奪還4
シスターside
ライラは苛立った顔付きで、私を睨み付けていた。
先程の不意打ちが余程効いたのか、兜は脱ぎ、視界の確保を優先していた。
剣に比べ、間合いの広さや応用性に富む鎖は、一見有利に感じる。
が、多くの木々が生える山の中では攻撃の軌道はどうしても限られてしまう。
加えて、頑丈な鎧の上からでは有効打にはなりえない。
流石に何度も手や足を取らせる程甘くも無いらしい。
結果としては互いに攻めあぐねた膠着状態となっていた。
しかし状況が同じであっても、それに対する心境は雲泥の違いがあった。
直ぐにでも私を倒して馬車の警護に戻りたいライラ。
だが私は、最悪時間さえ稼げればいいのだ。
不意打ちに加えて、心理的な優位を得てようやく互角の立場。
確かにあいつらが言うだけの事はある。
「ちっ! 鬱陶しい」
「あら、それは良かったわ。少しでもお前が嫌な思いをしてくれて」
「陰湿なんだよ!」
ライラが踏み込まんとしたその時、馬車の方から大きな音が響いた。
ライラは音の出所に気付き、一瞬視線を外す。
それは積荷を守る事が任務であった彼女だから起こる、致命的な行動であった。
その好機を逃さぬよう、私は相手へと一気に距離を詰める。
私は走りながらも、相手の左手に鎖を巻き付けた。
ライラは腕を取られるのを嫌い、即座に剣で鎖を切り捨てる。
だがそれは囮だ。
目前には既に拳を引き絞った私の姿があった。
ライラは咄嗟に腕で頭部を庇う。
しかし、私が狙い定めていたのは腹部。
そこにだけ、鎧が歪み亀裂が入っていた。
恐らくセンリンの戦いによって出来た装甲の弱点。
私はそこを力の限り殴りつけた。
鎧が砕ける音と共に、ライラは大きく後方へと殴り飛ばされた。
そのまま地面に体を落とすと、山の斜面に沿うように転がって行く。
「あぁ、痛いわね。くそっ!」
鎧の残骸で切れたのか、皮膚は切れて血が流れていた。
「まぁ、これであの兎の分は返したわ」
些か満足した私は急いで馬車の方へと足を向けた。
「さぁ次! おいでなさい」
馬車の方ではセンリンが、襲い掛かる剣士達を圧倒していた。
三人を残し、他は地面へと体を沈めている。
私はそいつらの背後から、対峙する二人へ声を上げた。
「わざわざ相手してないで引くわよ!」
「おぉう! モーさんではないですか!」
「オマエ、ライラ様は?」
「ぶっ飛ばしたわ。多分効いてないけどね、あんなの相手してられないわ」
私の存在に気付くと、敵の一人が勇ましく剣を構える。
こいつ等を相手にするのは簡単だが、あの女が戻ってくると面倒だ。
とっとと身を引くに限る。
「では帰りましょうか。道は私が切り開きましょう」
「くそっ! 舐めるなぁ!」
痺れを切らした一人の剣士が踏み込んだ。
それよりも一足早く、センリンが一人を蹴飛ばすと、そのまま空いた道を突き抜ける。
スズがそれに続き、その後に私が走りだす。
一人の剣士が後方から私に斬りかかる。
しかしその一閃はあらぬ所から阻まれた。
「サニャ! 貴女も裏切る気!」
「悪いね。ちょっと邪魔するよ」
軽い笑顔を浮かべながら、サニャが剣を弾き飛ばす。
そのまま殿を勤めるよう私達に加わった。
仲間の謀反に敵の熱は更に帯びていく。
しかし、複数の獣やセンリンと交戦した彼女達には満足な体力は残っていない。
直前まで力を温存していたサニャがそれを退けるのは実に容易であった。
余計な邪魔さえ入らなければ。
「流石にここまで勝手されて逃がすわけにはいかないなぁ!」
