反撃1
サニャside
物の引渡しの方法。
港にある掲示板、そこに「雛の買取りお願いします」と書く事。
場所は酒場アイランドアイ、日時は満月の夜に悪魔が動きだす頃。
勿論内容はでたらめだ。
これによって、本来の取引場所に依頼人がやって来るという話だ。
しかしこれ、獲物を横取りしようと同業者が集まったりしないものかね?
まぁこういった界隈に興味はないし、今後お近づきにもなりたくないからどうでもいいけどさ。
「しかし雛だってね。安直すぎて面白味がないなぁ」
満月やら悪魔やら、格好良いつもりかね。
一人ごちて私は汚ならしい壁に背中を預けた。
相手がシャルを狙っていると言うなら話が早い。
彼を餌にして、依頼の元を誘き寄せてしまおうという話だ。
偉そうに言っておいて、こちらも随分安直な作戦なのはご愛敬。
と言うわけで、取引の現場には私が行くことになった。
先輩方は、彼とそれなりに町を渡り歩いてるから身形が知れてる可能性がある。
その点私は一番の新顔だし、翼を欠いた翼人なんて、いかにもアウトローといった風貌だ。
まさしく怪我の巧妙って所かな。
前回に引続いての狭い路地というのは、正直思う所はあるけどね。
実際シャルも私がこの役を行う事に反対していた。
純粋に心配してくれているってのも有るだろう。
しかし同時にあの一件のせいか、庇護対象として見られている気がしてならない。
剣士としての道を選んでから、女性らしい振る舞いも扱いもされてこなかった。
そんな私が久方ぶりに受けるらしい扱いには正直胸が躍る。
しかし、彼は年の離れた少年なのだ。
そんな子にいつまでも守られて充足するほど、私はまだ落ちぶれちゃいない。
「そろそろ頼れるお姉さんらしさを見せないとね」
しかし、困った事に肝心の相手が来ない。
掲示板を見てないのか、はたまた情報が偽りだったか。
先輩の話じゃあっさり口を割ったらしいし。
まぁ彼女が依頼者にそこまで義理立てするとは思えないけどね。
待ちくたびれて溜息を吐いたその時だった。
奥の方で人の気配を感じる。
視線を向けるとそこに居たのは中肉中背の黒づくめの男だった。
背後には大柄の男が一人。
こちらには一人でという指定なのに臆病な事だ。
男は視線を私の横に向けた。
そこにはシャルの姿がある。
目と口元を布で縛ったいかにもな姿だ。
男はそれを確認すると口を開いた。
抑揚の感じない冷淡な声色だった。
「先ずは物からだ」
「いや、報酬が先だ」
間髪入れずに返す私に、男は此方を伺うように睨む。
「確認が先だ」
「おいおい見れば分かるだろ。服でも脱がせろってかい?」
再度譲らぬ口調に私はおどけて見せる。
すると奥にいる大柄な男の空気に怒気が孕むのを感じた。
どうやらこれ以上は無駄かな?
「わかったわかった。どうぞ存分にお調べくださいな」
そう言って私は隣のシャルの背中を押すような仕草をする。
そのまま覚束ない足取りで男達に向かって歩いていく。
手前の男が手を伸ばすその直前、私は足を踏み出した。
一足で駆ける先は奥の男、彼も直ぐ様私の行動を察知して構える、が遅い。
ナイフで相手の腕を切り付けると続けざまに鳩尾を蹴り上げる。
相手が空気を吐いて頭を下げた所に、肘をこめかみにお見舞いする。
そのまま横によろめいた所に頭を掴み、壁に叩きつけた。
シャルに手を伸ばした男は一瞬の事で戸惑い慌てふためく。
私はその隙に腕を取ると、捻じり上げて一息に組み伏せた。
大男は後ろで完全に伸びている。
図体の割には見掛け倒しだ、案外荒事は素人なのかもしれない。
「き、貴様!」
「さて? 誰が何の目的で彼を狙っているのか、教えてもらえるかい?」
「し、知らない。私達は彼の回収を命じられただけだ」
「目的は知らなくても、命じた人間位は分かる筈だろう?」
首筋にナイフを押し当てて静かに彼を威圧する。
男は静かに声を上げて恐怖で顔を引きつらせる。
さて、これで吐いてくれるなら安い物なんだが……。
そう思った矢先に、奥の方から数人の気配を感じた。
やれやれ、やっぱりね。
同じような黒づくめの二人組がこちらに走ってくるのが見える。
私は舌打ち交じりに組み伏せた男から飛びのいた。
間一髪、男の振るった攻撃を躱して私は後方へと距離を広げる。
「男は良い! 子供を捕まえろ!」
地べたに這いずりながら、男はそう命令する。
私を襲った方とは別の男は、直ぐ近くに居たシャルの姿を確認すると、掻攫う様に手を伸ばす。
しかし、その手はシャルの体をすり抜けた。
それもその筈、それは私が魔法で作り出した幻に過ぎないのだから。
気付いた男達は怒りの形相で私を睨みつけた。
「おっと失礼。実物が良かったなんて聞いてなかったよ」
「チッ! 構うな! 引くぞぉ!」
てっきり逆上して襲い掛かってくるものだと思っていたけど、彼らは簡単に踵を返した。
罠だと分かった以上長居は無用ね。
まぁ悪くない判断かな。
伸びた仲間を抱えながら、男達はあっという間に姿を暗ましてしまった。
さて、これで仕込みは終了。
「怖い思いもしたし、愛しの王子様に慰めて貰うかな」
私は冗談交じりに呟くと、仲間達の元へ帰るのであった。




