屍肉喰らい2
その男は、少し痩けた頬にオールバックの髪。
背中には猛禽を思わせる大きな羽を携えていた。
ダイアーは値踏みするように、シスターを上から下まで観察する。
すると不思議そうに顔を歪ませた。
「やはり覚えがないな。何処かであったのかな?」
「ウォルカでの生き残りと言えばわかるか!」
「……あぁ、成程。食い残しがあったのか」
「貴様ぁ!」
シスターは鎖を取り外すと、大きく振り回す。
その様子にダイアーは目を見開き、腰を少し落として構える。
「シルバーチェーン!」
怒号と共に巨大な鎖が振るわれた。
ダイアーは大きく後ろに跳んで一撃目を交わす。
続けて横に払われた二撃目を空へと飛んで避ける。
「マジで街中でオッパじめたわね」
「あの御仁がダイアーなのですか?」
センリンの質問にスズさんは「サァ?」と肩を竦める。
僕はそんな二人より目前の戦いが気が気でなかった。
普段のシスターは、いつも落ち着いた雰囲気だ。
それは戦っている時も例外じゃない。
だけど今は、興奮しきった様子で鎖を振り回していた。
上空に相手がいる事もあるのだろう。
けど、怒りのまま振り回される鎖はダイアーに掠りもしない。
その様に、ますます彼女の怒りが膨れ上がるのを感じる。
「ねぇ! 加勢しないの?」
呑気に観戦してる二人にそう訊ねる。
だけど二人はあまり乗気じゃないのか、複雑そうに顔色を変えた。
「アレはウシ子の用事デショ? ワタシはカンケーないし」
「そうですね。手を出してモーさんに怒られるのも嫌ですし」
「そんな……」
そう言って二人は遠目に戦いを眺める。
確かに二人の言う通りなのかもしれないけど、ただ見てるしかないのは歯痒い。
ダイアーは何度目かの鎖を交わすとシスター目掛けてそのまま滑空した。
シスターは体を転がして、空からの強襲を回避する。
だけど紙一重だったのか、肩がうっすら裂けていた。
その姿に僕は思わず飛び出した。
センリンの静止を降りきり、上空のダイアーに向けて炎を放つ。
ダイアーは、迫る炎に気付き空を駆って交わす。
しかしその隙を狙ってシスターの鎖が彼に降りかかる。
咄嗟に体を捻るが鎖は肩に直撃した。
地面へと落ちるダイアーは羽を広げて地面への激突を免れた。
そしてまたも空へ大きく上がる。
かなりの一撃に見えた。
だが彼は痛みを感じないのか、苦痛の表情も見せず僕の方に視線を向けた。
「……なるほど」
僕の姿を確認すると何かに納得したようにそう呟く。
そして勢いよく、僕に向かって滑空してきた。
驚きと共に炎弾を放つ。
だけどダイアー体を横に滑らせ、炎を交わしながら僕へと迫る。
彼の手が僕に迫る寸前。
ダイアーは突然視線を横に移してその場で停止した。
スズさんのベルが鳴り響いたからだ。
そして立ち止まるダイアーの脇腹を、センリンの掌打が貫く。
地面を揺らすほどの一撃は彼を大きく吹き飛ばし地面へと転がせる。
「チッ! 余計な真似を」
「アンタがチンタラやってるからデショーが!」
悪態を吐きながらシスターは、立ち上がろうとするダイアーに鎖を巻き付けた。
「シルバーチェーン!」
そのまま高く持ち上げると、勢いよく地面へと叩きつけた。
ズダンと大きな音と共にダイアーは動かなくなる。
その様子にスズさんは肩を竦め、センリンは手を合わせて何かを呟く。
僕はシスターが無事に事を終えた事にホッと一息ついた。
しかし、ダイアーに近づいたシスターは顔を曇らした。
その様子を疑問に思い、僕達も彼女の元へ近づいていく。
「コイツ、こんなんだったっけ?」
「はて? 私もそこまで鮮明に覚えてないので」
ダイアーの死体を見て、スズさんとセンリンは首を傾げた。
確かにそこまで明確に覚えてる訳じゃないが、微妙に顔つきが違うように思う。
「違う……ダイア―じゃない!」
「えぇ!? 人違いと言うことですか。流石にそれは」
シスターの発言にセンリンの顔が青ざめた。
だけどスズさんはそれを否定する。
彼女は死体の胸のあたりを指さした。
よく見ると、死体の胸には剣で刺したような大きな傷があった。
「恐らく、死因はコッチ」
「はぁ。寸でで、死体と入れ替わったという事ですか? 魔法で」
「と言うより、最初からコイツは死体と戦ってたってコトね」
意味が分からず僕とセンリンは同時に首を傾げた。
「ダイアーは死体をマホウで自分の姿に変えてアヤツる事でユーメーなのよ」
「じゃあ“屍肉喰らい”って」
「ソーユー事。死体を食い物にスル事からツいた名ね」
「はぁ。それでは近くで操ってる本物が」
センリンが言葉を言い終える前に、僕達を遠巻きに見ていた野次馬。
その中から、一人が上空に飛び出した。
慌てて目で追うと、それは紛れもなくダイアーであった。
シスターはすぐさま鎖を飛ばすが、既に届かぬ所まで上がっていた。
ダイアーは僕達を一瞥もせぬまま空の彼方へと消えていく。
怒りに唇を噛み締めるシスターは鎖を地面に叩きつけた。




