偶の休日3
「そう言えば、サニャは体の方はもう大丈夫なの?」
道中僕は彼女の横につくと、顔を見上げながら訊ねる。
最近はけっこう荒事にも参加していて体の調子が良さそうだったからだ。
「あぁ、もう大丈夫だよ。最近は痛みもないし調子は上々さ」
サニャは腕を回しながらそう答えた。
どうにも彼女は変に強がる所があるから少し心配なんだけど、見た限りは本当の様に見える。
とはいえ、失った羽が生えてくる事は無い。
そういう意味では彼女の傷は、ずっと完治する事は無いんだろう。
僕の顔を見るとサニャは困った顔をして、頭を撫でた。
もしかしたら無意識にまた沈んだ顔をしていたのかもしれない。
「辛気臭いからやめろ」とシスターに言われてからは気を付けてはいるんだけどな。
「何度も言っているけど、別に君が悪い訳ではないんだからさ」
「うん。ごめん」
「だから謝るなって言ってるだろ? まるで怪我した私が悪者みたいじゃないか」
彼女にしては珍しい、ちょっぴり突き放すような物言いに僕はドキリとする。
慌てて謝罪の言葉が口に出そうになるのを僕は必死に飲み込んだ。
どうしよう、やっぱりしつこかったんだ。
彼女を不快な気分にさせた事に僕は焦りの気持ちが生まれてくる。
しかし、彼女はそんな様子をみて急に笑い出した。
「アハハ、そうそう。それでいいんだよ。気遣いが過ぎても良くないって事だよ」
「相変わらずアクシュミな奴ね。アマリからかうんじゃナイワヨ」
「いい加減しつこかったのは事実だしね? スズはちょっと過保護に過ぎるよ」
「そうそう、おべんちゃら言えば良いってもんじゃないのよ」
「私はそこまで言ってないけどね。先輩は逆に言葉がきつ過ぎ」
どうやらサニャなりの冗談だったようで、僕は安堵の息を吐いた。
だけど、彼女のいう通りちょっと気にしすぎなのかも知れない。
僕がいつまでも沈んでいたら、彼女だって割り切れないだろうし、少し気を付けよう。
「まぁまぁ、でもシャル君は優しいですから、気にするなと言う方が難しいのでしょう」
今度は後ろからセンリンが頭をグリグリと撫でまわす。
彼女なりの慰めなんだろうけど、サニャに比べると随分と乱暴だ。
グラグラと揺れる視線の中でセンリンの顔が映る。
頬には傷に当てるガーゼが付けられている。
「そういえばセンリンの傷は大丈夫なの?」
「はぁ、私のは別段。殴られて皮膚が切れただけですよ」
そう言ってガーゼに指を当ててグリグリと弄る。
僕は慌てた様にセンリンに注意を口にした。
「だ、ダメだよ! 傷口開いちゃうよ」
「平気ですよ。確かにシャル君はちょっと気にしすぎですね~」
「イヤ、傷口をムヤミに弄ンじゃないわよ」
「シャルルが魔法かけてるのに余計な事するんじゃないわよ」
まさかの自分に対する批判にセンリンは苦い顔をして落ち込む。
そして拗ねた様に唇を尖らしていじけだした。
「ま、まぁ、本人も大した傷じゃないって言ってるんだし」
「たく、チビ共がマネしたらドーすんのよ。年長者が呆れるわ」
「しない、流石に、真似」
「そもそもソーラはスズより年上だしね」
「ん? サニャにスズではないか、どうしたのだこんな所で!」
突然見知らぬ女性が話しかけてきた。
内容からして二人の知り合いみたいだ。
再会を喜ぶような相手とは対照的に二人はギョっと体を強張らせた。
筋肉質な体に顔には傷跡が残る、いかにも歴戦の強者といった風貌だ。
褐色な肌の色が鍛え上げた肉を主張させ競走馬の様な美しさを讃えていた。
「か、カブリオレ団長。どうしてこんな所に」
サニャが絞る様に声を口から出した。
その言葉に、彼女を知らない僕達も思わず身を強張らせた。
しかし、僕達の不安を余所にカブリオレはサニャの言葉に不満気な顔を見せた。
「だからそれはこちらのセリフだ。定期連絡も寄越さぬから心配していたのだぞ?」
まるで子供を叱りつける様な口ぶりの彼女に、二人は呆気に取られた様な顔をする。
僕達も、副団長とはえらい違いの印象に戸惑いを隠せなかった。
それと同時に二人がライラに歯向かった事を、まるで知らないような物言いに疑問が浮かぶ。
ライラはあの事を騎士団に報告していないのだろうか?
確かに手柄を欲張り、醜態を見せたとも取られかねない為、その可能性もなくはない。
けれど、知らないふりをして僕達を油断させようとしているのかもしれない。
どちらの判断も付かず、僕達は緊張した面持ちで彼女の一挙一動を注視していた。
「その、チョーット、面倒事にマキコマれちゃいまして、それでソノ、ナカナカ時間が取れなくて」
取り合えずその場で話を合わせようとするスズさん。
カブリオレは「ふむ」と考え込むように口元に手を当てた。
「なら仕方あるまい。しかしペルシア様も話があると仰っていた。早めに連絡を取るのだぞ?」
「はい。了解いたしました」
そう二人に伝えるが、どういう事なんだろう?
今ならまだ許してやるから、とかそう言う事なんだろうか。
二人も意図が掴めないのか、言葉少なげに頷くことしか出来ないようだった。
カブリオレは僕達が近くに居るからか、曖昧なことしか口にしない。
そこも判断に困る所だ。
「いや。しかし折角あったのだ、丁度良い。サニャ、少し時間が取れるか?」
別れ際、ふと思い出したかのように彼女は振り向き僕達を引き留めた。
呼びかけられたサニャはギクリと体を強張らせる。
「私……だけですか? スズは?」
「いやサニャだけだ。ペルシア様とは別件で、話しておきたいことがあるのでな」
サニャは緊張した顔でカブリオレをジッと見つめていた。
多分、彼女の真意を少しでも推し量ろうとしているんだろう。
気持ちは僕達も一緒だ。
もしかしたら一人ずつ連れ出して始末する算段かもしれないのだから。
しかし彼女は、僕にも聞こえる位大きく唾を飲み込むと意を決して誘いを受けた。
僕は思わず引き留めようとしたけれど、シスターが手を差し出してそれを制した。
皆を安心させるように、サニャは振り向いてニコリと笑った。
「じゃあ皆、何処かで適当に時間を潰しておいてくれないかな?」
「分かったわ。……あんまり遅いと置いていくから急ぎなさい」
「肝に銘じるよ」
「ふっ、では暫く彼女を借り、いや一時返却させて貰おう。なに時間はかからぬよ。安心してくれ」
敵であると理解しているであろう僕達に笑いかけると、サニャを連れて歩き出す。
しかし、数歩行った所で立ち止まると自身の服に手を入れて何かを取り出した。
「済まないが、大事な話なのでな。この子はご遠慮願おう」
そう言って何かをこちらに放り投げる。
スズさんが慌ててそれを掴み取ると、それはソーラの鼠であった。
そのまま振り向かず二人は先を歩いて行った。
僕はただ彼女が無事である様に、と必死に祈る事しか出来なかった。




