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あなたのなまえ

「はぁ~あ、折角ここでの暮らしも馴染んできたのになぁ」


 シュガーさんは家が建っていた場所を見回して肩を落とす。

 先程までの殺意を含んだ様子はどこへやら、おっとりとした口振りであった。


「それにしても凄まじいですね。魔導士と言えど、ここまでの魔法は初めて目にします」

「そうでしょう、でも秘密にしてるの。他の人には内緒よぉ? ね?」

「……肝に銘じておきましょう」


 シュガーさんは笑って僕達に念を押す。

 それにサニャは冷汗を流しながら了承した。

 言外に、口外したらただではおかない……というのが如実に表れていたから。


 それにしてもシュガーさんは何者なのだろう。

 明らかにこの世界の魔法の水準を超えている。

 この世界の魔導士という人達がどれほどの物かは知らない。

 だけど二人の口振りからすれば、明らかにその技術は異常なのだと分かる。


 僕を……作り出す魔法も彼女がラルさんに教えたと言っていた。

 その知識や技術は僕の居た、いや頭にある世界の水準から見てもかなりのものだ。

 本当に彼女はこの世界の人間なのだろうか?

 もしそうなら、本格的に元の世界へ戻る方法も分かるかもしれない。

 しかしすぐ、もうそんな事を気にする意味もないのだと思い出す。


 彼女は胸の谷間からガラス玉みたいな物を取り出した。

 すると僕達に背を向けて、何処へともなく歩き出す。


「どちらへ?」

「また住む場所を探さなきゃねぇ? 残念だけどぉお開きねぇ」

「やるだけやってさよならとは、また随分と勝手な事ね」

「安心してぇ。貴方達の事をペルシア様に伝えたりはしないからぁ。余計な事をしなければ」


 シュガーさんは顎をしゃくって、豹柄の女の死体を指す。

 シスターはそれをみて舌打ちをする。

 満足したように彼女は前を向くと、ガラス玉を指で潰した。

 潰れた球から魔力が溢れて彼女を包むと、煙の様に姿が消えてしまった。


「ンナァ! き、消えたぁ! ナニアレ!?」


 スズさんやセンリンはそれを見て驚いたように声を上げる。

 恐らく転移魔法だろう。

 かなりの高等魔法の筈だけど、球体に魔法をあらかじめ閉じ込めていたようだ。


 僕はふと、地面に積もっている土の山を見つめた。

 土人形だった一部分、動かす核が無く、唯の土塊と化した物体。

 これと僕の違いは果たして何なんだろう。

 どちらも結局は魔法で作られた動く人形に過ぎない。

 違うのは体を構成する要素だけだ。


 僕の持つ感情、知識すらも後から付け足した物じゃない、なんて保証だってありはしない。

 一緒だ、魔法で作られた名もなき肉人形、それが僕だ。


「どうかしたの?」


 シスターがいつの間にか僕の隣に立っていた。

 ずっと土山を見つめる僕が不思議だったのかもしれない。


「僕の体にも核が埋まっていて、無くなったらこうなっちゃうのかな?」


 なんとなしに口にした疑問にシスターが息を飲む音が聞こえた。

 稼働時間から考えればそんな筈はないんだろうけど、目前のそれはとても他人事には見れない。

 作られたと言われても、どうやって作られたのかも分からないんだ。

 ほぼ一人の人間として自律出来てるのか、はたまた何かを原料に動いているのか。


「それが切れたらどうなるんだろうね? ドロドロに氷みたいに溶けちゃうのかな」

「あんまり考えるものじゃないわ。今あんたは此処にいる。それでいいじゃない」

「いるだけだよ」


 僕は投げやりに吐き捨てた。

 途端に涙が溢れてくる。


「あれからずっと……名前を思い出そうとしていたんだ。でも全然ダメだった」


 全然本当に、欠片たりとも僕の脳内にはそんな情報は刻まれていなかった。

 どころか、家族や友達の顔も名前だって思い出せないことに気が付くだけだった。

 思い出は確かにある筈なのに、それを共にした顔も名前もまるで思い出せない。


 そんな事に今の今まで気づかなかった自分は、やっぱりおかしいのだと実感する。

 もしかしたら、それすらも自分で気が付かないように暗示をかけていたのかもしれない。


「帰る場所も、名前もない……僕は何だろう。存在する理由なんて本当に……」


 目から涙がボロボロと零れだした。

 自分ではとても止めることも出来ないそれは次から次へと溢れ出す。


「泣かないでシャルル」


 そんな僕の頭をシスターが優しく撫でて口にした。

 聞き慣れない名前に僕は彼女を見上げる。

 彼女は今まで見せた事のない優しい顔をしていた。


「シャルロット。それが私の名前。あんたにあげるわ」

「でも、そんなの、シスターに」

「復讐を誓った日に私はその名前を捨てたの。だから、あんたが使いなさい」


「それに」と彼女は言葉を続ける。


「私にはあんたが付けてくれた名前がある。だからこれでお相子」


 そう言って彼女はにっこりと笑った。

 今まで見せた事のない柔和な笑顔。

 もしかしたらこれがシスター本来の、シャルロットの笑顔なのかもしれない。


 僕はそのまま感情の渦を止められずに泣き出した。

 そんな僕をシスターは優しく抱きしめてくれた。

 僕は声が出なくなるまで、その大きくて暖かな柔らかさに身を委ねた。

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