
「そうですね。これで決着させましょう」
俺は覚悟を決めて、扉を開け放ち、儀式場へと踏み込んだ、。
同時にソフィア、クレア、そしてフィリアたちが部屋へとなだれ込む。
儀式場は数百人が入れるほどの広さだ。
金色の華麗な装飾が施された空間で、高い天井はガラスでできていて、日光を取り入れていた。
その中央の柱に、鎖で繋がれた若い女性がいた。
真紅のローブをまとった魔術師だ。
意識を失っていて、ぐったりとした様子でうなだれている。
ルーシィだ。
今すぐにでも助けたいが、だが、まずはガポンを倒さなければならない。
「やはり来たか」
低い声がその場に響く。
クレアたちの顔に緊張が走った。
柱の影から現れたのは、金色の十字架を胸元にかけた、黒服の老人だった。
青銅の大きな杖を持っていて、その先端には絡まりあう蛇の装飾がつけられている。
「ガポン神父……! ルーシィ先生に――」
「安心したまえ。まだ何もしていない。だが、これからこの女は魔王の真の復活のため、尊い犠牲となる」
「そんなことはさせない」
俺は宝剣テトラコルドを鞘から抜き放ち、まっすぐに構えた。
フィリア、ソフィアも杖を構える。
そして、軍服姿のクレアは左手の手のひらを、右手の人差し指でとんとんと叩いていた。
その仕草の直後、青く透明に輝く剣が現れる。
クレアの武器の水晶剣だった。
魔力のないクレアでも、魔法の使用を可能にする宝剣だ。
「さすが聖人の武器ですね。使わないときは、存在を消しておくこともできるんですから」
クレアは嬉しそうにつぶやいていた。そして、剣の矛先をまっすぐにガポンに向ける。
「先日はひどい目にあわせてくれましたね」
「反逆者なら、拷問を受けるぐらい当然だろう」
「この戦いが終わったとき、反逆者はあなたということになっていますよ」
クレアの言葉に、ガポンは薄く笑った。
「皇帝陛下の忠実なしもべの私が反逆者? 罪をなすりつけるつもりかね?」
「あなたのやっていることは帝国のためになりませんから。ここで死んでもらいます」
クレアが水晶剣を振りかざし、ガポンに斬りかかる。
それと同時に俺たちも戦闘体勢へと入った。
だが、それは陽動だ。
突然、ガポンの背後を鋭い細剣が襲った。
剣の持ち主はすらりとした長身の美人女性だった。
レティシアだ。その後にルシルと自由同盟のメンバーが続く。
俺たちが正面で注意を引きつけているあいだに、レティシアたちには別の入り口からガポンに奇襲をしかける。
そういう手はずになっていたのだ。
幸運なことにガポン以外の敵もいない。
初手でガポンを倒してしまえば、それで決着がつく。
レティシアの剣とルシルの炎魔法は、ガポンに届かなかった。
見えない障壁のようなものに阻まれたのだ。
驚くレティシアはいったん剣を引いて体勢を立て直そうとした。
だが、ガポン神父は振り向きもせず、青銅の杖をとんと床に落とし、軽く音を鳴らした。
その途端に黄金色の衝撃波が巻き起こり、レティシアやルシルたちに襲いかかった。
「きゃああああっ」
ルシルは悲鳴を上げて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。
他の自由同盟のメンバー三人も同じ目にあい、気を失っていた。
魔王の力なのだろう。
一瞬でこちらの味方四人が無力化された。
ただ、レティシアだけは無傷でその場に経っていた。
ガポンが薄く目を開く。
「ほう。さすがはバシレウス冒険者団の団長だっただけのことはある。」
「借り物の力で、偉そうにするなよ。このエセ神父め!」
レティシアが叫びとともに、ふたたび細剣を構える。
その剣が赤く輝いた。
ガポンの魔法障壁を破るための魔法をかけたのだろう。
そして、レティシアは踏み込んだ。
同時に俺も宝剣テトラコルドをかまえて前に進み出るが、目の前にガポンの召喚した神像が現れた。
ガポンは微動もしていなかった。
そして、レティシアの剣がガポンに届こうとする。
魔法障壁は破壊された。
魔王の力を用いた魔法障壁を破るのだから、レティシアはやはり優秀な冒険者だ。
しかし、次の瞬間、ガポンが青銅の杖を振りかざした。
すると、レティシアの剣は触れてもいないのに粉々に砕けた。
「なっ……」
レティシアは愕然としていたが、すぐに身を引いて後退しようとした。
が、ガポンの杖は次にレティシア自身に向けられた。
杖から次々と光の弾が放たれ、レティシアの腕を、足を、腹部に穴を開けた。
レティシアは苦悶の声も上げずに、その場に崩れ落ちた。
「レティシアさん!」
助けに行きたいところだが、ガポン神父の召喚した大理石の神像が邪魔だ。
この神像とそれぞれが戦っているうちに、俺たちはガポンの魔王の力によって各個撃破されてしまう。、
ガポンは愉快そうに笑った。
「諸君には私を倒すことはできんさ。魔王の力というのは想像以上のものなのだよ。不完全な魔王が一体でこれほどの力がある。もし七体の魔王を完全に復活させれば……」
「全世界を支配することができるとか?」
俺は皮肉っぽくガポンに問いかけてみた。
だが、ガポンはうなずいた。
「いかにも。アレマニア・ファーレン共和国など敵にもならない。すべての国を滅ぼすことで、この大陸はおろか、海の向こう、空の果てまで帝国の支配を及ぼすことができる」
「力だけでは人は従わない。そんな強引な方法で他国を支配しようとすれば、戦争と弾圧と虐殺で、計り知れない犠牲が出ることになる」
「それがどうした?」
だが、ガポンは平然とした様子だった。
わずかな動揺さえ見せない。
俺は剣を一閃させ、神像の一体を破壊した。
ガポンはまっすぐに俺を見つめていた。
「抵抗をする者がいれば、はじめこそ多少の死者が出るだろう。だが、その先に待つのは真の平和だ。やがて皇帝陛下と帝国に逆らうことが不可能だと全世界は悟る。そうなれば、もはや愚かな争いはなくなるのだ。理想の世界は遠くない」
「そんなのが理想の世界か?」
「私はかつて、帝国を変えようとした。そして帝都の民衆を率いて、皇宮へと請願に赴いた。……その結果はどうだ? 多くの市民が虐殺されただけだったではないか」
「それで、失望して、自分が反逆者を虐殺する側に回ったのかな」
「誰もが逆らうこともできないような力があれば、七月党や自由同盟のような反政府組織も生まれない。そうなれば、もはやテロによって殺される者もいなければ、大逆の罪で処刑される者もいなくなる」
ガポンは青銅の杖を構え、その蛇の飾りからふたたび光の弾を撃った。
俺は宝剣テトラコルドで防ごうとしたが、相手の攻撃の威力が大きすぎて、一撃目しか防げなかった。
二撃目の直撃を覚悟したとき、目の前に魔法障壁が展開された。
ソフィアが俺を守ってくれたのだ。
「ソロンくんを傷つけさせたりはしないから」
ソフィアが進み出て、美しい金色の髪がふわりと揺れた。
フィリアもソフィアの言葉にうなずいた。
「わたしたちで、あなたを倒すの」
ガポンは微笑した。
「聖女の力も、魔王の力と比べれば大したものではない。まして、無力な皇女と魔法剣士、ただの軍人に何ができる? わたしを倒すことも、帝国を変えることも不可能だ」
「できるもの」
フィリアが小さくつぶやいた。
「人は変われるんだから!」
◇お知らせ◇
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