家出
少年side
気が付けば、僕は屋敷を一人で飛び出していた。
ラニカさんの提案をどうするか考えている内にいつの間にか体は屋敷の外へと動いていた。
僕と居ることで皆が危険な目に合う。
その事実は前から感じていた事だ。
だけど、それを外部から指摘されたのは初めての事で、自分の中で戸惑いが生まれていた。
皆は優しいから何も文句は言わない。
むしろ逆に僕を気遣ってくれるくらいだ。
でもこれはどうしようもない位に事実だ。
この世界の、いや人間ですらない僕と一緒にいれば、それだけで厄介事が舞い込んでくるんだ。
誰にも迷惑をかけない為にはこうするしかないんだ。
「はぁ、これからどうしようかな」
当てもなく歩く僕は、一人溜息を吐く。
生まれてからそれなりの時間が経っているとはいえ、この世界の知識は無いに等しい。
これからどこに向かうべきなのか、どうするべきなのか、自分でも良く分からなかった。
そんな僕の後ろをチョコチョコと歩く人の気配を感じる。
振り向かなくても分かる。
ソーラであった。
どうやら最初から僕の後を付けていたみたいだ。
冷静に考えれば当然で、彼女は鼠で僕をいつも見張っているんだから。
だけど、屋敷を飛び出すときにはそんな事に意識を向ける余裕も無かった。
「……ついてこないでよ」
無駄だと分かってはいるけれど、何度目かの言葉を僕は口から吐き出した。
だけどソーラはまるで聞こえていないかの様に無反応で僕の後ろを歩いている。
これじゃあ皆の傍から離れた意味が無い。
しかもよりよって、一番荒事に免疫のないソーラが付いてきてしまっているのも問題だ。
悔しいけれど僕では彼女を守り切る事なんて出来やしないんだから。
「ねぇ、ついてこないでよ!」
「嫌」
振り向いて怒鳴る僕にソーラは言葉短くそれを拒絶した。
逆に僕を説得する様に僕の手を握る。
「帰る、皆の所」
「嫌だ! 帰らない。ソーラが一人で帰ればいいんだ」
「どうして? 心配している、皆」
「それは……僕と居ると、皆が危険だから。センリンだって怪我をしたし、他の皆だって!」
「嘘」
僕の言葉をソーラは即座に否定した。
思いもよらない言葉に僕は口を詰まらせてしまう。
まるで咎める様な目でソーラは僕の目を見つめていた。
「受ける、良い、ラニカの話、だったら」
「っ!! また盗み聞きしてたんだ。スズさんの言う通り、本当に陰険だよ」
「逸らさない、話。受けない、なんで、ラニカの話」
「……それは、その、ラニカさんにも迷惑だし」
「でも、危険、私達、無くなる。シャル、暮らせる、安全に。解決、全部」
問い詰める様に尚もソーラは僕の目を見つめる。
言葉は少ないのに、一つ一つに力強い何かが込められていた。
僕は思わず彼女から視線を逸らした。
だって彼女の言う通りだから。
皆を危険に合わせたくなければ、ラニカさんの提案を受け入れれば良い。
皆が僕の身を案じて行動を縛られる事もない、僕がこの世界で生きる術も見つかる。
誰も困らない、迷惑も掛けたくないのならそれが一番の方法だ。
「う、うるさいうるさい! 何と言われたって僕は帰らない。」
何も言い返せない僕は癇癪を起して彼女の手を振り払う。
力を込めてなかったのか、簡単に振りほどくことが出来た。
僕は彼女から逃げる様に背を向けて走り出す。
僕の足じゃ彼女を引き離す事なんて出来やしない。
だけど、一刻も早く彼女の追求から逃れたかったのだ。
その時だった。
僕の目の前に大きな人影が現れた。
突然の事で僕は驚いて立ち止まる。
見上げた先には羽を携えた男が立っていた。
その男には何処か見覚えがあった。
少し痩けた頬にオールバックの髪、背中には猛禽を思わせる大きな羽。
そうだ、以前シスターと対峙している所を見かけた筈だ。
そして、見覚えがあるのは相手も同じようであった。
男は僕を見下ろすとニヤリと嫌らしく笑う。
「本当に最近はついているな。まさか奴らの研究素体をこんな所で見つけるとはね」
瞬間、腹部に衝撃が走ると同時に僕の意識は途切れた。




