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僕の名前2

 シュガーさんの発言に僕達は一様に驚いた顔をした。

 唯一センリンだけが、周りの様子に首を傾げた。


「シュガー様が教えた。と言うのは本当ですか?」

「えぇそうよぉ。ラルの専門は魔法生物の研究だしぃ、異世界に干渉する方法は私が教えたのぉ」


 サニャの問いかけに再度得意気な様子でシュガーさんは語った。


「魔法で生物を作るって言うのはぁ、かなり難しいのよぉ。それが人となれば尚更」


 人を魔法で正確に作り出すというのは、僕の世界でもまだ完全に確立されていない。

 元となる素材があれば、比較的近しいものは作れるらしい。

 それでもやはり完全に、とはいかない。

 魔法が発達していない以上、こちらも現状は変わらないだろう。


「作れるのは、元の人間と同じ特徴を持った紛物が精々ねぇ」

「成程。ましてやラル様が作っていたのは魔法に適性のある人間」

「そう。普通の人間を複成する事も出来ないのに、さらに優れたものなんて……ねぇ?」

「ソレなら最初から優れた実物をヨソから持って来た方がハヤい、てコトですか?」

「半分正解」


 面白そうにシュガーさんは微笑む。

 しかしスズさんは言葉の意味が分からず首を傾げた。

 それを聞いていたサニャは少し難しい顔で疑問を尋ねる。


「ですがこの世界の人間ではないとはいえ、これは誘拐なのでは? 正直道義的にはあまり」


 気まずそうに僕を見てサニャはそう語る。

 それにスズさんも勢いよく賛同する。

 しかしその二人の発言にシュガーさんは可笑しそうに笑いだした。

 彼女の様子に気圧されて、二人は一瞬押し黙る。

 その時、不思議そうに頭を傾げていたセンリンが手を上げた。


「そもそも、こちらより魔法が発達しているなら、あちらも同じことが出来るのでは?」

「あらぁ、あなた良い所に気がついたわぁ」


 感心したような口ぶりにセンリンは少し照れた顔をする。

 しかし言われてみればセンリンの言う通りだ。

 自分達より魔法が発達している世界なのだ。

 こちらが出来る事はあちらも出来ると考えるのが普通だろう。


「そう。そんな事をすればやり返されちゃうわぁ。下手したら対策されて一方的に搾取されちゃう」

「しかし現に彼は――」

「そこでぇ、他世界の人間を参考に魔法生物を()()()()()。ってなった訳」


 彼女の言葉にサニャは言葉を詰まらせ、「え?」と疑問の声を上げた。

 僕自身も驚きで一瞬彼女が何を言ってるのか理解できなかった。

 今、作り出すって言ったのだろうか?

 連れてくるじゃなく、作り出す?


「他世界から人一人を連れてくるよりはぁ、適当な一部分を拾ってくる方が簡単だし安全でしょ?」

「待って……待ってよ」

「出来るのは劣化した紛物だけどぉ、それでもこの世界の人間よりは魔法の適性は上だしぃ」

「ちょっと待ってよ!」


 僕は楽しそうに語るシュガーさんの言葉を大声で止めた。

 彼女はそんな僕の行動さえも楽しむように妖艶に笑う。


「作られたって……僕が? 嘘だよ、だって僕はちゃんと……記憶だって」

「チョット、落ち着きなさい。シュガー様、アンマリ冗談は――」


 突然、シュガーさんは指を弾いた。

 指から発せられた音は予想以上に大きく家の中を響かせた。

 同時に、周囲の空気が突然変わったように感じられる。

 何というか鼻を摘まんで耳から空気を出すような、そんな感覚。

 驚く僕を見て、シュガーさんは満足そうに口を開いた。


「あなたぁ、名前は?」

「え?」

「名前よぉ、自分のお名前。分かるでしょ?」

「え……僕の名前?」


 ふと、彼女の問いかけがスッと僕の頭に入ってきた。

 名前、僕の名前……別段おかしな質問でもないのにとても不思議な気持ちだ。

 まるで初めて耳にする単語の様に。

 何を今更、そんなの考えるまでもないじゃないか。

 僕は淀みなく、ごく自然に名前を口に――


「――分からない」


 出来なかった。

 なんでかは分からない。

 ど忘れとか、喉迄出かかってると、そういう話じゃない。

 欠片も、ほんの少しさえ、頭の中に引っかかるものが存在していなかった。


 僕は思わずシスターを見た。

 しかし彼女自身も、まるで今初めてそれに気付いたように戸惑いの目で僕を見ていた。

 スズさんも、センリンも、ソーラにサニャも、一様に同じ反応を見せていた。


「タシかに、ワタシ知らない、アンタの名前。気にだってしたことなかった」

「私もです。どうして今まで気づかなかったのでしょう」


 皆の反応にシュガーさんは満足気に笑った。

 対して僕は信じられない気持ちで一杯だ。

 どうして気がつかなかったんだろう。

 そうだ考えるまで何も、考えた事すら無かった事に。 


「恐らくぅ、あなたが魔法をかけてたのねぇ。きっと自分の正体に無意識では気付いてたから」

「え? 僕が? そ、そんな事……」

「都合の悪い事は聞かれないように、意識を逸らす魔法をかけていた。ある種の自己防衛かしらねぇ」

「ではシュガー様が先程行ったのは、それを解く魔法?」

「正解。以前は気付かなかったけどぉ、今は少し警戒してるから直ぐ分かったわぁ」


 僕は頭が真っ白になっていた。

 彼女が言ってる事が理解できない、いやしたくなかった。

 だから必死に頭の中で自分の名前を探していた。

 でもまともに働かない頭では、まともな思考もできる筈もない。


「やっぱり色々と粗があるわねぇ。記憶の欠落、体力と魔力の劣化、でもこんなものかしらぁ」

「嘘だ……」

「これで分かったでしょ? 彼は研究の為に作った専用の検体。だから元々帰る場所なんて――」

「嘘だぁああ!!」


 彼女の言葉を必死に否定するように僕は大声を上げた。

 でも、考えれば考える程に、彼女の言葉は真実味を帯びてくる。

 そうだ、僕だって色々不思議に思ってたじゃないか。

 それでも信じたくない事実に、僕は頭を抱えて蹲る。


 誰かが僕に呼びかけていたけれど、ただ声を上げる事しかできなかった。

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