提案と決断4
サニャside
屋敷の人間の大半が寝静まった夜。
私は扉の前に立つと、ノックした。
暫くすると奥から許しの声が聞こえた為、躊躇うことなく部屋へと入る。
「何かご用ですか?」
「おいおい、理由なんていらないだろ? 久々に姉妹水入らずなんだからさ」
警戒した目で睨むラニカに私は肩を竦めておどけて見せる。
その行動に目付きは一層に鋭くなる。
だが直ぐに視線を下げると「まぁ良いでしょう」と諦めの溜息を吐いた。
なんだかその姿に最近行動を共にしている彼女が重なり、私は小さく笑みを溢した。
「……何か?」
「いやいや、なんだか迷惑だったなか?」
「構いません。貴女が勝手なのは昔からですから」
「まぁ、次男次女なんてどこもそんなものさ」
謝意を感じられない私の態度に多少の苛つきを見せながらも、ゆっくりと此方に体を向けた。
「お茶を出しましょうか?」
「必要ないよ。大した用事じゃないしさ」
彼女の眉が小さく動いた。
深夜に急に訪ねてきてそんな物言いは確かに気分は良くないだろうな。
しかし私は気にせずに口を開いた。
彼女にとってはそうだけど、私には大切な事だから。
「シャルに何を話していたんだい?」
「どういう事でしょう?」
「とぼけるなよ。さっき部屋に呼んだ筈だろ?」
「あらあの子、案外お喋りですのね」
ちょっと、かまをかけたらラニカは簡単に白状した。
ただ正直に話して機嫌を損ねられても困るので、そこは黙っていた。
「彼の名誉の為に言っておくけど、シャルは何も言ってないよ」
「そう、随分と気にかけている様ですね。そう言えば昔から子供はお好きでしたね」
「そうかい? 私は誰にだって優しいつもりだけどな。それで?」
下手に話をそらそうとするが、そうはいかない。
私は少し凄んだ様子を見せる。
ラニカは小さく息を吐いて口を開いた。
「別に、個人的な頼み事を、それとちょっとしたお節介を」
「頼み事? 君があんな小さな子にかい?」
「お願い、ですよ。強制も脅迫もしてません」
とぼける様に言及を避けるラニカだが、恐らくは私の進退に関する事だろう。
怪我を理由に実家に帰る説得をお願いした、と言う所か。
しかし、無意味に私の怪我に責任を感じている彼には、かなり効果的だろう。
少なくとも彼女が思っているよりもずっと。
「あの子は純粋なんだ。あまり余計な事を吹き込まないでくれないかな」
「人聞きの悪い。ごく当然の事を言っただけです」
勿論、彼女にだって悪意はないだろう。
けれど、だからこそ彼も素直に受け止めてしまうだろうから。
「彼に何かあったら、私よりもっと怖い人がいるんだ。君の為にも余計な口出しは止めるべきだよ」
「ご安心を、私も子供を苛める趣味はありませんので」
私の忠告にもラニカは澄ました顔だ。
まぁ良い、彼が変なことを言ったら、また叱りつけてやれば良い。
彼のしゅんとした表情を思い浮かべて、自然に笑みが零れた。
いけないな、これでは私の方が苛めるのが趣味みたいだ。
「あぁそうだ。ついでに聞いておきたいんだけど」
「なんです? 出来れば手短にお願いします」
「第二騎士団で、うちに対して何か話が出てないかい?」
私の言葉にラニカの表情が強まった。
当然だけどだが、いくら姉妹と言えども公務に関わる事を気軽に口外して良い訳がない。
とはいえ、これはどちらかと言えば内部に置いての権力争いに近い。
彼女もそこに置いてはそれなりの立場だ。
支持する側によっては話を聞けなくもない。
「そうですね。うちの副団長が隠密にそちらの研究の妨害をしている。というのは聞いています」
「やはりね。でも目的が分からないな。たかだか私設兵団に正規の、しかも副団長様がなんてさ」
確かにペルシア様とあちらの副団長様は仲が悪い。
権力を持った兄妹なんて、良いか悪いかの両極端がお決まりだ。
だからと言って、私設兵を使った個人的な活動をここまで精力的に妨害するのは不自然に感じる。
純粋に目障りだからって言うのも、なくはないんだろうけどさ。
「やってる事が人道に悖る!」なんて理由ならこちらとしては反論の余地も無いけど。
「別に私もベルガル派ではないですから、詳しくは存じません。ただ――」
「ただ?」
「向上した魔法技術を独占し、第二騎士団の立場を奪う算段では? という話は聞いたことがあります」
「おいおい、ちょっと話が飛躍しすぎじゃないかい?」
いくら魔法技術を独占した所で元の規模が違い過ぎる。
現在の様に偶々適性のあった魔法しか使えない、なんて状況を脱すれば確かに利便性は増すだろう。
とはいえ、元の魔法適性が悪すぎる。
現状、魔法で攻撃する位なら、近づいて殴った方が私達には早い上に強いのだから。
それはシャルの魔法を見てもそう思う。
現実味の無い理由に私は思わず笑ってしまう。
が、ラニカはいたって真剣な表情を崩さない。
私はその姿に笑うのを止める、すると彼女はポツリと呟いた。
「近年、少しずつではありますが、住民の魔法の適性が上がってきています」
「ふぅん? 初耳だね」
「一般人でも明らかに他とは違うレベルの魔法を使える人間が散見される……程度の話ですが」
確かに、うちのソーラも地味な魔法ながら技術的に言えばシャルが教えを請う位だし。
他にも土人形を複数生成したり、死体を半永久的に動かしたり。
私達の水準から見れば異常な魔法を使う人間は増えているのだろう。
ちょっと前までは、それこそ先輩が使う鎖を大きくする、みたいな物が大半だった。
しかもそのレベルですら希少で驚かれるレベルだったのに。
そんなこと言ったら魔導士なんて全員がそうであるし、複数の魔法が使えるんだけど。
「いずれ、世界中の人間がある程度、魔法を自由に扱える時代が来るかもしれません」
「ペルシア様はそれに備えていて、ベルガル様はそれを危惧しているって? 気の長い話だね」
私は大袈裟に首を竦めた。
まぁ、ラニカも詳しくは知らない訳だし話半分に聞いておくとしよう。
取り合えず聞くことは聞いたし、そろそろ引き上げようかな。
そう思った矢先、ラニカは声を殺して笑い出した。
私は不審に思って振り返る。
「何かおかしいかい?」
「いえ。まさかこちらの話がついでとは、本当に入れ込んでいるのだな、と」
「あぁそうだよ。柄にもなく少女に戻った気分だよ」
私はそう軽口に乗せて笑顔を見せると、そのまま退室した。
なんだか顔が赤い気がして我ながら恥ずかしい。
本当、柄じゃない。
でも仕方ないじゃないか、あそこで助けられたあの瞬間、私は本当に小娘に戻っていたんだから。
私は右手で顔を扇ぎながら、皆の元へと戻っていく。
せめて皆が目を覚まさず、顔を見られない事を祈るだけだ。
それと同時にシャルがラニカに言われた内容を考える。
明日、何か変に気を使った言葉をかけてくるんだろうかな?
その時どう言って叱りつけてやろうか。
私はそんな事を考えて笑みを零しながら廊下を歩くのだった。
だけど次の日の朝。
シャルの姿は何処にも見当たらなかった。