だが、突如としてライラが私達の前に立ち塞がった。
流石に内部までダメージは通らなかった様だ。
腹立たしい位に立て直しが速い。
先頭のセンリンが立ち止まり、必然的に私達は前後で挟まれる事となる。
流石に足場の悪い山道では、センリンも奴の鎧は厳しいだろう。
一転厳しい状況に立たされ、私の口から自然に舌打ちが漏れる。
その時だった。
後方で突然爆裂音が響き、地面を揺らした。
視線の先では地面がまるで破裂したように抉れ、足元に居た兵達を宙に吹き飛ばしていた。
「みんな! 早く逃げて!!」
突如として奥から聞き慣れた声が聞こえる。
案の定、声の主はシャルルであった。
あの子、あれほど待っているように言ったはずなのに。
しかし不幸な事に私達よりも早く、ライラが先にあの子に気が付いた。
「フン! 小鹿がノコノコ食われに来たなぁ!!」
一瞬にして目標を変えたライラは、鎧を着込んでいるとは思えない速度で走り抜ける。
咄嗟にシャルルは地面に手をついて魔法を送り込む。
すると地面から杭のような物がライラに向かって突き出されていく。
だが、杭が出るよりも彼女がそこを走り去る方が遥かに速かった。
あと一歩、踏み込むと同時にライラが剣を振りぬけばそこで終わり。
スズも魔法を使おうとしたが、すぐに体勢を直した兵に邪魔をされてしまう。
ダメだ、とてもじゃないが助けが間に合わない。
だが、ライラの剣は彼を捕らえずに空を切った。
驚く事に、シャルルが自身で避けたのだ。
その動きは何処かセンリンの物に似ている様に思えた。
当然、回避できたのは偶然に過ぎない。
ライラがあの子を侮り、油断していた事もあるのだろう。
先の戦いのダメージや疲れ、山での足場の悪さ、様々な要因が招いた奇跡だ。
だが何よりも、シャルルが自らを鍛えようと思わなければ絶対に起こりえない奇跡であった。
シャルルはそのまま不格好ながらも、ライラの鎧を拳で叩いた。
当然、そんなひ弱な一撃は彼女にはビクともしない。
自身の一撃を躱されると思っておらず、驚きで放心したライラもそれで思考を取り戻す。
「まぐれもこれで――!?」
邪悪な笑みを浮かべたライラの顔は直様、困惑の顔色を浮かべる。
何故だか分からないが、彼女は体を動かせないようであった。
「鎧の関節部を魔法で塞いだんだ。割れた鏡を塞ぐみたいにね」
そう言うと、シャルルは彼女の鎧に手を添える。
恐らくまた魔法を流しているのだろう。
「ま、待て、貴様何を――」
「言っておくけど僕は怒っているんだ! よくも二人を虐めたなぁ!!」
瞬間、ライラの鎧が爆裂した。
金属がひしゃげる凄まじい音と共に、ライラは大きく吹き飛び転がる。
《ライラ様!!》
兵達は追撃を緩め、彼女の元へと走り寄る。
部下達に肩を持たれながら、ライラはゆっくりと立ち上がる。
「ゴホッ! 引くぞ。これ以上は無駄だ」
「しかし!」
「はき違えるな! 我々の任務は積荷の輸送だ」
ライラの言葉に悔しそうに兵達は歯を食い縛る。
恨みがましく私達を睨みながらも、上司を担いで馬車の元へと戻っていった。
「エ……と、勝ったワケ?」
「多分ね。まぁ完全に勝つことも出来たろうけどね」
「ふふっ、まぁ良いではないですか」
「そうね。正直もう疲れたわ」
唐突に終わった戦いに、それぞれ呆けた様に口を開く。
しかし次第に皆笑みを浮かべ、やがて視線を一ヵ所に向けた。
その先に自分の魔法に腰を抜かして尻もちを付くシャルルの姿があった。




