猫踏兎蹴2
結局僕は、はっきりとした答えを出すことは出来なかった。
それでも一ヶ所に止まり続ける事に気が引けた。
なので結果で言えばシスターの意見が採用される形となるのかもしれない。
結果として僕達は船に乗って行く事になった。
実際は騎士団が僕達を追っていなかった事実を考えると、随分と無駄足を踏んだ様な気になる。
でもそれがなければ、僕の正体を知る事は出来なかったかも知れない。
それが良かったかは置いておくとして。
「大丈夫? 悪い、顔色」
「ん、大丈夫だよ。ちょっと気持ちが悪いだけ」
いざ船に乗ろうかという時、ソーラが僕の顔を覗き見て心配の声を上げた。
確かに朝から少し気分が優れないんだけど、あんまり泣言を言いたくないので黙っていた。
それを皮きりに、他の皆も同様に僕の顔を順々に伺ってくる。
「ん~、確かにちょっと顔が青白いかな?」
「元から青っちょろいわよ、この子は」
「オマエね。ヘーキ? 風邪でもヒいたンじゃない?」
「それは、大丈夫……だと思うけど」
矢継ぎ早に心配されて少し戸惑いながらも返答する。
と言っても風邪かどうかの自己判断までは流石に自信が無い。
するとソーラが僕の頭を抱えて額と額を合わせるように熱を測った。
額から彼女の体温が伝わり、なんだかほんのりと暖かい。
「無い、多分、熱」
「ハッキリしないわね。ナニよ多分て」
「そう言うなよ。屋敷で分かったんだけど、シャルは私達に比べて体温が低いみたいなんだよ」
「へぇ? それは種族的な問題なのかしら?」
「さぁね? この子個人がそう言う体質なのかも知れないよ? 何しろ他に例が居ないし」
そんな会話の中スズさんが思いついた様に僕の手を握った。
確かに改めて意識して見ると、彼女の手は温かい。
なんだかぬるま湯に手を入れたような心地よい温もりを感じる。
「ウワッ! ホント冷たっ! アンタこれ大丈夫なの?」
「う、うん。まぁ」
「そう言った訳で、熱があるかどうかは分かりづらいんだよ」
「コレ逆に冷えすぎナンじゃない? 今日はアンセーにしてた方が良くない?」
「だからそれ位が彼の普通の体温なんだよ。だろ?」
「大体、これ位だった、屋敷でも、多分」
相変わらずハッキリしないソーラの発言に、スズさんはどうにも懐疑的だ。
心配性の気が出てきたのかもしれない。
それに実際気分が優れないのは事実なので、余り自信を持って否定も出来なかった。
そう思うとなんだか頭も痛くなってきた気がして、気持ちがグルグルして来てその場で蹲る。
ソーラは飲物を持ってきたりと忙しなく動き、スズさんは手を握りつつも僕の背中を擦り続けた。
「やれやれ、これは何処かで休憩するべきかな?」
「……大丈夫。直ぐ動けるよ」
「ふぅん、体力はあるみたいだね。もしかしたら精神的な物かもしれないな」
「疲れてる、心、色々あった」
「そうね。適当な所に入って様子を見ましょう」
「じゃあオマエ達は先行ってなさい。アトで追いかけるから」
「追いかけるって、何処の店入るか分からないでしょ」
「こいつでも連れていきゃイーデショ」
スズさんがソーラのネズミを指すと、シスターは納得した。
「じゃあ私とこいつで先に行くわ、センリン……センリン!」
一度の呼掛けに答えないセンリンにシスターは強く声を上げる。
センリンは今気が付いたみたいに驚いて顔を上げた。
「は、はい。なんでしょう?」
「お前も残って見てなさい。ボーッとするんじゃないわよ」
「は、はぁ。分かりました。お任せを」
シスターの言葉に覇気薄く答える。
彼女の様子に釈然としない様ではあったけど、二人は背を向けて歩いていった。
「ソーイヤ、オマエも元気ないわね」
「良くない? センリンも、体調」
「いえ、そんな事ありませんよ。平気です」
二人が心配そうに訊ねるも、センリンは笑って答える。
だけどその笑顔には何処か力が感じられなく見えた。
確かに先ほどから口数もなく彼女にしては珍しい。
「センリン大丈夫なの?」
「えぇ、平気ですよ。シャル君は大丈夫ですか?」
「え? あ、うん大丈夫。多分」
僕はそう答えると、おもむろな動作で立ち上がる。
心配そうに隣の二人が支えてくれるけど、なんだかお爺さんになったみたいで複雑な気分だ。
「それでは行きましょうか。二人も待ってるでしょう」
「案内、私、する」
そう言うとソーラは先導して歩き出した。
それに僕達も続く。
センリンが僕に手を差し伸べかけたけれど、直ぐに引っ込めたのが少し気掛かりだった。




